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[挿話] そして彼は自覚する

第一話 踏み出せないことに苛々とする勇者

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 “状態異常回復ポーション”が、匿名の提供者から提供されたことにより、隊員二人の石化状態は解消された。また、翌月の京都ダンジョン、さらに翌々月の大分ダンジョンの拡張部分の踏破も無事に成功したことにより、自衛隊とダン開の合同チーム責任者であった佐久間柚彦に対するネット上の手酷い非難や中傷も次第に収まっていった。
 そのことに、秋元恭史郎はホッと胸を撫で下ろしていた。

 正直なことを言えば不満はある。
 異世界では、ダンジョン内での負傷は基本、自己責任である。パーティを組んでダンジョンに潜り、そして冒険の結果、怪我をしたとしても、そのことでパーティリーダーを責めることはない。よほどそのパーティリーダーが無謀ともいえる行為をしない限り、ダンジョン内での負傷はそのパーティに帰属する一人一人が責任を負うことである。
 今回の件だって、柚彦は合同チームのリーダーであったが、それ故にあそこまでダンジョンのにいる者達に責められる謂れはないのだ。むしろ、外で好き勝手にネットに書き込みをしている者達こそ、ダンジョンの中に入って少しは苦労してみろと秋元は言いたいところだった。
 
 柚彦は、秋元が自分のネット上の誹謗中傷を見て、非常に不機嫌になっていることを知っていた。柚彦が「気にしていない」と話しても、彼は不機嫌なのである。
 
 今、秋元は先ほどマンション内のポストに投函された新聞を手にしており、紙面を開いて驚きの声を上げていた。

「柚彦君、君の写真が掲載されているよ」

 その時、柚彦はマンションのフローリングの床にうつ伏せになり、腕立て伏せをしていた。彼は陽が昇る前に、ランニングに走り出し、湾岸の公園を一周した後に戻ってきて、更に室内で運動をしていた。
 柚彦は、三か月前に秋元からマンションに「おいで」と誘われてから、秋元の住むマンションに同居していた。自衛隊員には指定場所に居住する義務が課せられている。それで柚彦は官舎で暮らし続けていたのだが、先日のネット上での誹謗中傷の件で、官舎の中に閉じこもり続けた柚彦を見かねて、義父ら上層部が、特例として一時的に柚彦が秋元のマンションに同居することを許可した。
 秋元が解せぬのは、三か月経った今も何故か同居状態が続いており、柚彦が官舎へ戻る気配を見せないことだった。

(もう、ネット上の柚彦君への誹謗中傷も収まったし、官舎へ戻ってもいい頃合いだと思うんだけど)

 なんとなしに「もう戻ったら」と言いにくい雰囲気がある。
 
 柚彦は腕立て伏せを止め、首に掛けていたタオルを手に取って滴り落ちる汗を拭っていた。

「秋元さんの取っている新聞に掲載されていたんですか」

「うん。一面に記事があるね。“今日の人物”のコーナーだ」

 そのコーナーは話題の人物に対してインタビューして、紹介する記事だった。
 内心、秋元は(あれだけ石化の時は、柚彦君を叩いていた癖に、マスコミは掌返しが甚だしい)と頭に来ていた。けれどその件を持ち出すと、柚彦が困った顔をするので口にしないことにしていた。

「記事に掲載されることを教えてくれていれば、もう一部朝刊を買っておいたのに」

「そんなのいいですよ」

 困った顔でいる柚彦に、なおも秋元は言った。

「ハサミで記事を切っておこう」

「…………」

「ファイリングしておこうか」

「…………恥ずかしいのでやめて下さい」

「えええ、君の晴れ姿じゃないか。ちゃんとこういうのは取っておかないと」

 ニヤニヤと笑う秋元がわざとそう言っているのが分かる。柚彦は困惑顔だった。
 秋元にはこういうところがある。
 ちょっと意地悪なのだ。
 
 本当にハサミを取り出して、新聞を切り始めている。
 そしてどこからか糊を取り出して、ノートに貼りだしている。

「……………」

 無言になる柚彦に、しみじみと彼はこう言った。

「君も大きくなったね。僕は誇らしいよ」

「僕は貴方の子供ではないのですが」

「そんなのは分かっているよ」

 彼はパタパタと手を振っている。
 実の両親から虐待を受け、後に“勇者”の力を持つことから佐久間晃の養子として引き取られ育てられた柚彦。

「でも僕は君を昔から知っているから、嬉しいんだよ」

 綺麗にノートに新聞記事が貼れたので、どこか秋元は嬉しそうな様子だった。

「……父親みたいな気持ちで?」

 思わず柚彦はそう聞いていた。
 
「うん。まぁ、そうだね。父親じゃあないけど、父親に一番近い感覚なのかな」

 そう秋元が答えた時、思わず柚彦は言った。

「でも、貴方は父親にはなってくれなかったじゃないですか」

 そう、どんなに父親になって欲しいと望んでも、彼はそうなってくれなかったのだ。

「…………しようがないよ。僕はも多かったし。今では君も僕のことは理解してくれているだろう?」

 異世界と現世を行き来していた魔法使い。それが秋元恭史郎だった。
 そんな彼に見いだされて、現世の“勇者”として見守られてきた。

「いつも、君の事は気にかけていたよ」

 そう、気にかけてくれていることは分かっている。
 自分が困ったことになれば、すぐに手助けをしようと、見守ってくれている。
 そのことを嬉しいと思う反面、柚彦には不満もある。

 もう一歩、彼の中に踏み出したい。
 もっと深く、彼に触れて、彼の事を知りたい。

 でも、それを彼が望んでいないことを知っていた。
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