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第1章 騎士団長と不吉な黒をまとう少年
第8話 治癒の力
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治療をしたことを契機に、ヴェルディの妹のロザンナは、よく僕に話しかけてくれるようになった。
彼女は屋敷にこもりきりだということで、屋敷に置かれている蔵書のほとんどに目を通していた。
本好きの僕とも話は合い、僕は彼女によく本を紹介してもらうようになった。
庭の散策を、付き添うリンダと終えた彼女に、お茶を入れてあげる。
ロザンナは、僕の入れたお茶に、美味しいと言いつつ、驚いていた。
「この味は、なんだか懐かしいわ。お兄様が、よく神殿からもらってきていた茶葉と一緒だわね。こういうブレンドは神殿に伝わっているの?」
「お茶のブレンドは僕の趣味です。神殿にそれが伝わっていることはありませんね。でも気に入って頂き、とても嬉しいです」
僕がそう答えると、ロザンナは不思議そうに僕を見た。
「そうなの。これは本当に懐かしい味だわ。あなたを、神殿から、兄が引き抜いた理由が分かった気がする」
「……そうですか」
うん、その味のお茶が飲みたいから、僕を神殿からわざわざ引き抜いたんですね。
よくわかりました。
どんだけお茶好きなんだ。
ただ、僕が茶器をそろえたり、茶葉をそろえたりするのに、金に糸目をつけなくてもいいと言ってくれているのは助かっている。
今もロザンナの手にしている白磁のカップは、東方の国のもので、少し高かったりする。
神殿での清貧な生活に慣れていた僕も、こうして贅沢の味を覚えていくのかも知れない。
ロザンナは、杖と支えるリンダの手を借りて、なんとか歩ける感じだった。
以前、僕が治療した時には杖だけで一人歩くことは出来ていた。少なくともそこまで良くなって欲しいと思っていた。
ルースに生まれ変わった僕には、以前のような治癒の力はない。
治癒の力があれば、ロザンナを癒してあげられるのにと、少し悔しい思いがある。
かつて僕は神殿で、病み、傷ついた人々を癒すために仕事をしていた。
そう考えると、神から頂いたあの力は偉大だった。
本当、僕にも、また力があれば。
そう、力があれば、彼女を癒してあげられるのに。
毎日祈るような気持ちでいたせいか、なんと、僕に治癒の力が戻った。
なんでそれがわかったのかというと、ロザンナの足のマッサージをしている時に、神の力を感じたからだ。
温かな力が満ちて、深い場所から広がっていくような感じ。
それは、ロザンナも感じたようで、僕の目を見つめ返していた。
僕が手を離した時も、ロザンナは信じられないような顔をして僕を見つめていた。
「ルース……あなた、今のは治癒の力よね」
「……おそらくそうです」
痛みが大幅に軽減していた。ロザンナはリンダの肩を借りて立ち上がる。そして部屋の中を歩いた。少し早足でも歩く。
「うん、痛みが……ほとんどないわ」
そうして、彼女はその青い瞳から大粒の涙を流し、両手で顔を覆った。
「ロザンナ様」
リンダももらい泣きしたように、目を赤くしている。
「ありがとう、ルース……ありがとう」
何度も何度も、彼女は礼を口にした。
僕は微笑んで、泣いている彼女の肩にそっと手を置いた。
「どういたしまして」
執事のハンスより、ルースが後天的に“治癒の力”を得たという報告を受けた時、ヴェルディは驚いた。
「“治癒の力”とは、後天的に得ることができるものなのか?」
「寡聞にして聞いたことはありません」
ヴェルディは口元に手を当て、椅子に座る。
「私も聞いたことはないぞ。ルーディス神官長とマリア王女の二人も、生まれつきその力を持っていた」
「はい」
「少し調べてみよう。ああ、ハンス、このことは外部には漏らすな。ルースにも、外で話すことを禁じろ」
「かしこまりました」
僕は、治癒の力を得たことを、ヴェルディから秘密にするように命ぜられた。
それは不満だった。
この力があれば、傷ついている人達の痛みを和らげ、癒してあげられるのに。
まさに、神官へ望まれる力だった。
一度、見習い神官を辞めてしまった僕ではあったけれど、この力があれば神殿で非常に役に立つ。多くの人を救えるだろう。また戻ることを許されるなら、神殿へ戻ろうとも考えていたのに。
なのに、ヴェルディはそれを禁じるのだ。
どういうことなのだと、ヴェルディの説明を聞きたかった。
彼女は屋敷にこもりきりだということで、屋敷に置かれている蔵書のほとんどに目を通していた。
本好きの僕とも話は合い、僕は彼女によく本を紹介してもらうようになった。
庭の散策を、付き添うリンダと終えた彼女に、お茶を入れてあげる。
ロザンナは、僕の入れたお茶に、美味しいと言いつつ、驚いていた。
「この味は、なんだか懐かしいわ。お兄様が、よく神殿からもらってきていた茶葉と一緒だわね。こういうブレンドは神殿に伝わっているの?」
「お茶のブレンドは僕の趣味です。神殿にそれが伝わっていることはありませんね。でも気に入って頂き、とても嬉しいです」
僕がそう答えると、ロザンナは不思議そうに僕を見た。
「そうなの。これは本当に懐かしい味だわ。あなたを、神殿から、兄が引き抜いた理由が分かった気がする」
「……そうですか」
うん、その味のお茶が飲みたいから、僕を神殿からわざわざ引き抜いたんですね。
よくわかりました。
どんだけお茶好きなんだ。
ただ、僕が茶器をそろえたり、茶葉をそろえたりするのに、金に糸目をつけなくてもいいと言ってくれているのは助かっている。
今もロザンナの手にしている白磁のカップは、東方の国のもので、少し高かったりする。
神殿での清貧な生活に慣れていた僕も、こうして贅沢の味を覚えていくのかも知れない。
ロザンナは、杖と支えるリンダの手を借りて、なんとか歩ける感じだった。
以前、僕が治療した時には杖だけで一人歩くことは出来ていた。少なくともそこまで良くなって欲しいと思っていた。
ルースに生まれ変わった僕には、以前のような治癒の力はない。
治癒の力があれば、ロザンナを癒してあげられるのにと、少し悔しい思いがある。
かつて僕は神殿で、病み、傷ついた人々を癒すために仕事をしていた。
そう考えると、神から頂いたあの力は偉大だった。
本当、僕にも、また力があれば。
そう、力があれば、彼女を癒してあげられるのに。
毎日祈るような気持ちでいたせいか、なんと、僕に治癒の力が戻った。
なんでそれがわかったのかというと、ロザンナの足のマッサージをしている時に、神の力を感じたからだ。
温かな力が満ちて、深い場所から広がっていくような感じ。
それは、ロザンナも感じたようで、僕の目を見つめ返していた。
僕が手を離した時も、ロザンナは信じられないような顔をして僕を見つめていた。
「ルース……あなた、今のは治癒の力よね」
「……おそらくそうです」
痛みが大幅に軽減していた。ロザンナはリンダの肩を借りて立ち上がる。そして部屋の中を歩いた。少し早足でも歩く。
「うん、痛みが……ほとんどないわ」
そうして、彼女はその青い瞳から大粒の涙を流し、両手で顔を覆った。
「ロザンナ様」
リンダももらい泣きしたように、目を赤くしている。
「ありがとう、ルース……ありがとう」
何度も何度も、彼女は礼を口にした。
僕は微笑んで、泣いている彼女の肩にそっと手を置いた。
「どういたしまして」
執事のハンスより、ルースが後天的に“治癒の力”を得たという報告を受けた時、ヴェルディは驚いた。
「“治癒の力”とは、後天的に得ることができるものなのか?」
「寡聞にして聞いたことはありません」
ヴェルディは口元に手を当て、椅子に座る。
「私も聞いたことはないぞ。ルーディス神官長とマリア王女の二人も、生まれつきその力を持っていた」
「はい」
「少し調べてみよう。ああ、ハンス、このことは外部には漏らすな。ルースにも、外で話すことを禁じろ」
「かしこまりました」
僕は、治癒の力を得たことを、ヴェルディから秘密にするように命ぜられた。
それは不満だった。
この力があれば、傷ついている人達の痛みを和らげ、癒してあげられるのに。
まさに、神官へ望まれる力だった。
一度、見習い神官を辞めてしまった僕ではあったけれど、この力があれば神殿で非常に役に立つ。多くの人を救えるだろう。また戻ることを許されるなら、神殿へ戻ろうとも考えていたのに。
なのに、ヴェルディはそれを禁じるのだ。
どういうことなのだと、ヴェルディの説明を聞きたかった。
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