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[挿話] そして彼は自覚する

第九話 六十階層主戦(上)

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 大岩によって、入口へ戻る道を閉ざされた佐久間柚彦ら一行は、先へ進むしかなかった。
 道を塞いだ大岩の大きさが尋常ではなく、例え反対側の大岩の向こうに救援の人員がやって来たとしても、簡単には大岩を取り除くことは出来ないはずだ。さらには、ダンジョンの奥からモンスターが溢れて迫って来る可能性がある。そうなれば、大岩前に留まり続けること自体が非常にリスクである。

「あの地震の様子と、大岩は、ダンジョンの“拡張”に関係するのでしょうか」

 同じボスモンスターの討伐チームの須藤隊員が尋ねてくる。
 柚彦は「その可能性は高い」と答えた。
 日本国内にある七つのダンジョンのうち、六つがダンジョンの深度を深める、いわゆるダンジョンの“拡張”期に入っており、三か月前から一つずつ“拡張”を終え、すでに三つのダンジョンが“拡張”済みであった。そしてこの北海道にある定山渓のダンジョンも今後“拡張”する予定の三つのダンジョンのうちの一つであった。

 しかし、ダンジョンのこれまでの“拡張”には、事前に、微震やモンスターの出没の増加があったため、「次はこのダンジョンである」と、備えることが可能であった。ところが今回は、地震、突然の大岩の出現、そしてモンスターの増加と、今までと違うイレギュラーな流れになっている。
 特に大岩の出現は理解できない。

(この状況を、秋元さんならどうみるだろうか)

 ダンジョンに詳しいあの人なら、尋ねたらきっと教えてくれるだろう。
 でも今、彼に連絡することは出来ない。

 以前に渡してもらったボタン型の交信の魔道具も、今、手許にはない。そう長くは効能が持たない魔道具だった。だから秋元へ返してしまった。

 大岩の向こうでは、きっと自分達を救出するために皆が動きだしているだろうと思う。
 自分達は生き残るために足掻くしかない。

(もう一度、秋元さんに会って)

 何度告白しても、あの暖簾に腕押しな感じのあの人に、また自分は「好きだ」と告げる。
 きっとまたあの人は「分からない」と困った感じで答えるかも知れない。

 その繰り返しかも知れない。

(でも、それでも好きなんだ……)

 諦められたらいいのに、諦めきれない。
 美しく魅力的な女性に誘われた事もあったが、どうしてもその気にはなれなかった。
 男が好きなのかと考え悩んだこともあったが、秋元が好きなのだ。
 他の男でも、女でもない。彼だから、好きなのだと思う。
 
(馬鹿みたいに好きなんだ)

 またその言葉を伝えるためにも、このダンジョンから抜け出さなくてはならないだろう。
 秋元さんに会えなくなるなんて、考えられない。
 そう、全く考えられない。



 佐久間柚彦は、その場にいた隊員達にこう話をした。

「ここで救援を待つよりも、この先にある階層主を倒し、入口まで戻るワープポイントが在ることに賭けた方が良い」

 過去三つの“拡張”したダンジョン内には、ワープポイントが存在し、入口まで一気に飛んで戻ることが出来た。
 救援を待ち、外からの大岩の破壊を待つにしても、それまでに糧食が尽きる可能性もある。奥から溢れ出すであろうモンスターに襲われることも考えられる。

 隊員達は「ここに佐久間リーダーがいて下さって良かったです」と、過去三つの“拡張”ダンジョンの踏破を成し遂げた佐久間柚彦の存在に感謝している。
 しかし、ここには十五人の隊員のうち、たった三名だけが熟練のボスモンスターの討伐隊員である。ほかの十二人には階層主を倒す技量はない。さらに通常受けられる地上部隊からの補給も支援もなく、ドローンによる偵察も行えない。
 今までの討伐とは違う非常に苦しい戦いになることを、佐久間はもちろんのこと、須藤と立花の両隊員は理解していた。
 しかし、先へ進むしか道はなかった。



 暗かった道が、次第にぼんやりとした明るさに包まれていく。
 ダンジョンの奥へ続く道の頭上に、松明が掛けられていた。
 何十本もの松明の火が、手の届かないような高さに並んで赤々とした明りを灯している。

 ペンライトによる明りは頼りなかったため、松明の明りがあることは助かる。
 しかしその明りはまるで、奥へと招くように先へ続いていた。
 
 そして先には見上げるほど大きな鉄製の扉が現れる。
 その扉の前で、柚彦は隊員達に言った。

「“拡張”ダンジョンでは、階層主が複数出現することが通常です。このダンジョンの六十階層主は、エゾヒグマ型モンスターです」

 一行は頷く。
 エゾヒグマは北海道に生息する日本最大級の陸上動物である。雄ヒグマは体長二メートルにも及ぶ。そしてそのエゾヒグマに類したダンジョンモンスターは倍の体長四メートル、重さは五百キロ超に及ぶまさしく怪物といっても良いモンスターであった。彼らは時速四十キロ超で猛然と接近する。
 通常、エゾヒグマ型のモンスターは、扉をくぐってすぐに銃撃に長けた二名の隊員が、セミオートマチックの散弾銃を連射する。今回も、須藤と立花の二名の隊員が一頭のエゾヒグマ型のモンスターを倒す予定であったが(さらに柚彦は保険で同行)、扉の向こうにはおそらく二頭以上のダンジョンモンスターがいることが想定される。

 事前に、ダンジョン前の鋼鉄製のボックスの中には散弾銃が用意されていた。今回のボス討伐の為に、補給部隊の手によって運ばれていたものだ。扉前に到着すると同時にボックスの鍵を開けて須藤と立花は銃の準備を始めていた。

「当初は、見学のためにボス部屋へ皆さんにも同行して頂く予定でしたが」

 そう、十二名の自衛隊員達は同行して一頭のエゾヒグマ型モンスターを倒す様子を見学する予定であった。二名による銃撃に、佐久間柚彦が控えていれば、何事もなくエゾヒグマ型は討伐できると考えられていた。
 
「ですが、今回は我々三名のみ、扉内に入らせて頂きます」

 仮に二頭、三頭とモンスターがいた場合に、十二名の自衛隊員が扉内に同行することはリスクになる。彼らに向かってきたモンスターから、その身を護りながら戦うことはできない。
 
「了解致しました。御武運をお祈りいたします」

 敬礼する隊員達のその言葉を受け取り、銃の用意が出来たと告げる須藤隊員と立花隊員と共に、柚彦は扉をくぐって行ったのだった。
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