俺の大好きな聖女ちゃんが腐女子で、現世まで追いかけてきた竜騎士とくっつけようと画策しているらしい

第三章 現世ダンジョン編 ～もう一人の勇者～

第二話 もう一人の勇者(中)

　僕の母親と義理の父親は、いわゆる虐待をする親だった。
　母親の連れ子の僕はいつも、二人に叩かれていて、その殴られた痕を隠すように中学校へ通っていた。
　そのことを誰にも話せなかった。

　でも、ある時、酒に酔った義父が、僕の頭を大きな酒瓶で殴った。
　僕はふらふらしながら、アパートから逃げ出した。
　血が流れる頭を押さえながら、しゃがみこんでいる時に、声をかけてくれたのが彼だった。

「大丈夫かい？」

　眼鏡の奥の瞳はひどく心配そうに見つめていた。
　彼は僕をおぶって、病院へと連れていってくれた。

　お医者さんと彼は長い間深刻な表情で話をしていて、僕はそれからアパートへ帰らなくて済むことになった。
　保護施設へ行くことになるかと思ったら、彼がしばらくの間、僕を預かると言った。
　それで、彼は小綺麗なマンションを借りて、僕を匿ってくれた。
　そう、匿ってくれていた。

　母親も義父も、僕の通っていた中学校に乗り込んだりしていたらしい。
　彼は、二人に対して「接近禁止命令」が出せないか、検討していると言っていた。

　彼は僕に「よく頑張ったね」「君はまったく悪くないからね」と何度もそう言った。
　
　今思えば不思議なことだけど、僕の親族でもなんでもない、まったくの第三者である彼が、僕を預かることなんて本当ならできることではないらしい。
　でも、彼にはそうできる何らかの権力があったらしい。
　人の良さそうな、ただのおじさんにしか見えない人なのに、不思議な人だった。

　しばらくの間、中学校へ通わなくていいと言ってくれて、彼は参考書や問題集を購入して、僕にそれを使って教えてくれた。
　彼は仕事をしているような様子もあったけれど、たいてい家にいた。
　家の片づけや、僕の世話をしたら、午後からは一緒にぶらぶらと近くの河川敷を散歩することが日課となっていた。
　彼は自分のことをあまり話さなかった。聞き上手なのか、僕から幼い頃の思い出話をよく聞いてくれた。
　辛い話をすることになって、涙が出ると、彼は僕の頭を撫でてくれて、何度も囁くように言ってくれた。

　君はまったく悪くない

　その言葉に、どんなに救われたことだろう。

　叶うことなら、彼が僕の父親になってくれればいいのに。
　そう願うようになったのは、自然なことだった。


　一度だけ、そう言うと、彼は寂しそうな顔をしてこう言った。

「僕はこちらでは宙ぶらりんだから、それは難しいんだ。ごめんね」

　その言葉の意味はよくわからなかった。でも、彼に拒否されてショックを受けた。
　また涙が零れそうになった僕の頭を、彼は何度も優しく撫でてくれた。

「ごめんね」



　

　そうして、僕は他の人の養子になった。
　彼はそのことに、不満そうな様子を見せていた。自分の考えとは違う人の養子に、僕がなってしまったのだと言っていた。
　彼の子供になれないのなら、他の誰の子供になっても同じことだと言うと、その時もまた、少し困ったような顔をしていた。
　小さな声で、こう言っていた。

「ああ、刷・り・込・ま・れ・ち・ゃ・っ・た・かな」と。