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[挿話] 勇者の願い

第十六話 “聖女”の紹介

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 佐久間柚彦は、仕事を終えた夕方、また官舎の部屋の扉を開けようとした時に、中から人の気配を感じた。
 すぐさま扉を開けて、小声で問いかける。

「秋元さん?」

 それにすぐに秋元は答えた。

「またお邪魔しているよ」

 部屋に入った柚彦は、驚いた。
 そこには秋元の他に、一人の若い女性がいたからだ。
 彼女は緊張した面持ちで、軽く頭を下げて自己紹介をした。

「林原麗子です。“聖女”称号を持っています。宜しくお願いします」

 艶やかな黒い髪に、長い睫毛に縁どられた大きな瞳、抜けるように白い肌に、赤いさくらんぼのような唇の非常に美しい女性だった。
 紺色のタイトスカートに白いシャツ姿の彼女は、どこか清楚な雰囲気を持っていた。
 自分と同じくらいの年齢であろうか。落ち着いた様子だった。

 秋元は柚彦を紹介した。

「聖女ちゃん、彼が佐久間柚彦君だ。自衛隊で働いている。“勇者”だよ」

「よろしくお願いします」

 柚彦も頭を下げると、再度、麗子も頭を下げた。


 三人揃って座ったところ(麗子と秋元は椅子、柚彦はベットに腰掛けた)、早速、打ち合わせ資料として秋元は手にしていた鞄から、書類を取り出した。

「僕は、過去、三回“魔王討伐”に参加したことがある」

 改まって告げられた秋元の言葉に、柚彦は驚いて顔を上げた。

「……三回?」

 柚彦は驚いていたが、“聖女”だという林原麗子は平然としていた。彼女は知っていたのだろう。

「そう。それで、ある程度、魔王とその前に出現する大型魔獣にはパターンがあることがわかっている。それをまとめてきた。二人とも、しっかりそれを読んでおいてくれ」

 渡された書類は十枚ほどのペーパーで“出現する魔王と大型魔獣の傾向と対策”と、あたかも受験ペーパーのようなタイトルになっていた。

「特に、魔獣は弱点を押さえることが必須だ。僕が覚えている限りの弱点をリストにして、その際に取るべき攻撃方法と注意点をまとめている」

 柚彦はぺーパーをめくっていく。完璧な記録だった。

「大型魔獣はこのリストの中から七匹、ランダムに出現する可能性が高い」

「じゃあ、その弱点を完璧に覚えればいいんですね」

「麗子ちゃんから攻撃することはないから、この魔獣からの攻撃に警戒しながら、味方を守って欲しい。今回、攻撃役が一人足りない」

「竜騎士分ですね」

 柚彦は何もかもよく知る林原麗子のかわいらしい面を見つめていた。

「攻めが足りないので、僕も今回は攻撃に回らざるを得ない。防衛は麗子ちゃんに任せたい」

「私達だけではなく、自衛隊やダン開や、アメリカ軍のスタッフも参加するんですよね。ちょっと面倒じゃないですか? 私達だけで参加することはできないんでしょうか。私、そこまでたくさんの人を守り切る自信ないですよ」

「……出来得る範囲でいいよ。彼らも腕利きを送り込んでいるはずだ。自分達が敵わないとわかれば、後ろに下がるはずだ」

「わかりました」

 林原麗子は、秋元の命令に従うことに慣れているようだった。
 そのことに疑問を持ち始めていた柚彦に、秋元は告げた。

「麗子ちゃんも、二回目の“魔王討伐”なんだ。だから柚彦君、心配しないでいいよ。僕らがきっちり君と一緒に戦う」

「はい」

「私も柚彦さんのお力になれるように頑張ります。一緒に、魔王を倒しましょう」

 そう、麗子は微笑みながら言った。


 次回、一週間後にまた打ち合わせをしようと、秋元は言った。
 一度、林原麗子を自宅に送ってくると言って、秋元は“転移”して麗子を自宅に運んでいった。
 そしてまた、柚彦の官舎の部屋に戻って来る。

「麗子ちゃんはご両親と一緒に暮らしているから、あまり遅くなると心配してしまうからね」

「そうなんですか」

「彼女は来年、挙式予定だったんだけど、この討伐のために可哀想だけど結婚式も延期してもらったよ。彼女は三十歳までに式を挙げたいという話だから、柚彦君」

 ガシッと秋元は、柚彦の肩を掴んで言った。

「麗子ちゃんのためにも、二年後の彼女の誕生日前、三十歳になる前までに、是非魔王を一緒に討伐しよう!!」

 そんな理由で、勇者一行の魔王最短討伐が決められたのだった。
 二年の間に、七匹の大型魔獣と魔王を倒すことなんて、できるのだろうかと少しばかり不安になる柚彦であった。


 林原麗子を自宅に“転移”で送り届けた後、わざわざ秋元が柚彦の官舎に戻ってきたのは、柚彦に渡したいものがあったためであった。

「君にはすでに“焔の剣”を渡しているけど、他に“氷雪の剣”“風の剣”“水龍の剣”を渡しておく。魔獣の弱点の属性によって、剣を使い分けて欲しい」

 秋元は、テーブルの上に三本の剣を置いた。
 それから盾も二枚置く。

「盾を使うかどうかは、君の判断に任せるよ。使わない方が戦いやすいという人もいるからね。でも、これらは非常に頑丈だからね。この三本の剣と盾と、以前、貸すと言った“焔の剣”は君個人に譲渡する。いいかい、自衛隊ではなく、君個人に譲渡したんだ。そのことだけはハッキリ言っておく」

「ありがとうございます」

 秋元は、今や自分よりも背が高くなってしまった柚彦の頭を、つい撫でようとしてしまってその手を止め、小さく苦笑していた。

「自衛隊では、ドロップ品の個人所有を認めていないよね。でも、君は“勇者”だ。ふさわしい武器で戦わないと、負けてしまう。自衛隊の供与品だけではやっていけないだろう。マジックバックも渡すから、これに入れて保管するんだ。わかったね。剣はいずれも、君だけしか抜けないように設定してある」

 何から何まで、彼は配慮してくれている。
 それが有難かった。

 でもきっと、彼の前で自分はまだ、面倒を見なければならない子供のように思われている気もした。
 それがなんとなく悔しかった。

 もうとうに、自分は彼の身長を追い抜かしている。
 いつになったら、彼は自分のことを認めてくれるのだろう。
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