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第三章 古えの竜達と小さな竜の御印

第十二話 黒竜襲来

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 観察地の建物の再建のため、竜騎兵団の青竜寮への再びの滞在を許されたリヨンネは、再びレネ魔術師の隣に部屋を定めていた。
 レネは、リヨンネが無事に戻って来たことを知った時には、目に涙を滲ませて喜んでいた。

「リヨンネ先生が雪崩に巻き込まれないで良かったです」

 青竜によって洞窟へ連れて行かれたリヨンネは、発生した雪崩にはかすりもしていなかった。
 ただ運んでいった荷物は雪崩に巻き込まれて影も形も無くなっており、ラバ達もまた行方不明のままである。
 命が助かっただけでも儲けものだろう。

 そしてリヨンネは、自分がしばらく面倒を見ることになったキースをレネに紹介した。
 大森林地帯のその向こうの西方の国々から、戦火を逃れて逃げ込んできた避難民の生き残りと聞いて、レネは強い同情心をキースに抱いたようで、何くれとキースに心を砕いてくれる。
 リヨンネがレネの部屋にお茶をしに行くと、当然キースもついてくるのだけど、レネはキースのための席も用意し、たっぷりとお菓子なども分け与えてくれる。
 アルバート王子と同じ十歳の少年であるはずなのに、満足に食事を取れていなかったせいか痩せ細り、年齢よりもだいぶ幼く見えるキースに「あれも食べなさい」「これも食べなさい」とお節介なくらい世話を焼くのだ。

 キースは、リヨンネと同じ部屋に戻ると、レネについて言った。

「レネ先生はとても優しいですね」

「そうだね。僕が知る中では、一番いい人かな」

 レネは感情豊かで、そして純粋で優しい。もしリヨンネが雪崩で亡くなっていたら、彼はきっと号泣するだろう。今からでもその姿が想像できるのだ。
 それにキースは頭を振り、「リヨンネ先生が一番優しいです」と告げた。

「僕を、引き取ってくれました」

「引き取ったからといって、優しいとは限らないと思うけど」

「優しくなかったら、引き取らないです」

 そうキースはキッパリと言っていた。



 今度は黒竜シェーラに会いに行くと言って再び出立したリヨンネを、やはりハラハラと心配した様子でレネは見送った。
 そのレネのそばには、さり気なく護衛騎士バンナムが立っている。バンナムがレネのそばにいられるように気を遣ったアルバート王子と紫竜もまた彼らのすぐそばにいた。
 紫竜ルーシェは、勝手に竜騎兵団の拠点から飛び出したことを叱られ、反省したせいか、本心としては黒竜という滅多にない竜に会ってみたい気持ちであったのだけど、会いに行きたいと言うことを我慢している様子が見られた。

(ルーシェは本当、好奇心旺盛なんだよな)

 そうリヨンネは思っていた。
 そして何も知らないが故に、好奇心からの無茶をする。
 先日、紫竜は、大森林で野生の緑竜に乱暴をされた。それは、一歩間違えば、紫竜は野生竜の洞窟に連れ攫われていたかも知れない危険な出来事だった。
 しっかりと叱っておいたが、そのことをよくよく肝に銘じておいてもらわなければならない。


 今回は、先の観察地へ向かった時と異なり、日帰りで帰って来られる。
 リヨンネは自分の前にキースを跨らせ、青竜に乗って飛び立っていった。
 そして無事に黒竜シェーラとの面会を終えて戻って来た。
 それより少し遅れてウラノス騎兵団長らも帰還し、互いに問題なく使命を果たしたことを報告し合った。

「つまりは、予定通りこれから建設予定地を決めるのだな」

 ウラノス騎兵団長の言葉に、リヨンネは頷いた。

「はい。つきましては、青竜に乗って候補地を見に行こうと思っています。黒竜シェーラが親切にも雪崩の危険がない場所を教えてくれました」

 「黒竜シェーラが親切にも」という台詞を聞いたウラノス騎兵団長は妙なことを聞いたような顔をしたが、黙っていた。

「分かった。大工などの手配はその後になるのだな」

「はい。設計図を新たに引いてもらう必要もあります。具体的に建設作業に入るのは、まだ先になります」

「分かった。大工などの宿泊場所については、また相談に乗ろう」

「ありがとうございます」


 

 リヨンネが団長室から出て、青竜寮への道を歩いている時、そこに紫竜ルーシェを連れたアルバート王子が現れた。

「リヨンネ先生、お帰りなさい」

 紫竜もアルバート王子も、リヨンネが無事に黒竜の元から帰還したことを喜んでくれた。
 そして紫竜は当然のように、仲間である黒竜について聞きたがった。そのため、彼らは場所を変え、アルバート王子の居室がある緑竜寮へ向かったのだ。
 その席で、温かなお茶を口にしながら、リヨンネは黒竜について話し出した。

「“古竜”である黒竜は、黒い鱗に金の瞳の大きな雌竜でした」

 膝の上で紫竜を抱きながら、王子は尋ねてきた。

「黒竜というのは稀ですよね。僕は今まで見た事がありません」

「そうだね。私も黒竜は、シェーラ以外の存在を知らないな。紫竜と同じくらいか、それ以上の希少さがあるかも知れない。野生の竜達の上の地位にあって、シェーラをはじめとした“古竜”達の許可さえ得れば、大森林で観察地の拠点再建は大丈夫だという話だ。幸いなことに、シェーラは認めてくれたので、これからようやく調査や工事に入れる」

 それに、紫竜は「ピルルピルル」と鳴いて尋ねてきた。
 その紫竜の言葉を、王子が通訳する。

「どんな竜だったんですか? 長く生きているだけあって、とても知恵のある賢い竜だったのですか」

 その問いかけに、リヨンネは危うく口からお茶を噴き出しそうになった。
 気が遠くなるほど昔から生き続けている“古竜”に対して、紫竜は憧れのような感情を抱いているのか、黒い目をキラキラと輝かせている。

 賢いというか、なんというか。
 気の強い、そして尊大な、周囲が自分に従うことを当然だと思う女王様のような気質の雌竜であった。
 気に入らない者に対してはすぐに“呪い”を掛ける。
 実際、彼女が気に食わないと思った竜達は、トカゲにその姿を変えられてしまっている。

「呪いの力を持つという強い竜だ。必要が無い限りは、あまり近寄らない方がいいと思う」

 そう。
 実際、拠点再建の許諾を得た今となっては、リヨンネが再び黒竜シェーラと会うことはもうないだろう。
 そして紫竜も、今回の件で叱られ、この竜騎兵団の拠点から単独で出て行くことはないはずだ。
 リヨンネも紫竜も、あの黒竜シェーラと会うことなど、もうないはずだ。

 それでも一応、リヨンネは紫竜ルーシェに軽く警告を発しておいた。

 竜達の中には癖のある危険な者達も存在する。
 今回、紫竜が大森林の中で、野生の緑竜に襲われたこともそうであるし、シェーラもまた力のある古竜で、他の竜達にとって危険な存在でもある。
 この竜騎兵団の拠点の中では、紫竜は王子をはじめとした人間達に可愛がられ、大切にされている。ここにいる限り、危険はないのだ。

 

 その時、カンカンカンという、金属製の鐘を激しく打ち鳴らす音が響き、リヨンネと王子は椅子から立ち上がり、窓の外を見た。竜騎兵団の拠点には遠見櫓とおみやぐらが組まれていて、竜騎兵達が交代で見張りについている。その櫓に吊り下げられている鐘を、竜騎兵の一人が激しく打ち鳴らしていた。
 同じように建物のどの窓からも竜騎兵達が顔を覗かせ、一部は警戒につこうと部屋を飛び出していっている。
 リヨンネは慌ただしく動き回る竜騎兵達を見下ろし、視線を彼方へやって驚いて目を瞠った。
 ゴウと音を立てる強い風をその身に纏いながら、一際大きな黒い竜が、翼を広げ、竜の離発着場に舞い降りたのだ。

「黒い竜……」

 竜の中でも稀な色合いだという黒い鱗を持つ竜である。
 リヨンネも、アルバート王子も、そして紫竜ルーシェも、突然現れた“古竜”シェーラの登場に驚き、そしてその黒竜シェーラの襲来を知った竜騎兵団長ウラノスは、すぐさま自身の巨大赤褐色竜ウンベルトを呼ぶために、心話を飛ばしていたのだった。

「……なんで、シェーラが竜騎兵団に来るんだ」

 現れた黒竜の金色の瞳は、少し離れたところから警戒するように取り囲む竜騎兵団の竜達には目をやらず、何かを探すように彷徨っていた。
 しばらくして、黒竜は叫んだ。

「リヨンネはどこなの?」

 それで、アルバート王子も紫竜も視線をリヨンネに向ける。

「先生、何をしたんですか」

「ピルルピルピル」

「黒竜がこの竜騎兵団までやって来るほどのことを、先生が何かしでかしたんじゃないかって、ルーシェも心配しています」

「私は何もしていないよ!!」

 むしろ、あまりにも順調に会合が終わって、青竜エルハルトから見直したとお褒めの言葉をもらったくらいだった。
 こんな突然、黒竜が竜騎兵団に襲来して、その名を呼ばれるようなことはしていない。

「リヨンネ、どこなの」

 もう一度その名を呼ばれる。
 今更ながら、何か会合で不備があり、黒竜シェーラから苦情でも言われるのだろうかと思いながら、リヨンネは急いで上着を取って緑竜寮の階段を駆け下りていく。

 リヨンネが近づいて来たことに気が付くと、黒竜シェーラは金色の目を輝かせて叫んだ。

「リヨンネ、貴方の手土産は素晴らしい!!!! 最高よ!!!!」

 は?

 その黒竜シェーラの思わぬ叫び声の内容に、リヨンネは足を止めて立ち止まったのだった。
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