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第1章 騎士団長と不吉な黒をまとう少年
第7話 足の痛みの治療
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ロザンナの部屋は、屋敷の一番上の階にあった。それも奥の部屋だった。
長い階段をのぼっている中、こんな階段の上の部屋ならば、足の不自由な彼女は部屋を出る気にもならないのではないかと思った。
一番下の階に、部屋を移して差し上げるべきだった。
扉をノックした後、リンダは僕を連れて部屋に入った。
「お嬢様、ルースを連れて参りました」
窓辺の椅子に座っているロザンナは立ち上がらないで、僕に声をかけてきた。
「足が不自由だから、あまり、立てないの。座ったままで悪いわね」
そこにいたのは、大きな椅子に座った一人の金の髪の女性だった。ヴェルディの妹の彼女は、彼によく似ている。目鼻立ちのはっきりとした美人だった。
だが、顔色も白く、血色がよくない。髪の毛こそ綺麗に整えられていたが、艶も無いように見える。唇には紅を差しているが、かさついている。
(……以前、前世の僕が会った時には、彼女は杖をついて歩くことができたはず。悪化したのか)
僕は驚いたが、それを表には出さずに頭を下げた。
「ルースと申します。どうぞよろしくお願いします」
そして、手伝ってくれる他の召使達にお願いする。
温かな湯を運んでくるようにと。
そして僕は大きな木製の盥を彼女の座っている椅子の前に置いた。
「御足に触れることをお許しください」
「許します」
普通ならば、貴族の子女の肌に触れることは許されない。だが、僕が見習い神官で、救護院でも働いていた話を聞いているのだろう。忌避を見せずに黙ってされるままになっている。
召使達がもうもうと湯の立ち上る温かな湯を、たっぷりと盥の中に入れていく。
その中に、ロザンナの細すぎる足を入れた。
ここしばらく、満足に運動もしていないのだろう。
彼女の足からは筋肉がすっかりそぎ落ちて、棒のように細くなっていた。
僕は手拭をもって、ゆっくりと湯を彼女の足にかけていく。
気持ち良さそうに、ロザンナは目を細めた。
「足は冷やすと、痛みが出やすいです。温かくして過ごしてください。できれば、毎日こうして湯につかり、マッサージをして、血の巡りを良くしましょう。それでだいぶ痛みは治まると思います」
「……そうね、とても気持ちがいいわ」
「今から、僕がマッサージをしますが、よろしいでしょうか」
僕はロザンナを見上げ、傍らの召使のリンダを見つめる。二人はうなずいた。
「許します」
それで、僕は神殿から取り寄せた香油を持って、彼女の足を優しく揉み始めた。決して強くマッサージをしてはならない。痛めてしまう可能性があるからだ。
最初は優しく、血の巡りをよくするように。
盥から上げた両足をマッサージした後、香油をぬぐうようにタオルでふく。そしてその後、すぐに布でくるんだ。
「しばらくはこのままで」
「わかったわ」
「リンダさんには、後で僕のしていたマッサージを教えますね。そうすれば、あなたもロザンナ様にして差しあげることができますから」
リンダはうなずいた。
「……差し出がましいことでしょうが、できれば、お部屋を下の階に移して、なるべく歩く機会を作られた方が良いかと思います」
「…………」
「まったく動かさないと、余計に悪くなりやすいです。どうぞ、ご検討ください」
僕は恭しく一礼した。
それから、僕はヴェルディの許しを得て、時々ロザンナの様子を見に行くようになった。
僕はヴェルディの側付きの従者であったから、朝からロザンナについて、彼女の足をマッサージすることはできない。
それは、リンダ達がしなければならないことだった。
だから僕は、リンダ達へ丁寧に、マッサージ方法や、日々の生活の過ごし方などを教えたのだ。
時間はかかったが、ロザンナは部屋も下の階に移動させていた。
以前はまったく部屋から出ない生活をしていたが、ロザンナは時々、リンダを連れて庭を散策するようになっていた。
僕が、その日も帰宅したヴェルディのためにお茶を入れていると、彼は僕を見つめて礼を口にした。
「礼を言う、ルース」
首を傾げる僕に、ヴェルディはぶっきらぼうに言う。
「ロザンナの件だ。お前のおかげで、だいぶ足の痛みも治まってきているようだ」
「それはよかったです」
僕がにっこりと笑うと、ヴェルディは目を逸らした。
「それで、何か礼をしたい」
「……いえ、とんでもないです」
十分にお給金ももらっていたし、この屋敷の中に部屋だって頂いている。
食事だって、神殿にいた頃よりも満足にとれるようになっていた(神殿の見習い神官の間では、食料獲得の厳しい競争があった)。
「いや、礼はしたい。何か考えておくように」
「わかりました」
お礼の品の希望を言えといわれたので、僕は銀のメダルをねだることにした。
見習い神官から、正式の神官に認められると、神殿長から銀のメダルを頂くことになる。
白い神官服の胸元に銀のメダルを下げるのが、正式な神官のスタイルだった。
残念ながら、僕は見習い神官をやめてしまったので、正式の神官に認められる時のメダルはもらえない。
だけど、敬虔な神殿の信者達は、やや小ぶりのメダルを首から下げることが許されていた。
そのメダルを僕は彼にねだったのだ。
だって、僕は見習い神官から、正式な神官になるつもりでいたから、自分のためのメダルは持っていなかったのだもの。
ヴェルディはわかったと了承した。
二週間後、僕の手元に届いたメダルは、見事な意匠のものだった。
信者達がつけるメダルのデザインは様々だった。単純な円形のメダルのものもあれば、宝石を飾って彫り込みをしている見事なものもある。
もらったメダルは、蔦と花の絡まる円形の輪のデザインで、小さいけれど品が良く、……ひどく凝っているだけあって高そうに見えた。
「…………ありがとうございます。こんな、高価なものを」
うん。見るからに高そうだ。
ヴェルディは喉の奥で笑った。
「いいものなのは確かだ。使ってくれ」
「はい。大事に使わせて頂きます」
僕は早速、メダルを首から下げた。それを見て、ヴェルディは目を細めていた。
長い階段をのぼっている中、こんな階段の上の部屋ならば、足の不自由な彼女は部屋を出る気にもならないのではないかと思った。
一番下の階に、部屋を移して差し上げるべきだった。
扉をノックした後、リンダは僕を連れて部屋に入った。
「お嬢様、ルースを連れて参りました」
窓辺の椅子に座っているロザンナは立ち上がらないで、僕に声をかけてきた。
「足が不自由だから、あまり、立てないの。座ったままで悪いわね」
そこにいたのは、大きな椅子に座った一人の金の髪の女性だった。ヴェルディの妹の彼女は、彼によく似ている。目鼻立ちのはっきりとした美人だった。
だが、顔色も白く、血色がよくない。髪の毛こそ綺麗に整えられていたが、艶も無いように見える。唇には紅を差しているが、かさついている。
(……以前、前世の僕が会った時には、彼女は杖をついて歩くことができたはず。悪化したのか)
僕は驚いたが、それを表には出さずに頭を下げた。
「ルースと申します。どうぞよろしくお願いします」
そして、手伝ってくれる他の召使達にお願いする。
温かな湯を運んでくるようにと。
そして僕は大きな木製の盥を彼女の座っている椅子の前に置いた。
「御足に触れることをお許しください」
「許します」
普通ならば、貴族の子女の肌に触れることは許されない。だが、僕が見習い神官で、救護院でも働いていた話を聞いているのだろう。忌避を見せずに黙ってされるままになっている。
召使達がもうもうと湯の立ち上る温かな湯を、たっぷりと盥の中に入れていく。
その中に、ロザンナの細すぎる足を入れた。
ここしばらく、満足に運動もしていないのだろう。
彼女の足からは筋肉がすっかりそぎ落ちて、棒のように細くなっていた。
僕は手拭をもって、ゆっくりと湯を彼女の足にかけていく。
気持ち良さそうに、ロザンナは目を細めた。
「足は冷やすと、痛みが出やすいです。温かくして過ごしてください。できれば、毎日こうして湯につかり、マッサージをして、血の巡りを良くしましょう。それでだいぶ痛みは治まると思います」
「……そうね、とても気持ちがいいわ」
「今から、僕がマッサージをしますが、よろしいでしょうか」
僕はロザンナを見上げ、傍らの召使のリンダを見つめる。二人はうなずいた。
「許します」
それで、僕は神殿から取り寄せた香油を持って、彼女の足を優しく揉み始めた。決して強くマッサージをしてはならない。痛めてしまう可能性があるからだ。
最初は優しく、血の巡りをよくするように。
盥から上げた両足をマッサージした後、香油をぬぐうようにタオルでふく。そしてその後、すぐに布でくるんだ。
「しばらくはこのままで」
「わかったわ」
「リンダさんには、後で僕のしていたマッサージを教えますね。そうすれば、あなたもロザンナ様にして差しあげることができますから」
リンダはうなずいた。
「……差し出がましいことでしょうが、できれば、お部屋を下の階に移して、なるべく歩く機会を作られた方が良いかと思います」
「…………」
「まったく動かさないと、余計に悪くなりやすいです。どうぞ、ご検討ください」
僕は恭しく一礼した。
それから、僕はヴェルディの許しを得て、時々ロザンナの様子を見に行くようになった。
僕はヴェルディの側付きの従者であったから、朝からロザンナについて、彼女の足をマッサージすることはできない。
それは、リンダ達がしなければならないことだった。
だから僕は、リンダ達へ丁寧に、マッサージ方法や、日々の生活の過ごし方などを教えたのだ。
時間はかかったが、ロザンナは部屋も下の階に移動させていた。
以前はまったく部屋から出ない生活をしていたが、ロザンナは時々、リンダを連れて庭を散策するようになっていた。
僕が、その日も帰宅したヴェルディのためにお茶を入れていると、彼は僕を見つめて礼を口にした。
「礼を言う、ルース」
首を傾げる僕に、ヴェルディはぶっきらぼうに言う。
「ロザンナの件だ。お前のおかげで、だいぶ足の痛みも治まってきているようだ」
「それはよかったです」
僕がにっこりと笑うと、ヴェルディは目を逸らした。
「それで、何か礼をしたい」
「……いえ、とんでもないです」
十分にお給金ももらっていたし、この屋敷の中に部屋だって頂いている。
食事だって、神殿にいた頃よりも満足にとれるようになっていた(神殿の見習い神官の間では、食料獲得の厳しい競争があった)。
「いや、礼はしたい。何か考えておくように」
「わかりました」
お礼の品の希望を言えといわれたので、僕は銀のメダルをねだることにした。
見習い神官から、正式の神官に認められると、神殿長から銀のメダルを頂くことになる。
白い神官服の胸元に銀のメダルを下げるのが、正式な神官のスタイルだった。
残念ながら、僕は見習い神官をやめてしまったので、正式の神官に認められる時のメダルはもらえない。
だけど、敬虔な神殿の信者達は、やや小ぶりのメダルを首から下げることが許されていた。
そのメダルを僕は彼にねだったのだ。
だって、僕は見習い神官から、正式な神官になるつもりでいたから、自分のためのメダルは持っていなかったのだもの。
ヴェルディはわかったと了承した。
二週間後、僕の手元に届いたメダルは、見事な意匠のものだった。
信者達がつけるメダルのデザインは様々だった。単純な円形のメダルのものもあれば、宝石を飾って彫り込みをしている見事なものもある。
もらったメダルは、蔦と花の絡まる円形の輪のデザインで、小さいけれど品が良く、……ひどく凝っているだけあって高そうに見えた。
「…………ありがとうございます。こんな、高価なものを」
うん。見るからに高そうだ。
ヴェルディは喉の奥で笑った。
「いいものなのは確かだ。使ってくれ」
「はい。大事に使わせて頂きます」
僕は早速、メダルを首から下げた。それを見て、ヴェルディは目を細めていた。
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