上 下
123 / 174
[挿話]

“そば”の定義 (2)

しおりを挟む
第二話 “転移”の弱点(上)


 アイスランドの国際空港に車が到着した後、一行は警護を受けながら、個室の待合室に移動した。
 そして、柚彦は警護の自衛隊員達も部屋から外に出すと、秋元に言った。

「さあ、日本へ“転移”させて下さい」

「わかった」

 秋元は柚彦と麗子の手を握る。

(考えてみれば、柚彦君と一緒に“転移”することは初めてだな)

 そんなことを秋元は思っていた。その時は呑気にもそう思っていたのだ。
 一瞬で空間が揺らぎ、三人は麗子の家の麗子の部屋に“転移”していた。

 階下には麗子の両親がいるだろうと思って、秋元は小声で麗子に話す。

「じゃあね、麗子ちゃん。本当に色々とありがとう。そして、旦那さんと一緒に幸せになるんだよ」

 魔王討伐を終えた後、挙式を予定している麗子は、泣き笑いのような顔をしていた。

「招待状、秋元さんにも渡しますから、絶対に来てくださいね」

「勿論だよ」

「柚彦さんも、必ず来てくださいよ」

「ああ、麗子さん、伺わせて頂く。麗子さん、今までありがとう」

 秋元と柚彦にそうねぎらわれ、麗子はまた目を潤ませた。

「私こそ、今まで守って下さってありがとうございました。さようなら」

 秋元は柚彦の手を握って“転移”した。

 そこは、柚彦の自衛隊官舎の中だった。
 
「君を送るのはここでいいかな?」

 秋元がそう言うと、柚彦はうなずいた。

「ええ」

「じゃあ、僕、とりあえずアメリカに戻ろうと思う」

 その言葉に、柚彦はじっと秋元を見つめた。

「……僕、秋元さんに、自衛隊のアドバイザーの仕事もご用意しているとお話しましたよね。日本の戸籍も用意していると」

「うん。でもさ、僕、堅苦しいこと苦手なんだよね。軍隊とかちょっとね」

 それでいつも、秋元は日本でもダンジョン開発推進機構に入っていたし、米国でもADDO(アメリカダンジョン開発機構)に所属していたのだ。自衛隊や米軍に入る選択は、はなからなかった。

「しばらくはのんびり過ごそうかなと思う」

 とりあえず、アメリカで世話になっているリチャード=ブルマンのペントハウスにでも身を寄せようと思っていた。彼はきっと秋元のことを歓迎するだろう。彼の元でしばらくはぶらぶらとしてもいい。
 柚彦は不機嫌そうに眉を寄せていた。

「…………僕、言いましたよね」

「……何を?」

「秋元さんにこの世界にずっといて欲しいと。そして」

 柚彦ははっきりと言った。

「ずっと側にいて欲しいと」

 秋元は困惑した様子を見せた。

「……ずっと側って、君の側にいるの?」

「そうです」

「どうして?」

 そう尋ねてくる秋元の言葉に、一瞬、柚彦はカッとなった。

 この人は本当に、何も感じていなかったのだ。
 ここまで言っても、まったく自分の言葉は響いていない。
 普通なら、少しは感じるはずなのに。

 以前、聖女の麗子さんがこう言っていた。

「秋元さんは、自分の恋愛事には疎いような気がします。異世界での三人の奥さんとの馴れ初めを少し聞いたことがあったのだけど、一人目の奥さんに強引に結婚に結びつけられた後、残り二人の奥さんは、一人目の奥さんがスカウトしたらしいですよ」

 残り二人の奥さんをスカウトって何だと、それを聞いた時、柚彦は呆れた思いがあった。
 そしてそういう色恋事が面倒だと思ったらしい秋元は、それを受け入れてしまったらしい。

「だから……だから秋元さんと恋愛って大変だと思いますよ」

 麗子は秋元と柚彦がくっつくことを、腐女子として望みつつも、その後の柚彦の苦労を見越していたようだ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...