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第九章 春の訪れ

第二話 辺境伯家へ養子に入る(上)

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 紫竜ルーシェがバルトロメオ辺境伯家に養子に入った上で、アルバート王子と婚姻を結ぶ。
 それを聞いたバンナムは、非常に感心したように頷いていた。

「とても素晴らしい方法だと思います」

 今、ルーシェとアルバート王子、バンナムとレネは、青竜寮のリヨンネの部屋に足を運んでいた。
 最近は、何かあれば、リヨンネの部屋へいつものメンバー達が集まることが当然のようになっていた。
 キースが、椅子に座った面々にお茶を用意して手渡している。

「そうだね、私もとてもいい考えだと思う」

 リヨンネは温かなお茶を淹れてくれた礼をキースに伝えながら、頷いていた。
 アルバート王子の膝の上で、小さな竜は少し首を傾げて、「ピルル?(どこがいい考えなの?)」と鳴いて尋ねると、なんとなしに鳴き声の意味を察したリヨンネは指を折りながら説明を始めた。

「まず、騎兵団長の話した通り、王族といえども簡単にルーシェにちょっかいを出すことは出来なくなります。ルーシェはバルトロメオ辺境伯のお身内になるわけです。辺境伯の権力はなかなか大きいものなのですよ、ルーシェ。とても、五百年前の紫竜の娘と同じように、貴方を強引に王宮へ留めようとすることは出来ないでしょう」

「ピュルルルルルル!!(それはいいね!!)」

 小さな竜と王子は顔を見合わせた。

 そしてバンナムが続けた。

「さらに、殿下はバルトロメオ辺境伯の姻戚となります。殿下は既婚となり、今後、伴侶がいないからといって、他国の姫君と政略結婚せよとは言えなくなります」

 二年前、アルバート王子が十六歳の時、他国の姫と婚姻の話が持ち上がった。
 竜騎兵団を辞めた上で結婚しろという話に、王子の護衛騎士バンナムは強く反対した。
 その時のことを言っているのだろう。

「とにかくルーシェと殿下にとってはとてもいい話だと思うよ。ウラノス騎兵団長に感謝だ。バルトロメオ辺境伯と伊達に飲み仲間でいるわけじゃあないということだね」

 リヨンネもまた嬉しそうな顔をしている。
 彼もまた、ルーシェとアルバート王子の身分がどこか不安定なところを案じていた。今回のバルトロメオ辺境伯の元へルーシェが養子に入り、アルバート王子と婚姻することによって、二人の身分が強固になることを喜ばしいものだと見ている。

「ピルルピルピルルルルルルゥ(でも、俺、そんな偉い人のところに養子に入るなんて大丈夫かな)」

 それだけが、ルーシェは不安だった。
 今まで、ただの何の身分もない紫竜として生きてきたのに、これを機に、貴族の世界へ入ることになる。身分やしきたりなど、竜騎兵団ではほとんど無いような生活であったのに、そうした世界に今後飛び込まなければならないのではないかと、正直不安であった。
 しかし、バンナムもリヨンネもそれを否定した。

「婚姻後もそのまま竜騎兵団の竜として暮らせるはずでしょう。何かあれば、ルーシェは人化して対応すればいいだけだ。バルトロメオ辺境伯も、ウラノス騎兵団長もその辺りは上手くやって下さるはずだ」

 辺境伯のところへ養子に入っても、今まで通りの生活は変わらないだろうということを聞いて、ルーシェは安堵していた。
 だが、バンナムは少し考え込んでいて、やがてルーシェにこう言ったのだ。

「ルーシェがバルトロメオ辺境伯の養子になるということは……。ご子息のアーサーとティモシーのご兄弟になるということですね」

 その言葉に、ルーシェの尻尾がピンと立ちあがった。

 アーサー。今年六歳になる辺境伯の二番目の息子。ジャイ●ンにそっくりな、竜の姿のルーシェが大好きな少年だった。
 そしてティモシーは、そのアーサーの四つ年上の辺境伯の長男。こちらもジャイ●ンにそっくりでありながらも、非常に知的な少年であった。
 あの二人の兄弟になる!?

 何故か王子の膝の上で、ガクガクブルブルと震えはじめるルーシェを見て、苦笑いしながらアルバート王子が言った。

「お前は竜の姿で養子に入るわけではない。あくまで人間の姿で養子に入ることになる」

 さすがに辺境伯家に、竜の姿で養子に入ることはない。
 あくまでルーシェの人化した少年が養子へ入ることになっている。

「だから、そうだな、ルーシェ、お前はティモシーとアーサーよりも年上になるから、二人の兄になるわけだ」

「ピルルルルルルゥゥゥゥゥぅ!!!!(あの二人が弟!!!!)」

 それもまた、想像も出来ない展開だった。

「辺境伯家にルーシェが養子に入ることについては、国王陛下の御裁可が必要となっておりますが、婚姻の件も含めて問題なく御裁可が下りるよう、マルグリッド妃殿下が根回しするお話です」

 バンナムの言葉に、アルバート王子は頷いた。

「分かった」

「ルーシェが養子に入る前に、顔合わせのため、バルトロメオ辺境伯の元にお伺いする予定となっています」

 その辺りのスケジュールの組み立てについては、ウラノス騎兵団長やエイベル副騎兵団長が動いてくれているらしい。

「分かった」

 そうしてアルバート王子はルーシェの頭を優しく撫でた。

「心配するな、ルーシェ。何も問題なく、お前は私の伴侶になれる」

「ピルルゥ」

 王子は紫色の竜の頭に優しく口づけを落とした。

「まずは、養子縁組の成立を目指すことになる。辺境伯の元へご挨拶に行くぞ」
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