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[挿話] 前途多難な恋

第五話 Sランク昇級試験

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 ダンジョン開発推進機構のSランクスタッフに、再度なるためには、秋元はもう一度昇級試験を受けなければならなかった。過去、秋元はSランクであったのだが、公文書偽造罪で告発された結果、彼のダンジョンでの昇級成績の全てが取り消されたからだった。
 Aランクへの昇級には、Aランク以上の者の二名以上の推薦で上がることができる。実際秋元は、ダン開の開発部に復帰した時点で即、元同僚Sランクスタッフの複数人からの推薦を得て、Aランクにさっさと昇級した。
 だがSランクは単体でダンジョンの階層主を倒せる実力を見せなければ、昇級できないのだ。

(あー、面倒くさいな。さっさと終えて、家に帰ろう)

 秋元としてはAランクスタッフのままでいいと思っていたのだが、いつも世話になっている東京事務局長の中林が「Sランクスタッフになって頂かないと、出来ないことがたくさんあります。秋元さんはSランクスタッフになってもらわねば、ダン開としては困るのです」と強く言われた。事実、ダン開のSランクスタッフには幅広い裁量権があり、それがないと面倒なことが出てくるのはわかっていた(AランクはSランクの指揮下にあるとか、Aランスタッフのままであると、ダンジョンで入れない場所があるとかそういうものであった。秋元としてはダン開の気心の知れた瓜生の下に適当につけてもらえればAランクスタッフでも構わないと思っていた)。

 色々と世話になり、何かあった時には、庇ってくれる中林東京事務局長の顔を立てないわけにはいかない。
 秋元はため息をつきながら、用意していた杖を懐から手にした。それは箸ほどの長さの短い杖だった。

「そんな短い箸を一本だけ持ってどうするんだ」

 同行していた瓜生が質問してくる。
 見た目、細くて短いその棒は、箸にしか見えないだろう。
 
「杖です」

「…………そうか。あれ、あの魔王討伐の時の杖はどうしたんだ?」

 魔王討伐の際には、先端に魔宝珠のついた立派な長い杖を手にしていた。

「ああいうのがないと、魔法使い認識してもらえないと思ったので、わざわざ使っていました。スペックも高い杖でしたし、あれはあの時使う必要性がありましたが、そもそも長い杖を持ち歩くのって重いし面倒なんですよね」

「……お前の言葉には、夢も希望もないな」

 瓜生はハーとため息をついている。
 なんやかんや、この瓜生とのやりとりが秋元は嫌いではない。彼は遠慮なくズケズケ言ってくるので、裏表もなく付き合いやすい。そして探索者としての腕前も一流であった。

 古都鎌倉にある、通称鎌倉ダンジョン。地元民は“日本一風光明媚な土地にある海近ダンジョン”と謳い、ダンジョンの周辺には土産屋が並んでいる。商魂逞しいと思う秋元だった。
 だが、競争相手として手強い京都ダンジョンもあるのだ。あそこも“元祖古都ダンジョン”と謳ってしのぎを削っている。

 しかし、江ノ電の走る海沿いにあるこの“鎌倉ダンジョン”からの眺望は確かに良い。
 海からの潮風を受けながら、秋元は言った。

「帰りに、ソフトクリームでも食べていきますか。それくらい、付き合ってくれた瓜生さん達には奢りますよ」

「よし、サッサと済ませよう、秋元」

 瓜生は秋元の背中を押すようにして、ダンジョンの入口をくぐらせたのだった。



 そして鎌倉ダンジョンの、最奥の階層主を瞬殺した秋元を見て、瓜生は分かっていたこととはいえ苦笑していた。

「まあ、秋元はあの勇者と一緒に魔王討伐を成し遂げた魔法使いだから、こんな階層主に手間取るはずもないな」

「ですね。形式ですよ」

 魔法が使えることを秋元はもはや隠すこともなかった。魔王討伐の際も、魔法を使っていたのだから、当然のことになっていた。
 
「だが、一撃か。これはダン開の討伐主の討伐タイムランキングに載るな」

「そんなランキングもあるんですか……。ダン開は何でもありですね」

 呆れを見せる秋元の首に、秋元はガシリと手を回した。なんとなしに瓜生は嬉しそうに目を光らせていた。

「そんなダン開のSランクスタッフにようこそ、秋元。俺達はお前をまた歓迎するぞ」

「ありがとうございます」

 その言葉に、秋元は微笑んでいた。



 そしてその帰り道、秋元は同行してくれたスタッフ一同全員にソフトクリームを奢ったのは言うまでもなかった。



    *



「アキモト、ダン開への復帰おめでとう」

 あの後、アメリカの若き富豪リチャード=ブルマンから電話がきた。
 どうして“復帰”したことを知っているのだと内心秋元は思っていた。
 普通ならば、“復帰”とは言わないだろう。単純に昇級おめでとうというはずだ。
 だが、彼は“復帰”と言った。彼は、過去、秋元がダン開で働いていたことを知っている。そして偽造の罪でその昇級のすべてが取り消されたことも知っている。
 その上での、“復帰”なのだ。

 どこからか、リチャードは情報を得ているのだろう。

 秋元は特に突っ込むこともなく「ありがとう」と礼を述べた。

「もう早速、ダン開のスタッフ一覧に名前が掲載されているな」

「ホームページに掲載されているんですね。早いな」

「ADDRはどうするんだ?」

「ダン開と交渉してもらって、あちらからの出向という形をとらせてもらっています。ADDRを退職したかったんですが、どうにもうまく行きませんでした」

 異世界へ渡れるなら、現世の職も数年何の連絡もなく放置していれば、自然と退職扱いになっただろう。だが、この世界に居続けなければならない身としては、そういう荒業を取ることができない。

「そうなんだ。またアメリカには戻って来ないのか?」

「リチャードのところには遊びに行きますよ。貴方の好きそうな日本のウィスキーが手に入ったら、それを持って行ってあげます」

「私も、お前の復帰祝いをしてやらなければならないからな」

 そうして二人はまた電話で約束をし合い、電話を切ったのだった。
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