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第二章 現世ダンジョン編 ~異世界から連れ戻された勇者は、竜騎士からの愛に戸惑う~
第十四話 箱根温泉旅行(上)
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翌朝、僕らは箱根に向かって出発した。
幸いなことに好天であった。
ロマンスカーで箱根湯本まで出た後、箱根湯本から箱根登山鉄道に乗り換える。
「このスイッチバックというのがすごいんだよなぁ」
赤い車体の登山鉄道の席に座った光は、嬉しそうにそう言う。そして説明してくれた。
「険しい山にあって、こう進行方向の列車を変えることでジグザグに走るんだ。見て見ろよ、車掌さんが降りて今度先頭になる車両に移るから。箱根登山鉄道には三か所、スイッチバックする駅があるんだぜ」
「詳しいね」
「家族でよく箱根に来ていたんだ。親父も箱根が好きでね、温泉の質もいいし。ゼノンもきっと気に入ると思う」
線路の脇に植えられている青々とした紫陽花の葉を見るヒカル。
「紫陽花の季節になるとまた綺麗なんだ。線路脇にずっと紫陽花が咲いている場所もあるんだ。その時にまた来よう」
「そうだね」
彼は少しだけ寂しそうな瞳をしていた。
家族のことを思い出してしまったのだろうか。
決別は覚悟したのだろうけれど、でも、そう簡単に割り切れるものではない。
僕はまた、彼の手を握った。
「……温泉、楽しみだね」
「ああ、また強羅は泉質がいいんだぞ。今から泊まる宿も楽しみにしておいてくれ」
彼は笑顔でそう言ったけど、あえて元気に見せているようで、少し痛々しかった。
箱根湯本から、強羅駅まで五十分程度で到着した。
「変わらないなー」
駅の様子を見てヒカルは呟く。
今日の宿は駅から五分程度のところにある温泉旅館で、ヒカルは勝手知った様子で荷物を抱えて歩いて行った。
「こっちこっち」
目の前に現れた温泉旅館を、僕は物珍しそうに見上げる。
こちらの世界へやって来て、初めて泊る温泉旅館だからだ。
受付をする。驚くほどの長身に赤い髪、緑色の瞳の僕はまさに異国人で、旅館の受付をしたスタッフは、僕が日本語を流暢に話せ、そして書けることに驚いていた。
「日本に来て長いんですか」と聞いてきたのには思わず笑ってしまった。
思わず、そうですと答えてしまったけれど。
大人の僕の存在で、同行していた未成年のヒカルのことは詮索されることはなく、そのまま部屋に案内される。
三百万円ものあぶく銭を手に入れた僕らは、この旅館で一番良い部屋を予約していた。
仲居さんに案内された部屋は、最上階にあり、当然のように部屋風呂だった。
入浴施設や食事についての説明をした仲居さんはお茶を入れてくれた後、静かに退室する。
ヒカルは部屋風呂を見て、「すげぇぇぇぇぇ」と感嘆の声を上げていた。
部屋風呂
僕はその事実に一瞬、動きを止めた。
客室の居間に面したガラス戸を引くと、すぐに湯気をあげるヒノキの風呂が目の前にあるのだ。
隠すものは何一つない。
ヒカルが入浴する時には、僕は部屋を出ているのがいいだろうと思った。
部屋の豪華さに感動して声を上げていたヒカルもそのことに気が付いたようで、「あ」と言った後しばらく動きを止めていた。
そしてそわそわとしている様子が見える。
僕は苦笑しながら言った。
「大丈夫だよ。君が入る時には僕は部屋から出ているから」
「…………そ、そうだよな。ははははは」
動揺しているヒカルの様子が少し面白かった。
それで、悪戯心を起こしてこうも言ってしまったけれど。
「本当は一緒に入りたいけどね」
「……………」
真っ赤になってぱくぱくと口を開けたり閉めたりする様子がある。
かなり面白かった。
「冗談だよ」
クスクスと笑いながら言う。
ヒカルはしばらくの間、顔が赤かった。
幸いなことに好天であった。
ロマンスカーで箱根湯本まで出た後、箱根湯本から箱根登山鉄道に乗り換える。
「このスイッチバックというのがすごいんだよなぁ」
赤い車体の登山鉄道の席に座った光は、嬉しそうにそう言う。そして説明してくれた。
「険しい山にあって、こう進行方向の列車を変えることでジグザグに走るんだ。見て見ろよ、車掌さんが降りて今度先頭になる車両に移るから。箱根登山鉄道には三か所、スイッチバックする駅があるんだぜ」
「詳しいね」
「家族でよく箱根に来ていたんだ。親父も箱根が好きでね、温泉の質もいいし。ゼノンもきっと気に入ると思う」
線路の脇に植えられている青々とした紫陽花の葉を見るヒカル。
「紫陽花の季節になるとまた綺麗なんだ。線路脇にずっと紫陽花が咲いている場所もあるんだ。その時にまた来よう」
「そうだね」
彼は少しだけ寂しそうな瞳をしていた。
家族のことを思い出してしまったのだろうか。
決別は覚悟したのだろうけれど、でも、そう簡単に割り切れるものではない。
僕はまた、彼の手を握った。
「……温泉、楽しみだね」
「ああ、また強羅は泉質がいいんだぞ。今から泊まる宿も楽しみにしておいてくれ」
彼は笑顔でそう言ったけど、あえて元気に見せているようで、少し痛々しかった。
箱根湯本から、強羅駅まで五十分程度で到着した。
「変わらないなー」
駅の様子を見てヒカルは呟く。
今日の宿は駅から五分程度のところにある温泉旅館で、ヒカルは勝手知った様子で荷物を抱えて歩いて行った。
「こっちこっち」
目の前に現れた温泉旅館を、僕は物珍しそうに見上げる。
こちらの世界へやって来て、初めて泊る温泉旅館だからだ。
受付をする。驚くほどの長身に赤い髪、緑色の瞳の僕はまさに異国人で、旅館の受付をしたスタッフは、僕が日本語を流暢に話せ、そして書けることに驚いていた。
「日本に来て長いんですか」と聞いてきたのには思わず笑ってしまった。
思わず、そうですと答えてしまったけれど。
大人の僕の存在で、同行していた未成年のヒカルのことは詮索されることはなく、そのまま部屋に案内される。
三百万円ものあぶく銭を手に入れた僕らは、この旅館で一番良い部屋を予約していた。
仲居さんに案内された部屋は、最上階にあり、当然のように部屋風呂だった。
入浴施設や食事についての説明をした仲居さんはお茶を入れてくれた後、静かに退室する。
ヒカルは部屋風呂を見て、「すげぇぇぇぇぇ」と感嘆の声を上げていた。
部屋風呂
僕はその事実に一瞬、動きを止めた。
客室の居間に面したガラス戸を引くと、すぐに湯気をあげるヒノキの風呂が目の前にあるのだ。
隠すものは何一つない。
ヒカルが入浴する時には、僕は部屋を出ているのがいいだろうと思った。
部屋の豪華さに感動して声を上げていたヒカルもそのことに気が付いたようで、「あ」と言った後しばらく動きを止めていた。
そしてそわそわとしている様子が見える。
僕は苦笑しながら言った。
「大丈夫だよ。君が入る時には僕は部屋から出ているから」
「…………そ、そうだよな。ははははは」
動揺しているヒカルの様子が少し面白かった。
それで、悪戯心を起こしてこうも言ってしまったけれど。
「本当は一緒に入りたいけどね」
「……………」
真っ赤になってぱくぱくと口を開けたり閉めたりする様子がある。
かなり面白かった。
「冗談だよ」
クスクスと笑いながら言う。
ヒカルはしばらくの間、顔が赤かった。
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