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第六章 黒竜、王都へ行く

第二十二話 美味しい生活 ~ホットケーキ~

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(1)

 向こうの世界、かつての現世での親友三橋友親が送ってくれた山のような生活用魔道具の中には、料理用の魔道具が幾つもあった。
 俺のために作ってくれたという料理用魔道具。
 初めてそれを受け取った時には、思わずホロリと泣いてしまった。
 
(友親、本当にあいつ、いい奴だな……)

 思い返してみれば、現世でもあいつと俺はしょっちゅう何かを食べていた。
 幼稚園の頃からの腐れ縁のあいつは、俺の家によく遊びに来て、「ユキ、何か作ってくれよ」とねだって、一緒にいつも何かを食べていた記憶しかない。
 俺自身、食べることが大好きだ。特に甘い物が。

 木箱に入った生活用魔道具の中に、円形の鉄製のホットプレートがあった。
 小さな魔石を入れると、熱を放つそれ。ちゃんと温度調整の出来る優れモノだった。

「ホットケーキミックスって売っているのかな」

 俺はぽつりと呟くと、王子がそれを聞きつけてそばまでやって来た。

「ホットケーキミックスとはなんだ?」

「甘くてふわふわとした柔らかな食感のお菓子を作るためのものだ」

「そうか」

 王子が俺の耳たぶを軽く噛んで言う。

「お前が甘くてふわふわとして柔らかだぞ」

 カーとその言葉を聞いて、自分の顔が熱くなり、赤く染まることが分かる。

「お、お、お、……王子、そんなこと言うな!!!!」

 真顔で言われるのが、嫌だ。恥ずかしくてどこかに隠れてしまいたくなる。
 なのに王子はちゅっちゅっと口づけをしてきて、その手が不埒にも自分の服の裾を引き上げようとしていることに気が付くと、俺は王子を睨みつけた。
 この山間の巣穴に遊びに来るたびに、俺と王子はエッチなことばかりしている。来て早々やって、延々とやって、上になったり下になったりして激しく転がりながらも楽しんでいるうちに、時間が随分と過ぎていることに気が付いて、慌てて竜騎兵団へ戻ることも多かった。俺達は、若い人間の男と若い竜だから、仕方ないのかも知れない。
 でも、折角、友親が贈ってくれた生活用魔道具の料理用品を使わないまま埃を被せているなんて勿体ないし、あいつにも申し訳が立たない。
 だから、俺は王子に言ったのだ。

「俺、これで王子に美味しいものを作ってやりたいんだ!!!!」

 そう宣言しているのに、王子の大きな手は俺の胸の敏感なところを揉み揉みとしていて、王子は俺の首筋を甘く噛みながら言っていた。

「ルー、お前はかわいいな。だが、今はお前の方を私は食べたいんだ」

「なっ」

「今度でいい。今度、私のためにその甘くてふわふわとした柔らかな食感だというお菓子を作っておくれ」

 そう言って、王子は本格的に俺を愛そうと、俺を抱き上げて、それから寝台の上に優しくのせ、上からのしかかってきた。俺は王子のハンサムな顔を見上げながら「ま、次回にするか」と仕方なしに思い、王子の肩に手を回し、口付けをねだったのだった。



(2)

 竜騎兵団の拠点へ戻ってから、小さな竜の姿になった俺は、リヨンネ先生を見つけるなり飛んでいって、先生に手紙を渡した。
 竜の姿の時、心話で話せるのだが、王子以外の者と話す事にはまだ自信がないので、間違いがないように手紙を書いている。
 リヨンネ先生は、手紙を渡した小さな竜の俺の頭を、ニコニコ顔で撫でてくれる。

「ルーは賢いですねー。手紙ですか? それも私にですか。嬉しいですね」

 なんとなく幼稚園の先生みたいな口調で言われているのが嫌だ。
 猫のような小さな竜の姿をとると、リヨンネ先生だけでなく、レネ先生や他の竜騎兵達も、ちやほや可愛がろうと近寄って来る。
 そしてリヨンネ先生は封筒の中から折りたたまれた手紙を取り出した。
 俺の書いた、ホットケーキを作る為に必要な材料リストに目を走らせていく。

「甘くてふわふわした柔らかな食感のお菓子を作る為の粉ですか……。ケーキを作るための粉ですかね」

 ケーキを作る為の粉、小麦粉があるなら、それをホットケーキを作るためにもうまく流用できるはず。
 俺がコクコクと頷くとリヨンネ先生は優しく頷いた。

「分かりました。次回こちらへ来る時に、小麦粉を持ってきますね。あとは卵と牛乳、砂糖ですか。卵と牛乳は地元の村で購入するしかありませんね。ベーキングパウダー? 何ですかそれ」

 ベーキングパウダーとは、生地を膨らませるためのもので、重曹などから出来ている。その言葉がそのままこの世界でも使われているはずがない。だから俺は身振り手振り、王子の通訳の助けを借りながら一生懸命リヨンネ先生に伝えようとした。

「ふんふん、生地を膨らませるためのものなのですね。つまりそれは“膨らませ粉”ですかね」

 そのままズバリの名前なのか!!

「分かりました。では次回お持ちしますね」

 そう言ってリヨンネ先生はまた俺の頭を優しく撫でた後、キースと一緒に青竜エルハルトに跨って飛んでいってしまった。



 それから一週間後、リヨンネ先生はたくさんの荷物と共に帰って来た。
 ドサリと目の前に大きな木箱が置かれる。

「量がよく分からなかったので、たくさんもらってきました」
 
 大きな木箱の蓋を開けると、金属製の容器に入った牛乳と、小麦粉が入っているらしい紙袋などが入っている。それもみんな大袋だった。
 あまりの量に、小さな竜の俺の口がパックリと開いてしまった。

 それでも「ピルピルピルルルル(ありがとう、先生)」と言ってぺこりと頭を下げると、リヨンネ先生は優しく「いいんですよ。私にもいつか、その甘くてふわふわとして柔らかなお菓子を食べさせて下さいね」と言われたのだった。



(3)

 そして俺と王子は、いつものように山間の俺達の巣へ飛んでいく。
 もちろんリヨンネ先生に届けられたたっぷりの材料が入った木箱と共に。
 巣に到着するや否や、人化した俺は木箱を持ち上げ(ちなみに俺は超絶美少年の容姿で、傍からは折れそうなくらいの華奢な体格をして見えても、力は竜のものだから大層力持ちなのだ。こんな木箱の一つくらい簡単に持ち上げられる)、肩に担ぎ上げて居間に運ぶ。
 テキパキと鉄製のホットプレートの魔道具をテーブルの上に載せる。
 動源の魔石をしっかりとセットする。
 王子はその間、材料を並べて用意してくれる。

「私に何か手伝えることはないか」

「王子は今から俺が用意する材料を混ぜてよ」

 そして小麦粉と卵と牛乳、砂糖、“膨らませ粉”をボールに入れる。容赦なくたっぷり入れていく。
 王子は手を洗い、袖をまくり上げると、さっそくへらで粉類を混ぜ始めた。王子には生地を作ってもらうことにした。
 その間に俺ははちみつを用意したり、リンゴを切ったりしている。
 王子と一緒にこうした作業をするのが楽しくて、ニコニコしていると、王子もまた嬉しそうに笑っていた。

 お互いに粉がついた顔を拭き合い、またなんとなしに笑って、それから油を薄く引いたホットプレートに王子が混ぜた生地をお玉ですくって、綺麗に円形になるように落とす。何枚もそうして綺麗な円形を作ると、王子は感嘆していた。

「ルー、お前は上手に円を作れるのだな」

「まぁ、ホットケーキ作りは得意だからな!!」

 あちらの世界では混ぜて焼くだけだったから、よく食べていた。甘くてうまいのだ。何枚でも食べられる。
 表面がぷつぷつしてきたら、ひっくり返すのだと教えると、王子がやたら真剣な表情で話を聞いているのがなんとなく可愛い。俺がヒョイヒョイと焼けたホットケーキをひっくり返すのを見て、王子も「今度は私にやらせてくれ」と言ったので、次に焼いた時にはやってもらうことにした。

 こんがり小麦色に焼き上がったホットケーキを皿に移し、更に生地が無くなるまで焼き続けた。
 たっぷりのホットケーキが山のように出来上がる。
 
 俺は五層くらいに重ねたホットケーキに、バターを載せ、更に蜂蜜をかける。
 王子の鳶色の目は、どこか感動したようにキラキラと輝き、俺を尊敬の眼差しで見つめていた。

「ルー、お前は凄いのだな」

 ホットケーキを焼いたことくらいで感動している王子。
 でも、王子の頭の中には、以前、俺が作った焦がした肉のことが記憶として残っているのかも知れない。そこから思えば、成長を感じるのだろう。……あの時は道具が悪かったんだ!!!!

 王子の前にもホットケーキを置いて(ちゃんと五層にしている)、バターをたっぷり載せ、蜂蜜をかけてやる。見るからに美味そうだ。匂いもいい!!

 二人してナイフとフォークを手に持ち、「頂きます」と言って、ホットケーキを食べたのだった。そして同時に余りの美味しさに目を大きく見開き、それからは凄い勢いでパクパクと食べたのだった。
 たくさん作ったホットケーキは、その後すぐにリヨンネ先生や、レネ先生にお裾分けして、皆に「ルーは凄いですね」と頭を撫でられた(小さな竜の姿をしていたからだ)。なんとなしに、子供扱いされているような気もしていたが、褒められるのは悪くなかった。







 それから、俺がホットケーキを作ったことを聞いた黒竜シェーラから「何故、私の分はないの!!」と怒られたので、慌てて後日、黒竜と青竜に献上しにいったのだった。勿論二人の竜達にも大好評だった。
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