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第1章 騎士団長と不吉な黒をまとう少年
第1話 記憶が蘇りました
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僕の名前は、ルース。姓はない。
赤ん坊の時に、神殿前に捨てられていたからだ。
黒髪に黒目の僕の色合いは、闇色で不吉なものだから。だから捨てられたのだろうという話を聞いた。
鏡の前で見る自分の色合いは、確かに真っ黒だった。
金髪や茶色の髪色はよく見る。だが、黒髪なんて、あまり見たことがない。東方諸国にそうした色合いの者がいる話は聞いたことがあった。僕にはそういう異国の血が流れているんだろうと、同僚達は言った。
僕は神殿で育てられた。
まぁ、里子に出そうにも、こんな不吉な色合いだと引き取ろうとする者もいなかったのだろうと思う。僕が神殿に引き取られたのは、あの“ライシャ事変”が終わって一年が経とうという時期で、当時、都の神殿の神官達の多くが殺されていたため、神殿は混乱し、非常に大変であった話を聞く。僕を育てるにも手が足りなかったらしい。
でも、以前の神官長様が、僕みたいな孤児は決して見捨ててはならないと言っていたらしく、僕は大変な中だったけれど、神殿で育てられた。その神官長様もやはり、“ライシャ事変”で命を落としていた。いい人というのは、早くに亡くなってしまうものだと、新しく神官長になられた方は仰っていた。
人手が足りない神殿では、赤ん坊から子供に育った僕ら孤児の見習い神官は重宝された。毎日が忙しい。隣接している孤児院でも子供達の世話をしなければならないし、救護院では傷を負った患者の手当をし、朝は礼拝、そして掃除、食事の支度、経典の清書と、すべきことが山ほどあり、目が回るほどの忙しさだった。でも、こういう忙しさは嫌いではない。人に必要とされることは嬉しかった。そう同僚に話すと、「君は天性の神官向きタイプだね」と笑われた。
まぁ、そうかも知れない。神殿は居心地が良いのだ。長い間ここで生活してきたかのように、馴染んでいる。
僕は白い神像を布で綺麗に磨き上げながら、そんなことを思っていた。
その時、突然、天啓のように……頭の中に膨大な情報が流れ込んで来た。
思わずよろけて、腰をつく。
黒い目を見開き、僕はしばらくの間、放心していた。
神像を磨いていたのは、僕一人であったから、その異常を気づいた人はいなかった。
だから、誰にも気づかれなかった。
その時、突然僕が、前世の記憶を取り戻したことに。
この神殿が居心地がよく、ずっと生活してきたかのように、馴染んでいたのは当たり前だった。
僕は、この神殿の神官長だったのだ。
ルーディスという、若くして命を落とした前任の神官長。
僕の中でそれを受け止めるまで、半刻くらい時間がかかった。だけど、その後は、布を手に綺麗に神像を磨く作業に戻った。
うん、今更、十五年前に亡くなったルーディス神官長の記憶があると言っても、誰がそれを信じるだろう。
頭のおかしな人だと思われそうだ。
それに、ルーディス神官長が亡くなって十五年。彼のいない状態を乗り越えて、神殿の仕事もうまく回っている。わざわざ波風を立てる必要はない。そう思った。
だから前世の記憶を取り戻したことについては、僕の心の中に留めていた。
記憶を取り戻してよかったことは、以前暗記していた神殿の経典や複雑な作法も、完ぺきに覚えていたことだった。もう抜き打ちの試験があっても、自信をもってスラスラと答えることができる。人間関係などは、前世の僕が亡くなった当時、多くの神官が殺されていたせいで、リセットに近い状態だったので、その記憶はあまり意味のないものになっていた。
神殿の中の住人で、当時からも生き残っていたのは、側仕えだったテラくらいだろうか。
テラは今や、副神官長にまで昇りつめている。テラは真面目ないい側仕えだったので、彼の出世は素直に嬉しい。
あの“ライシャ事変”から十五年の時が過ぎていた。テラは二十代も後半になっているはず。
前世のルーディスは、その事変で命を落としたはずなのだが、命を落とした前後の記憶は全くない。
殺されたというのだから、よほど恐ろしい思いをしたのだろう。その時の記憶がないことは、きっと神の思し召しだ。そのことは振り返らないように思った。
そうでないと、きっと、パンドラの箱のように、触れてはならない記憶が溢れだしそうだった。
赤ん坊の時に、神殿前に捨てられていたからだ。
黒髪に黒目の僕の色合いは、闇色で不吉なものだから。だから捨てられたのだろうという話を聞いた。
鏡の前で見る自分の色合いは、確かに真っ黒だった。
金髪や茶色の髪色はよく見る。だが、黒髪なんて、あまり見たことがない。東方諸国にそうした色合いの者がいる話は聞いたことがあった。僕にはそういう異国の血が流れているんだろうと、同僚達は言った。
僕は神殿で育てられた。
まぁ、里子に出そうにも、こんな不吉な色合いだと引き取ろうとする者もいなかったのだろうと思う。僕が神殿に引き取られたのは、あの“ライシャ事変”が終わって一年が経とうという時期で、当時、都の神殿の神官達の多くが殺されていたため、神殿は混乱し、非常に大変であった話を聞く。僕を育てるにも手が足りなかったらしい。
でも、以前の神官長様が、僕みたいな孤児は決して見捨ててはならないと言っていたらしく、僕は大変な中だったけれど、神殿で育てられた。その神官長様もやはり、“ライシャ事変”で命を落としていた。いい人というのは、早くに亡くなってしまうものだと、新しく神官長になられた方は仰っていた。
人手が足りない神殿では、赤ん坊から子供に育った僕ら孤児の見習い神官は重宝された。毎日が忙しい。隣接している孤児院でも子供達の世話をしなければならないし、救護院では傷を負った患者の手当をし、朝は礼拝、そして掃除、食事の支度、経典の清書と、すべきことが山ほどあり、目が回るほどの忙しさだった。でも、こういう忙しさは嫌いではない。人に必要とされることは嬉しかった。そう同僚に話すと、「君は天性の神官向きタイプだね」と笑われた。
まぁ、そうかも知れない。神殿は居心地が良いのだ。長い間ここで生活してきたかのように、馴染んでいる。
僕は白い神像を布で綺麗に磨き上げながら、そんなことを思っていた。
その時、突然、天啓のように……頭の中に膨大な情報が流れ込んで来た。
思わずよろけて、腰をつく。
黒い目を見開き、僕はしばらくの間、放心していた。
神像を磨いていたのは、僕一人であったから、その異常を気づいた人はいなかった。
だから、誰にも気づかれなかった。
その時、突然僕が、前世の記憶を取り戻したことに。
この神殿が居心地がよく、ずっと生活してきたかのように、馴染んでいたのは当たり前だった。
僕は、この神殿の神官長だったのだ。
ルーディスという、若くして命を落とした前任の神官長。
僕の中でそれを受け止めるまで、半刻くらい時間がかかった。だけど、その後は、布を手に綺麗に神像を磨く作業に戻った。
うん、今更、十五年前に亡くなったルーディス神官長の記憶があると言っても、誰がそれを信じるだろう。
頭のおかしな人だと思われそうだ。
それに、ルーディス神官長が亡くなって十五年。彼のいない状態を乗り越えて、神殿の仕事もうまく回っている。わざわざ波風を立てる必要はない。そう思った。
だから前世の記憶を取り戻したことについては、僕の心の中に留めていた。
記憶を取り戻してよかったことは、以前暗記していた神殿の経典や複雑な作法も、完ぺきに覚えていたことだった。もう抜き打ちの試験があっても、自信をもってスラスラと答えることができる。人間関係などは、前世の僕が亡くなった当時、多くの神官が殺されていたせいで、リセットに近い状態だったので、その記憶はあまり意味のないものになっていた。
神殿の中の住人で、当時からも生き残っていたのは、側仕えだったテラくらいだろうか。
テラは今や、副神官長にまで昇りつめている。テラは真面目ないい側仕えだったので、彼の出世は素直に嬉しい。
あの“ライシャ事変”から十五年の時が過ぎていた。テラは二十代も後半になっているはず。
前世のルーディスは、その事変で命を落としたはずなのだが、命を落とした前後の記憶は全くない。
殺されたというのだから、よほど恐ろしい思いをしたのだろう。その時の記憶がないことは、きっと神の思し召しだ。そのことは振り返らないように思った。
そうでないと、きっと、パンドラの箱のように、触れてはならない記憶が溢れだしそうだった。
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