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ずっと貴方を待っている
第十三話 新たな妃
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近衛騎士ジェラルドは、ようやく奥の宮の、バートという名の新たな妃のいる宮の中へ入ることが出来た。
日頃熱心に訓練に励むジェラルドは、上官からの覚えもよい。
よって、ジェラルドが強く願えば、彼が侯爵家子息ということもあり、新たな宮の警備陣のメンバーに入り込むことが出来たのだった。
警備にあたり、ジェラルドは多くの魔法契約書にサインすることになる。
そのことを新たな妃付きになるためには仕方ないと思い、ジェラルドはサインをする。
バートという名の妃が、自分の知るバート少年で無ければ別に問題のない話である。
奥の宮に警備として入るにあたり、事前に説明があった。
まず、エドワード王太子から深く寵愛を受けているバートという名の妃は、十五歳程度の少年であること。
我儘も言わず大人しく、警備のしやすい人物であるが、今は大層暇を持て余しているようで、苛々している様子が見られるとのことだった。
そこで、ジェラルドはまさかと思い始める。
十五歳程度の少年と聞いて、脳裏に浮かぶのは、やはりバーナード騎士団長が魔道具で姿を変えたその姿であった。
近衛騎士の制服をきっちりと身に付けたジェラルドが、先に警備についていた別の近衛騎士に連れられてその妃の前に立つ。一礼をして挨拶するジェラルドの前にいたのは、椅子にどっかりと座り、どこか不機嫌そうな様子の黒髪に茶色の瞳の、バート少年であった。
「新しい警備の騎士か。宜しく頼むな」
どこか尊大そうな少年の声。
その声も、耳にした覚えがあった。目の前の姿もやはり間違いない。
茶色の鋭い瞳は相変わらずだが、その面は少年のものだった。すらりとした肢体を、上等の衣装に身を包んでいる。どこぞの貴族の少年のような様子に見えた。
バート少年はまじまじと、近衛騎士の純白に金の意匠の煌びやかな制服を身に付けたジェラルドの顔を見つめた。
「お前はまた綺麗な男だな。近衛には美形が多いが、これまたお前も凄いな」
「…………有難うございます」
その口調は、まるっきり初めてジェラルドを見たかのような、純粋な感嘆を込めたものだった。
しかし、ジェラルドは内心呟いていた。
(バーナード騎士団長、貴方は、王都一と謳われる美貌のフィリップ副騎士団長を伴侶にしていたのですよ)
金の髪に青い瞳のあの副騎士団長の、誰よりも側にいたはずの男だった。
自分如きをこうして褒めるなどおかしい。
貴方はバーナード騎士団長なのですか?
そう直接尋ねたかった。
しかし、ジェラルドが何枚にも渡ってサインさせられた魔法契約書の中には、何故か、新たな妃となったバート少年の前で、王立騎士団長バーナードの名を話すことを禁止するというものがあった。
だから、ジェラルドは一度言いかけて口を開いたが、すぐに言葉に詰まってしまい、口を閉じることになった。魔法契約による禁止の効力はそれだけ契約締結者を縛るものがあった。魔術師達の中でもエリートと評される王宮の魔術師達が書き上げた契約書である。一介の騎士であるジェラルドには破ることなどとても出来なかったのである。
警備についたジェラルドの前で、バート少年は心底暇そうで、自分の境遇に飽きているような様子があった。
椅子に座り、本を読んだり、自分に与えられている宮の中をウロウロとしていたり、はたまた、絵筆を取って絵を描こうとしたりする。その絵が非常に下手で、ミミズののたくったようなもので、警備についている近衛騎士達は顔を見合わせていた。
するとバート少年は顔を赤らめて、「俺は絵が下手なんだ。分かっている!!」と言って、画帳をバンと閉めて、それっきりもう二度と絵筆をとろうとはしなかった。
その様子を見守りながら、ジェラルドは思っていた。
(どうしてバーナード騎士団長はバート少年の姿のままでいるのだろう)
(毒刃の傷が癒えたのなら、王立騎士団へ復帰してしかるべきだ)
(どうしてエドワード王太子の妃として、この宮にいるのだ?)
分からない。
だが、バート少年が、侍従達に対して暇を持て余したあまり、苛つきながら「俺は妃の時はどう過ごしていたんだ」と問い詰めている様子を見て、どうもバート少年が以前のバーナード騎士団長としての記憶を失っており、そして何故かエドワード王太子の妃としてこの宮に留め置かれていることを理解したのだった。
問いかけに少しばかり苦い顔をする侍従長を見て、侍従長もまたそれを理解した上で、彼を妃として宮に留めていることをジェラルドは察していた。
そして侍従長と同じく、バートを妃として留めようとしていたのは、黄金の豪奢な髪に碧い瞳を持つエドワード王太子その人であった。
驚いたことに、エドワード王太子はバート少年をひどく寵愛していた。
時間さえあれば、バート少年のそばに行き、王太子は彼を甘く口説いて、その身を抱こうとしている。
ジェラルドが警備についている前でも、その細身を抱きしめて口づけをする。
バートは、顔立ちも端正といってよいものであったが、彼よりも綺麗な少年は数多くいた。しかし、寝台へ引き込み、その身を抱こうとする時の醸し出される色香にはハッとさせられるものがあった。また、王太子が“最強王の呪い”により、巨根を持ち、絶倫であることは王家に仕える近衛騎士達にとって周知の事実であった。今まではセーラ妃がそれを引き受けて寵愛を受けていたのだが、このバート少年も、王太子の寵愛を受け入れることが出来た。
いや、その抱いている様子を見ればわかる。エドワード王太子殿下は、セーラ妃以上にこの少年に夢中であったのだった。
(これは……これは一体どうすればいいんだ)
記憶を失い、妃として王宮に留められ、王太子から深い寵愛を受け続けるバート少年。
彼をどう救えばいいのか、その時のジェラルドには全く分からなかった。
日頃熱心に訓練に励むジェラルドは、上官からの覚えもよい。
よって、ジェラルドが強く願えば、彼が侯爵家子息ということもあり、新たな宮の警備陣のメンバーに入り込むことが出来たのだった。
警備にあたり、ジェラルドは多くの魔法契約書にサインすることになる。
そのことを新たな妃付きになるためには仕方ないと思い、ジェラルドはサインをする。
バートという名の妃が、自分の知るバート少年で無ければ別に問題のない話である。
奥の宮に警備として入るにあたり、事前に説明があった。
まず、エドワード王太子から深く寵愛を受けているバートという名の妃は、十五歳程度の少年であること。
我儘も言わず大人しく、警備のしやすい人物であるが、今は大層暇を持て余しているようで、苛々している様子が見られるとのことだった。
そこで、ジェラルドはまさかと思い始める。
十五歳程度の少年と聞いて、脳裏に浮かぶのは、やはりバーナード騎士団長が魔道具で姿を変えたその姿であった。
近衛騎士の制服をきっちりと身に付けたジェラルドが、先に警備についていた別の近衛騎士に連れられてその妃の前に立つ。一礼をして挨拶するジェラルドの前にいたのは、椅子にどっかりと座り、どこか不機嫌そうな様子の黒髪に茶色の瞳の、バート少年であった。
「新しい警備の騎士か。宜しく頼むな」
どこか尊大そうな少年の声。
その声も、耳にした覚えがあった。目の前の姿もやはり間違いない。
茶色の鋭い瞳は相変わらずだが、その面は少年のものだった。すらりとした肢体を、上等の衣装に身を包んでいる。どこぞの貴族の少年のような様子に見えた。
バート少年はまじまじと、近衛騎士の純白に金の意匠の煌びやかな制服を身に付けたジェラルドの顔を見つめた。
「お前はまた綺麗な男だな。近衛には美形が多いが、これまたお前も凄いな」
「…………有難うございます」
その口調は、まるっきり初めてジェラルドを見たかのような、純粋な感嘆を込めたものだった。
しかし、ジェラルドは内心呟いていた。
(バーナード騎士団長、貴方は、王都一と謳われる美貌のフィリップ副騎士団長を伴侶にしていたのですよ)
金の髪に青い瞳のあの副騎士団長の、誰よりも側にいたはずの男だった。
自分如きをこうして褒めるなどおかしい。
貴方はバーナード騎士団長なのですか?
そう直接尋ねたかった。
しかし、ジェラルドが何枚にも渡ってサインさせられた魔法契約書の中には、何故か、新たな妃となったバート少年の前で、王立騎士団長バーナードの名を話すことを禁止するというものがあった。
だから、ジェラルドは一度言いかけて口を開いたが、すぐに言葉に詰まってしまい、口を閉じることになった。魔法契約による禁止の効力はそれだけ契約締結者を縛るものがあった。魔術師達の中でもエリートと評される王宮の魔術師達が書き上げた契約書である。一介の騎士であるジェラルドには破ることなどとても出来なかったのである。
警備についたジェラルドの前で、バート少年は心底暇そうで、自分の境遇に飽きているような様子があった。
椅子に座り、本を読んだり、自分に与えられている宮の中をウロウロとしていたり、はたまた、絵筆を取って絵を描こうとしたりする。その絵が非常に下手で、ミミズののたくったようなもので、警備についている近衛騎士達は顔を見合わせていた。
するとバート少年は顔を赤らめて、「俺は絵が下手なんだ。分かっている!!」と言って、画帳をバンと閉めて、それっきりもう二度と絵筆をとろうとはしなかった。
その様子を見守りながら、ジェラルドは思っていた。
(どうしてバーナード騎士団長はバート少年の姿のままでいるのだろう)
(毒刃の傷が癒えたのなら、王立騎士団へ復帰してしかるべきだ)
(どうしてエドワード王太子の妃として、この宮にいるのだ?)
分からない。
だが、バート少年が、侍従達に対して暇を持て余したあまり、苛つきながら「俺は妃の時はどう過ごしていたんだ」と問い詰めている様子を見て、どうもバート少年が以前のバーナード騎士団長としての記憶を失っており、そして何故かエドワード王太子の妃としてこの宮に留め置かれていることを理解したのだった。
問いかけに少しばかり苦い顔をする侍従長を見て、侍従長もまたそれを理解した上で、彼を妃として宮に留めていることをジェラルドは察していた。
そして侍従長と同じく、バートを妃として留めようとしていたのは、黄金の豪奢な髪に碧い瞳を持つエドワード王太子その人であった。
驚いたことに、エドワード王太子はバート少年をひどく寵愛していた。
時間さえあれば、バート少年のそばに行き、王太子は彼を甘く口説いて、その身を抱こうとしている。
ジェラルドが警備についている前でも、その細身を抱きしめて口づけをする。
バートは、顔立ちも端正といってよいものであったが、彼よりも綺麗な少年は数多くいた。しかし、寝台へ引き込み、その身を抱こうとする時の醸し出される色香にはハッとさせられるものがあった。また、王太子が“最強王の呪い”により、巨根を持ち、絶倫であることは王家に仕える近衛騎士達にとって周知の事実であった。今まではセーラ妃がそれを引き受けて寵愛を受けていたのだが、このバート少年も、王太子の寵愛を受け入れることが出来た。
いや、その抱いている様子を見ればわかる。エドワード王太子殿下は、セーラ妃以上にこの少年に夢中であったのだった。
(これは……これは一体どうすればいいんだ)
記憶を失い、妃として王宮に留められ、王太子から深い寵愛を受け続けるバート少年。
彼をどう救えばいいのか、その時のジェラルドには全く分からなかった。
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