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第六章 黒竜、王都へ行く

第八話 チエリ宝飾店

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 次に一行が向かったのが、チエリ宝飾店である。
 ここは王都で最も歴史のある宝飾店であった。聞けばこの都がこの地に置かれた時、王が腕利きの宝石細工職人達を他の地域から連れて来て、わざわざこの店を作らせたという話もある。当然、王室御用達の文言が、看板には刻まれていた。
 アルバート王子の腕に抱き上げられている三歳児姿のルーシェは内心、(ふぇぇぇ、しゅごいー)と幼児のような言葉で呟き、煌びやかな店内に見入っていた。
 魔道具店に入った時にはすでに夕暮れ時であり、この宝飾店に到着した時には完全に夜になっていた。だが、店内には多くの照明の魔道具が点けられており、頭上の大きなシャンデリアもまたキラキラと輝いて見えた。明かりを受けて、硝子ケースの中の濃紺色のビロードの台座に置かれている宝石類も眩しく輝いている。
 入店に際して、武器のたぐいをすべてお預かりしますと言われたため、王子とバンナム、エイベル副騎兵団長は鞘に入った長剣を預けていた。そこで拒否すれば入店は認められないのだろう。
 その代わりと言っては何だが、店内には警備をしているいかつい男達の姿が見える。店内での身の安全は、チエリ宝飾店が保障するというのだ。
 
 キラキラした綺麗なモノが大好きな黒竜シェーラは、店内の煌びやかな様子や宝石を見て大興奮していた。興奮のあまり、危うくその瞳が黄金色に戻りそうになっていて、青竜に肘で突っつかれていた。

(魔道具だけじゃなくて、宝石まで購入するつもりですか。大体、魔道具を買うために貯め込んでいた宝石を売ってお金をこさえたというのに、宝石を買うためにそれをまた使うというのも……)

 そうシェーラを見て、リヨンネは内心思っていたが、余計な事は口にすまいと黙っていた。
 それに使うのは黒竜の貯め込んだ財宝である。他人が口を出すものではないだろう。

 そして同時に、リヨンネは彼女のことを少し見直していた。

(……彼女はちゃんと、暖房の魔道具を買うためのお金も自分で用意していた)

 それは当然のことであるのだけど、黒竜シェーラは竜である。
 北方の山の奥に棲んでいて、他の人間達ともほぼ没交流である竜であるからして、常識を知らないことが当然だろうと思っていた。
 でも、意外や彼女は常識を知っていた。
 馬鹿にして思っているのではない。ちょっと見直したのだ。

 先ほどの魔道具店では、白金貨二枚を出したが、実際に白金貨一枚だけで費用は事足りた。
 だから彼女の懐にはまだ白金貨が一枚あるというわけだ。それで好きなものが買える。

 宝飾店の従業員達から、硝子のケースの中から宝飾品をトレーに並べて見せられ、彼女はどれにしようかと迷っている。そして「いっそ全部買ってしまおうかしら」と恐ろしいことを言っている。
 竜は煌びやかなものが大好きだ。
 青竜でさえも、宝飾品をじっと凝視していた。

 そしてアルバート王子と共にいる、三歳児姿のルーシェは、王子の腕の中で、硝子ケースの中の宝石をガン見していた。

(うわぁぁぁぁ、綺麗だぁ)

 小さくても竜。人間から転生したとしても竜である。
 本能的に、こうしたキラキラと輝くモノに心が奪われるところがある。
 ルーシェはその幼児とは言え飛び抜けて美しい顔を隠す為、フードを深くかぶっている。そのため、その顔を見るためには下から見上げなければならない。
 宝飾店に入った時から大人しくじっと宝石を見つめ続けているルーシェの顔を、王子は下から見上げた。フードの下、ルーシェの黒い瞳がキラキラと輝き、幼児らしくふっくらとした白い頬も興奮して上気している。とても可愛らしい。

「綺麗だね、宝石、綺麗だ」

 幼い子供のようにたどたどしく言うルーシェ。実際三歳児姿である。
 王子は甘い眼差しをその小さな子供に向けて言った。

「何か欲しいものがあるのか」

「ううん、高いからいい。宝石って高いんだよ」

「今日の記念に買ってやろう」

「!!!!」

 ルーシェはびっくりしたように大きく目を見開く。その幼児の頬にチュッと口づけを落とし、アルバート王子は早速店員に、宝石を見せるように依頼していた。

 二人の甘い雰囲気を壊さぬように黙ってそばに立っていた護衛騎士バンナムは、内心こう思っていた。

(殿下方は、トモチカ殿に御礼の品を買いに来たのではなかったのでしょうか……)

 そう、トモチカがたくさんの生活用魔道具を贈ってくれたお礼の品を買いに来たはずなのに、今やそのことを忘れてしまったように、若い恋人達は自分達のものを買おうとしている。
 だが、王子もルーシェも幸せそうに、楽しそうに宝石を見て声を弾ませている様子に、水を差すことはないとバンナムは何も言わなかった。


 そしてエイベル副騎兵団長はというと、革張りの椅子に足を組んで座った彼の周りに何人もの店員達が群がっていた。店員達はトレーを差し出し「貴方様にはこちらの宝石が素晴らしくお似合いです」「いえ、こちらの宝石こそが」と、店員達は競うように麗しいエイベル副騎兵団長によく似合う宝石を並べて見せていた。

 エイベル副騎兵団長はそれらを見ながら考えていた。

(ウラノスはあまり宝石を身に付けることが好きではない)

 実際、婚姻の証として互いに交換した指輪でさえも、ウラノス騎兵団長は「石のはまっていないシンプルなものが良い」と言い、飾りのないシンプルなリングを指にはめていた。

(でも一つくらい、私の色を身に付けてくれたらいいのに)

 だが、あの朴念仁な男が、自分エイベルの瞳の色、淡い紫色の宝飾品を身に付けてくれるだろうか。
 ピアスや指輪、ネックレスなど考えてみたが、どうもしっくりとこない。
 
 しばらく考え込んだ末、エイベルは自分に群がる店員達に、用意を頼んだのだった。



 そうして一行は、皆思い思いの品を購入できたようで、満足そうな顔をしていた。
 ルーシェは、アルバート王子から指輪を買ってもらった。
 今は幼児の姿なので、その指輪を指にはめることはできない(サイズが幼児の指には大きくてずり落ちてしまう)。そのため、指輪を革紐に通して首から下げていた。
 それは一粒のガーネットの指輪だった。

 ルーシェの言うところ「それが、王子の瞳の色に近いから」とのこと。
 王子の瞳の色は鳶色で、確かに暗めのガーネットの石の色は彼の瞳の色に近いように思えた。
 王子はルーシェの台詞を聞いて、一瞬、言葉を失っていた。その耳が赤く染まっている。

(………………)

 なんとなしにそばにいる護衛騎士バンナムも黙り込む。

「王子の色の石が良かったんだ」

 そうフードの下からニッコリと無邪気な笑みを浮かべて見上げてくる幼児姿のルーシェの愛らしさに、王子が強いダメージを受けて言葉を失っていることを、バンナムは理解していた。

(もうメロメロですね、殿下)

 ここが王都の有名宝飾店でなければ、きっと今頃王子はルーシェの可愛さに我慢できずに抱き締めて口づけをしていたに違いない。今は理性が辛うじて勝利していた。
 グッと我慢して耐えているから無言なのだ。

「今度は俺の色を王子、身に付けてね」

 ルーシェはあどけなくそう言う。

(…………確実に、殿下を仕留めにきている!!)

 なんとなしに、バンナムは王子とルーシェの様子を見て、そう思ったのだった。
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