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[挿話]

“そば”の定義 (3)

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第三話 “転移”の弱点(上)


 どうしてと尋ねてくる秋元の言葉に、柚彦はハッキリと答えられなかった。
 柚彦は視線を逸らして、未だ握っている秋元の手をぎゅっと握り締めた。

 答えない柚彦に、秋元は困った顔をしている。

「……じゃあ、とりあえず、僕はアメリカに戻るよ。だから」

 秋元は言った。

「柚彦君、手を離してくれる?」

 未だ、柚彦はぎゅっと秋元の手を握り続けているのだ。

「嫌です」

「……えー、それは困るな……」

 秋元がその手を少し振ったが、柚彦はその手を握り締め続けていた。





 自衛隊で、かつて光少年の“転移”の映像を見て、分析班が報告したことによれば、“転移”は転移先に“触れているもの”を連れていくのだという。だから、あの時タックルした光少年は、あの赤毛の大男と共にどこかへ“転移”した。
 その時、議論になったのは、地面についている足はどうなのだということだった。
 そして映像を詳細に分析した結果、“転移”の瞬間には足が地面から浮いていたことがわかる。それで二人の人間だけが“転移”していたのだ。

 そして実際、柚彦は秋元と手を握って、アイスランドからこの自衛隊官舎へ移動する時に、地面から一瞬浮き上がった感覚を受けたのだ。それは恐らく、元聖女の麗子も同じ感覚を覚えていただろう。

 だから、秋元の手を柚彦が握りしめている限り、秋元は柚彦を連れてでないと移動できない。

 それが“転移”の弱点であった。


「柚彦君、冗談じゃなしに、僕の手を離してくれないか」

「秋元さんが、秋元さんの名にかけて、僕のそばにずっといることを誓ってくれるならいいですよ」

 その言葉に、秋元は顔を強張らせた。
 魔法使いにとって、自らの名にかけて行う誓いは自身を縛る極めて強い契約であった。
 なぜ、そのようなことを知っているのだというような視線で、柚彦を見る。
 柚彦は笑みを浮かべながら答えた。

「ダンジョンの宝箱から、魔法関係の書物も結構ドロップしているんですよ。ただ、それを使いこなせる人間がいないだけです。そうした決まり事も、僕は目にする機会が多い方ですから」

 柚彦は秋元の手をなおも強く握り締めた。
 そして眼鏡の奥の目をじっと見つめる。

「秋元さん、誓って下さい。でないと僕はずっと貴方の手を離しませんからね」

 秋元は口をぽかんと開けて、柚彦の顔を見つめ返した。

「…………………困る」

「どうしてですか」

「だって君、自衛隊員で、君のそばにいる誓いになると、僕も自衛隊に入らないといけなくなる」

「だから、アドバイザーでいいと話したでしょう? 自衛隊に入隊する必要はないですよ。民間人として参加して下さい」

「……………アメリカ国籍があるのに?」

「そこは、国籍を離脱して下さい。日本国籍に入れるように、調整済みです」

「………………」

「誓ってください、秋元さん。ひどいようにはしません」

「もうこの時点で、ひどい目に遭っているような気がするな……。僕は」

「秋元さん」

 秋元は深くため息をついた。
 手を離せと言っても、絶対に彼は手を離してくれない。
 このまま、アメリカのリチャードのペントハウスに転移してもいいが、きっと転移先でも手を離さないだろう。そんな気がする。
 魔法で彼を攻撃することも考えたが、勇者である彼に自分が攻撃するよりも早く、勇者が実力で自分を押さえ付けて、やり込めるシーンしか頭には浮かばなかった。
 なにせ腐っても現世勇者である。体力では絶対に敵わなかった。

「秋元……恭史郎の名にかけて、佐久間柚彦のそばにいることを誓う」

 その瞬間、柚彦は破顔した。
 今までの固く、張り詰めた表情が嘘のように、笑顔を見せた。

「ありがとうございます、秋元さん」

「……………………」

 秋元は無言で、柚彦をジロリと見つめた。

「で、僕はこれからどこに住めばいいの? どこで寝泊まりすればいいの?」

「僕の今のこの部屋、結構広いですよね。後で寝台を一つ追加で入れてもらいます」

「……………え?」

「しばらくは官舎で一緒に暮らしましょう」

「僕、個室が好きなんだけど」

「もう誓いをした後だから、無理ですよ」

「そばにいるって、部屋が違うくらい大丈夫でしょう」

 怒ったように言う秋元に、柚彦は笑顔で言い切った。

「そばというのは、一緒の部屋ということですよ」
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