騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

妖精の蜂蜜酒と語らいの夜(上)

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 妖精の国で造られる、妖精の蜂蜜酒。
 こってりと甘い、金色のお酒である。
 これだけはバーナード騎士団長の好物のため、どんなにか人狼のディーターにせがまれても、ディーターとジェラルドの二人に渡すことはなく、フィリップは手元に留めておくのだった。

 今年もまた妖精達は蜂蜜をたっぷりと採取し、水に漬け込ませて蜂蜜酒を造り上げた。蜂蜜酒は水と酵母だけで造られる。瓶に材料を入れておけば勝手に出来上がるので、怠け者の妖精達にとっては、まことふさわしい酒であった。だが、原材料となる蜂蜜の、花の種類によって味わいが違うため、酒にこだわりを持つ一部の小さな妖精達は、材料を厳選していた。蜜の花の種類は元より、その酒を造るための水も、妖精界の清水を選び抜いているため、なかなか馬鹿に出来ない味わいなのである。
 硝子瓶の中に入れられ、簡単な手書きのラベルの貼られた蜂蜜酒が届くことをフィリップは期待していた。休日の前に蜂蜜酒の瓶を開け、バーナードと共に杯を煽る。子供達を寝かしつけた後の、二人にとって大人の楽しみの時間である。

 アレキサンドラと二頭の仔狼達を寝室へ連れていき、一人と二頭がスヤスヤと眠ったところで、バーナードが居間に戻ると、すでにフィリップはテーブルの上に酒瓶を置いて、簡単なつまみも並べて準備していた。

「今年の蜂蜜酒はひどく甘いらしいです」

 蜂蜜種を届けに来てくれた小さな妖精のベンジャミンがそう言って、酒を置いて行ったのだ。

「甘くなかったためしがないだろう」

「確かにそうですね」

 バーナードはソファに座ると、早速酒瓶の蓋を開けた。用意されているグラスにトクトクと、蜂蜜酒を注いでいく。綺麗な金色の酒を見て、フィリップの金髪の頭を見やる。

「お前の髪色の酒だな。綺麗な色をしている」

「ありがとうございます」

 褒められたフィリップが照れたような顔をして、グラスを持った。そして二人でカチンとグラスを合わせ、酒を口にする。
 バーナードは口元を押さえた。

「確かに、甘い」

「これは、本当に甘いですね」

「うーん。少し薄めるか」

「このまま少しずつ飲めばいいです」

「そうだな」

 つまみは塩気の効いたナッツである。フィリップはバーナードの指に、蔦の絡まる意匠の銀色の指輪がはめられていることを見てとっていた。それは吸血鬼レブランが自ら作ったバーナードの淫魔の能力を抑え込む“封印の指輪”だった。
 先日、バーナードが記憶を失い、バートとしてエドワード王太子の元に留められた時、その指輪は一度取り上げられたのだが、マグルが王宮魔術師長と交渉して、再度バーナードの元へ指輪を取り戻していた。
 だから、バーナードは日中は元より夜の間もこうして“封印の指輪”を指にはめている。もし“封印の指輪”をはめていなければ、淫魔の性質として、薬物の耐性が低く、かつ男の精力を欲する衝動が抑え切れなくなるからだ。王立騎士団長としてそれは大層困る。バーナード騎士団長にとってその指輪は外せないものだった。

 フィリップは蜂蜜酒を少しずつ飲みながら、バーナードがバートとしてエドワード王太子のそばで過ごしていた時のことを思い出していた。記憶のないバーナードは、“封印の指輪”も取り上げられ、その淫らで敏感な体のまま、あの王太子に夜伽につかされていたのだ。そのことを思い出すと、内心腸が煮えくり返そうなほどの怒りが今も湧き上がって来る。
 おまけにあの王太子は、バーナードの記憶がないことをいいことに、あんな淫らで破廉恥な下着を彼に付けさせていた。まったくもって許し難い。
 ※実際には拒否していたため、身に付けたことはありません。どんなに付けろと言われても「こんなもの身に付けられるか!!」とバーナード(もとい少年のバート)は激怒して床に叩きつけていました。

 蜂蜜酒に酔ったフィリップは少し口が軽くなったようで、思わずバーナードに言っていた。

「バーナード、……私が貴方に頼みがあると言ったら、聞いてくれますか」

「どうした、改まって」

 バーナードは酒が入るとご機嫌になる性質タチである。実際、笑顔でフィリップにこう言った。

「お前の頼みなら、何でも聞いてやろう」

「絶対に約束して下さい。私の頼みを聞くと」

「お前の頼みを聞かなかったためしはないだろう」

「………………そうですか」

 フィリップがジロリとバーナードを見つめる。
 酒に酔ってご機嫌になっているバーナードは忘れているかも知れないが、人狼のフィリップが金色のふさふさとした毛並みの大きな狼に変身して、バーナードに対して盛った時、バーナードはいつも寝台の上からフィリップを蹴り落とすのだ。願いを聞かなかったためしはないとは言い切れないだろう。
 最近になってようやく、十回に一回程度、獣の姿でも受け入れてくれるようになったのである。
 そのことを忘れている。

 でも、今回、フィリップが望んでいるのはそのことではなかった。

「それで、なんだ」

 そう言われたフィリップが、おもむろにどこからか紙箱を取り出した。
 綺麗にリボンまで掛けられて包装されている。

「俺にプレゼントか」

 誕生日でもないのに、なんだろうとバーナードは思う。
 そのリボンを解き、包装紙を落とし、紙箱の蓋を開けたところで、彼の酔いは一気に醒めた。

「……は? なんだこれは」

 声も冷ややかになる。
 そしてフィリップに視線をやると、フィリップは笑顔でこう言った。

「バーナード、私の頼みを聞くと言いましたよね。騎士に二言はありませんよね」

「………………」

 それは以前、エドワード王太子のいる王宮で、侍従達から押し付けられていたあの表面積の小さな下着のようであったのだ。何故、それをフィリップがこんな箱に入れて自分にプレゼントのように差し出しているのか理解できない。
 いや、理解したくない。

 バーナードは無言でその下着を掴むと、すぐさまゴミ箱の中へ力任せに放り込んだ。

「!!!!!!」

「こんな破廉恥な下着をどうしてお前が持っているんだ!! お前変態なのか!!」

 すでにバーナード騎士団長の脳裏で、変態のカテゴリーに入れられているエドワード王太子。それに続いてフィリップまでもそのカテゴリーに加えられることに耐えられない。いや、耐えたくない。

「バーナード、貴方は私の頼みを聞くといったではありませんか」

「そうだ。お前があの下着を身に付けるといい。お前ほどの美男子なら、俺よりもあの下着は似合うだろう」

「私は団長のためにと、恥ずかしい思いをしてアレを買いに行ったんですよ」

「というか、お前、わざわざ買いに行ったのか!!!!」

 栄光ある王立騎士団の副騎士団長ともあろう男が、あんな破廉恥な下着を買いに行くとは!!

 バーナードの顔が引きつり、信じられないような眼差しでフィリップを見つめる。フィリップはわなわなと震えながら言った。

「だって、貴方はエドワード王太子の元で、あの下着を身に付けていたんでしょう」

「俺は一度としてあんな破廉恥な下着を身に付けたことなどないぞ!!!!」

「嘘です」

「あんなものを履くくらいなら、何も履かない方がマシなくらいだ!!」

 そう言われて、初めてフィリップは気が付いたのだ。
 金色の仔犬の姿になったフィリップが、王宮までバーナード(もといバート)を追いかけて行き、彼を見た時、彼がその下着を放り投げて、何も下着を身に付けていなかったことに。

「ああ……だから」

 だからノーパンだったのか。
 変なところで腑に落ちたのであった。
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