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[挿話] そして彼は自覚する

第八話 ダンジョンの意思

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 異世界から前任勇者の光少年と竜騎士ゼノンを呼び寄せた秋元恭史郎は、その後、ダンジョン開発推進機構の中林東京事務局長に電話をして情報を収集した。そして彼から、定山渓ダンジョン内に大岩が出現し、奥へ続く道が遮断されている話を聞いたのだ。
 秋元は考え込んでいた。
 ダンジョン内での行方不明者は、その大岩の向こうにいた自衛隊員二十一名だという。当時、ボスモンスター討伐のために派遣されていた三名の選抜隊員達と、この定山渓ダンジョンに配備されている自衛隊員十二名。彼らは奥のボスモンスターを目指して進行していたらしい。その者達と、リポップモンスターを狩るために配置されていた隊員六名の行方が分かっていない。

「ダンジョンの“拡張”に巻き込まれたのかな。それにしても、ダンジョンの中に突然大岩が出現するというのもおかしいね」

 西野光の言葉に、秋元は頷いた。

「定山渓ダンジョンの最奥部分が遮断されている状況のため、現在その解消に向かって重機を運び込む予定だそうだ。しかし、最奥部分まで重機を運び込むことにも時間がかかる」

 中林東京事務局長から送られたデータを、秋元は紙にプリントアウトして、光、ゼノン、そして元聖女の麗子に手渡しながら説明した。

「地震とモンスターの出没頻度が上がっている状態から、今回の事象は“拡張”であるだろうとみなされている。しかし、大岩出現の為に“拡張”部分を確認に行けない状況だ。そのため“みなし拡張”扱いになって立ち入り制限が行われている」

 過去、国内のダンジョンが地下への階層を増やすという、ダンジョンの深度を深める場合、どのダンジョンでも事前にモンスターの出現が増えたり、微震が頻発する兆候が見られた。しかし今回のこの定山渓ダンジョンの場合、その兆候が見えなかった。突然地震が発生し、道を塞ぐ大岩が出現した。そして今になって、モンスターの出現頻度が増えているらしい。
 
「仮にもし、大岩の向こうでダンジョンの“拡張”が発生していた場合、そこに取り残されている自衛隊員達が、その“拡張”で発生するモンスター達に対峙しなければならないことになる」

「大岩の向こうに柚彦君がいるとして、彼は武器・防具の類はちゃんと持っているの?」

 光の問いかけに、秋元は頷いた。

「以前、柚彦君にはマジックバックに入れて“焔の剣”“氷雪の剣”“風の剣”“水龍の剣”を持たせている」

「武器は十分だな」

 ゼノンは顎に手を当て、ぽつりと言った。

「まるで、補給・救援を絶って、勇者達だけで奥のモンスターを討伐しろと言っているような状態だな」

「「!!」」

 ゼノンの言葉に、麗子と光は顔を上げた。
 ゼノンは問いかけた。
 
「秋元さん、貴方は“転移”してこの定山渓ダンジョンの奥に飛ぶことは出来ないのか?」

 用意周到な秋元なら、現在日本国内の七つのダンジョンすべてに“転移”することができるように準備しているはずだ。そうゼノンが尋ねると秋元はゆるゆると頭を振って言った。

「定山渓ダンジョンの“拡張”部分には飛ぶことができない」

 すでに試したらしい。

 麗子は、ぶつぶつと呟き始めていた。

「ダンジョンが、意識して大岩で遮断させている? 確かにあり得るかも知れない。ダンジョンマスターがいるのだもの」

「麗子ちゃん?」

 光が尋ねると、彼女はなおも言葉を続けた。

「柚彦君がダンジョンに入るのに合わせたかのように、今回の異変が起こっているような気がしてならないの。大岩が現れたことだって、あまりにもタイミングが良すぎるもの。ダンジョンマスターの意思を感じるわ……」

 異世界では、ダンジョンマスター、いわゆるダンジョンを作る神がいるといわれている。
 その作成者たる神の意思で、ダンジョンの中に、ダンジョンという特殊な世界が構築されている。現世にもダンジョンが作られたということは、その一つ一つのダンジョンの中も神の世界“異世界”が在るということなのだ。その中では、神の作るルールが全てを支配する。

 麗子の言葉に、秋元は言った。

「最悪、僕が持っている“神への願い”を使って、彼ら全員をここへ無事に連れて来ることも考えた。でも、今は、僕も麗子ちゃんと同じ可能性を感じている」

 秋元は、魔王討伐に成功した者への褒賞として与えられていた、“神への願い”をあと一回使うことが出来た。

「どういうことなんだよ」

 理解できていない光に、ゼノンが説明する。

「つまり、柚彦君はダンジョンの奥に、ダンジョンマスターの意思で孤立させられて閉じ込められ、おそらく彼自身の手でそれをクリアするまでは、出ることを許されないだろうということだ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 そして秋元が続けた。

「ダンジョンマスターの、神の大いなる手がそこに介在している場合、僕の神への願いも聞き届けられない可能性が高い」

 その言葉に、腕を組んでゼノンも頷く。

「じゃあ、俺達はどうやって助けに行くんだよ。大体、大岩で閉じ込められているって、その大岩は俺の魔法の剣でも叩き斬れないわけ?」

 以前、西野光は大岩を剣で叩き斬るユーチューブ番組をやっていた。大岩を叩き斬ることには自信があるのだ。

「柚彦君にも魔法剣を持たせている。恐らく岩を斬ることは彼も試しているだろう。だが、今回の岩の幅は尋常ではない。正確な計測はされていないが、二十メートルを越える厚さでせり上がっているとの報告がある」

「やってみないとわかんないぜ。俺、岩を斬るには自信があるんだ!!」

「……大岩が在ることにはダンジョンマスターの意思を感じるんだ」

 仮に、光少年が魔法剣で大岩を叩き斬ったとしても、再度大岩がせり上がって来るのではないかと秋元は考えていた。大岩がそこに在り続けることは、ダンジョンマスターの意思なのだ。

「じゃあ、どうするんですか」

 麗子は尋ねた。

「…………」

 秋元は目元を手で押さえて、嘆息して言った。彼はひどく疲れているように見えた。

「柚彦君達が、踏破するのを僕達は待つしかないと思う」

「…………」

 秋元はそれから天井を仰ぐようにして見た。

「光君、ゼノン君、しばらくの間、こちらの世界へこのまま留まってもらえないかな。最悪のケースも考えておかないといけない」

 当初は、なんとかダンジョン内へ入って柚彦達自衛隊員の救援へ向かおうと考えていた。しかし、それは難しいと分かった。
 光はなおも言い募るように言った。

「俺が剣で大岩を斬れるか試してみようよ、秋元さん」

「さっき話したはずだ。たぶんそれはダメだろうと。……後で神にも可能か相談してみるよ」

 秋元は神に相談するという。出来ることは彼もまたやってみるつもりであった。
 麗子は、秋元に尋ねた。

「最悪のケースって何なんですか?」

 秋元は答えた。

「柚彦君達が、ダンジョンの踏破に失敗し、階層主を倒すことができず、奥からモンスターラッシュが始まることさ。その時は、大岩が解放される可能性がある。ダンジョンマスターにと認定されて」

 麗子の顔色が悪くなった。
 秋元は言葉を続けた。

「そうなれば、モンスターラッシュを止めるためにも、光君とゼノン君の存在が必要になる」

 そんな最悪なことまで秋元は考えていたのだ。
 
「秋元さんは、柚彦君が失敗すると思っているんですか?」

「失敗なんてして欲しくないさ!!!!」

 珍しく、秋元が声を張り上げた。
 驚いて秋元を見る麗子、光、ゼノンに彼は詫びた。

「……ごめんよ。あー、もうごめん。苛々するんだ。そういうことを考えちゃいけないんだけど、つい考えてしまう。柚彦君を信じないといけないと分かっているんだけど、最悪なことも考えてしまう」

 彼は深々ともう一度息をついた。

「本当なら今すぐにでも、僕は柚彦君を助けに行きたい。でも、それが出来ないんだ」
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