騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
486 / 560
【短編】

騎士団長の子供達 (5) ~貝の形のお菓子~

しおりを挟む
 バーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長の仔であるディヴィットとクリストフは、父親フィリップと同じ種族であった。金色の輝く毛並みを持つ人狼である。
 人狼の仔は、幼い間は、人の姿ではなく、仔狼の姿をとって育つ。
 二匹の仔狼を、バーナードとフィリップは可愛がった。特にバーナードと親友のマグルの二人は、元から犬好きであり、小さくて可愛らしい仔狼が、元気よく走る姿を見るだけでも目元を和ませていた。ちょうど二匹生まれたから良かったが、もし一匹しかいなければ、取り合いになり、血で血を洗う争いになっていただろう。
 今も、バーナードの膝の上にはディヴィットが、マグルの膝の上にもクリストフがいる。フィリップはお茶を淹れるために台所に立っていた。
 柔らかく、ブスブスと鼻を鳴らして、安心しきった表情で膝の上で眠る仔狼に、マグルは陶然としていた。

「可愛いなぁ。ああ、本当に最高に可愛い。バーナード、クリストフをくれよ。大切に育てるからさ」

「おい、冗談でもそんなことを言うな。俺の子だぞ!!」

 ギロリとバーナードに睨みつけられるマグル。
 だが、マグルは彼の鋭い一瞥にこたえることなく、艶やかな金色の毛を優しく撫で続けていた。

 やがて、フィリップがお茶とお菓子を運んで来る。
 それでも二人の男はずっと仔犬を膝の上から動かすこともなく可愛がっていた。

 フィリップは、バーナードが自分達の仔を、目の中に入れても痛くないほど可愛がる姿を見るのが好きだった。仔狼も、本能的にバーナードが自分の親(母)であることが分かるのだろう。生まれた時からずっとバーナードに甘え、そばにいたがった。

 やがて、王宮から遣わされた馬車に乗って長女のアレキサンドラが帰宅する。
 彼女は、シャルル王子と婚約を結んでから、ちょくちょくセーラ妃とシャルル王子に誘われて、王宮に足を運んでいた。彼女付の侍女アンヌが、彼女の荷物を部屋の中に運んでくれる。普段、アンヌはバーナードの王都の屋敷に勤めており、アレキサンドラが王宮に上がる時に、そばについてくれることになっていた。そのために雇われた女性だった。
 三十過ぎのどこか落ち着いた雰囲気のあるアンヌは、王宮の侍従長から紹介を受けた貴族の令嬢で、元は王家に仕える女官の一人であり、結婚を機に一度退職していた。アレキサンドラが、シャルル王子の婚約者となった今では、アレキサンドラも王宮内のこまごまとした習わしを知っておく必要があろうと、つけられることになったのだ。そうした教育は、貴族の娘としてあっても悪くはないと、バーナードは受け入れた。更にはアレキサンドラの身を守る護衛の騎士までも、王家は付けようとした。だが、王宮へ向かう道中、護衛は付けてもらっても構わないが、日常では不要だとそれは拒否した。

 このフィリップの屋敷では、王立騎士団の騎士団長や副騎士団長といった、腕を鳴らした武人たる親が控えている。更には、小さな妖精達が密かに彼女を見守っているからだ。
 アンヌがアレキサンドラの上着をフィリップに手渡している横から、アレキサンドラは長い黒髪の巻き毛を揺らして、家の中に駆け込んでいく。歓声を上げる彼女の足元に、金色の小さな仔犬達が駆け寄っていく。その仔犬達を抱き上げる彼女の姿に、アンヌは笑みを浮かべた。

 シャルル王子の婚約者だというアレキサンドラは、貴族の令嬢にしては、のびのびと自由に育てられている。いや、のびのびすぎるのではないかとアンヌは思っていたが、騎士の二人の親達はそれを気にしていない。これだから男親は……という気持ちもアンヌにはある。
 バーナード騎士団長の王都のもう一つの屋敷で、最低限の貴族の令嬢としての教育が少しずつ始められているようだが、それも極めて最低限の様子で、バーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長の二人は、アレキサンドラを甘やかすように自由に育てていた。
 今も、令嬢とは思えないような様子で、絨毯の上にごろごろと転がり、仔犬達と遊んでいる。あっという間に綺麗に整えられていた髪は乱れ、服も皺だらけである。
 何か言いたげな様子のアンヌに、フィリップ副騎士団長は、少しだけ困ったような笑顔を見せた。王都でも美貌で知られる王立騎士団の若い騎士である。彼のその笑顔に、夫がいる身なれど、少しだけ胸がドキンと高鳴ったアンヌだった。だが、慌てて自分を律する。

 フィリップに、アレキサンドラの上着を渡した後、セーラ妃とシャルル王子からお土産として持たされたお菓子の入った籠を手渡した。アレキサンドラが王宮で、絶賛した焼き菓子だった。王宮の料理人が腕によりをかけて焼き上げた、貝の形をした焼き菓子である。柔らかな歯ごたえにしっとりと甘いその菓子を食べたアレキサンドラは、思わず「ディヴィとクリスに食べさせたい」と呟いた。弟の仔狼にもこの美味しさを知って欲しかったのだ。
 シャルル王子は「ディヴィとクリスとは誰だい」と尋ねた。
 生まれたばかりの仔狼(弟)のことは内緒だと、父親達にも言い含められていたため、一瞬、アレキサンドラはしまったと思う。どう答えようかと迷っていると、そばにいたアンヌが「アレキサンドラ様がお飼いになっている仔犬です」と答えた。
 アンヌは何度かフィリップの屋敷を、送り迎えで訪れている時に、仔犬の名を呼ぶ声も耳にしていたのだ。

 仔犬にこうした焼き菓子を食べさせてもいいものだろうかと、セーラ妃は思ったが、その辺りの判断はバーナード騎士団長達がやってくれるだろうと、侍従に命じて、アレキサンドラが大好きな焼き菓子を籠に詰めさせ、白い布をかけて渡した。
 その焼き菓子を、アンヌはフィリップに手渡したのだ。
 焼き菓子を受け取り、フィリップは軽く頭を下げ、アンヌを見送った。
 アレキサンドラのキャッキャッと笑う声とドタバタと走り回る物音が響いている。きっと仔犬達と屋敷中走り回っているのだろう。

 シャルル王子の幼い婚約者。
 “王家の剣”として忠実な王の騎士で、先の竜退治を為した英雄たる男の一人娘。
 アレキサンドラの父親はそういう人物だった。
 そしてアレキサンドラを溺愛している。
 彼の伴侶は、同じ騎士団の副騎士団長で、金色の髪の非常に美しい男性だった。
 アレキサンドラの青い瞳は、その副騎士団長と同じで、だけどその目元は、父親の騎士団長と同じもの。
 
 男同士で子を為すことは出来ない。
 だから、バーナード騎士団長が、フィリップ副騎士団長の親族の女性に子を産ませたのではないかという憶測が流れていた。
 けれど、母親の影は全くチラついてこない。

 興味を持った貴族の一人が、よく当たる占い師に、金を払ってアレキサンドラのことを占わせたことがあったが、不思議なことに、水晶球には、母親の女の姿は浮かび上がらず、父親達の姿だけが浮かび上がったという。
 奇妙なことだった。


 

 侍女のアンヌがいなくなると、すぐさまマグルが籠からお菓子を取り出して、勝手に用意した皿に並べ始めた。
 マグルおじさんには隠し事なく、何を話しても良いと言われているアレキサンドラは、気を緩めた様子で、マグルおじさんのそばに座る。その膝には当然のように二頭の仔犬がもたれかかっていた。

「うお、サンドラちゃんでかした!! こりゃうまそうな菓子だ」

 マグルは、アレキサンドラのことを略してサンドラと呼んでいた。
 アレキサンドラという名は、呼ぶには長すぎると言うのだ。
 
「そうでしょう。とても美味しいお菓子だったの。美味しいと言っていたら、セーラ様がお持たせして下さったの」

 セーラはアレキサンドラに、殿下付けで呼ばないように言っていた。
 自分の娘になるのだからと言っている。気が早いことだとフィリップは思っていた。
 そして、娘の将来の婚約破棄に期待しているバーナードは、それを聞いた時、少しだけ困った顔をしていた。あまり親しくなりすぎても困ると思いつつも、可愛がられていることは嬉しくもある。複雑な気持ちだった。

 貝の形のお菓子を、一つ手に取ったバーナードは、それを口にすると、驚いたように眉を上げた。

「ああ、旨いな」

「そうでしょう!! お父様もきっとお好きだと思ったわ」

 そう言って笑顔を見せるアレキサンドラの頭に手をやり、バーナードは優しく撫でた。

「ありがとう、アレキサンドラ」

 仔犬達がクゥンクゥンと鳴いて、菓子をせがむ。アレキサンドラは焼き菓子を小さくちぎって弟達の口に入れる。

「ゆっくり食べるのよ。でないとお喉に詰まってしまいますからね。ディヴィ、クリス」

 そう、お姉さんらしく言うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

LV1魔王に転生したおっさん絵師の異世界スローライフ~世界征服は完了してたので二次嫁そっくりの女騎士さんと平和な世界を満喫します~

東雲飛鶴
ファンタジー
●実は「魔王のひ孫」だった初心者魔王が本物魔王を目指す、まったりストーリー● ►30才、フリーター兼同人作家の俺は、いきなり魔王に殺されて、異世界に魔王の身代わりとして転生。 俺の愛する二次嫁そっくりな女騎士さんを拉致って、魔王城で繰り広げられるラブコメ展開。 しかし、俺の嫁はそんな女じゃねえよ!!  理想と現実に揺れる俺と、軟禁生活でなげやりな女騎士さん、二人の気持ちはどこに向かうのか――。『一巻お茶の間編あらすじ』   ►長い大戦のために枯渇した国庫を元に戻すため、金策をしにダンジョンに潜った魔王一行。 魔王は全ての魔法が使えるけど、全てLV1未満でPTのお荷物に。 下へ下へと進むPTだったが、ダンジョン最深部では未知の生物が大量発生していた。このままでは魔王国に危害が及ぶ。 魔王たちが原因を究明すべく更に進むと、そこは別の異世界に通じていた。 謎の生物、崩壊寸前な別の異世界、一巻から一転、アクションありドラマありの本格ファンタジー。『二巻ダンジョン編あらすじ』   (この世界の魔族はまるマ的なものです) ※ただいま第二巻、ダンジョン編連載中!※ ※第一巻、お茶の間編完結しました!※   舞台……魔族の国。主に城内お茶の間。もしくはダンジョン。   登場人物……元同人作家の初心者魔王、あやうく悪役令嬢になるところだった女騎士、マッドな兎耳薬師、城に住み着いている古竜神、女賞金稼ぎと魔族の黒騎士カップル、アラサークールメイド&ティーン中二メイド、ガチムチ親衛隊長、ダンジョンに出会いを求める剣士、料理好きなドワーフ、からくり人形、エロエロ女吸血鬼、幽霊執事、親衛隊一行、宰相等々。 HJ大賞2020後期一次通過・カクヨム併載 【HOTランキング二位ありがとうございます!:11/21】

メス喘ぎレッスン帖 ─団長、奥さんを抱く前に俺と発声練習しましょう!─

雲丹はち
BL
セックス経験ゼロのまま結婚しちゃった騎士団長に年下副官が初夜のイロハを教え込む話。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

騎士団長の俺が若返ってからみんながおかしい

雫谷 美月
BL
騎士団長である大柄のロイク・ゲッドは、王子の影武者「身代わり」として、魔術により若返り外見が少年に戻る。ロイクはいまでこそ男らしさあふれる大男だが、少年の頃は美少年だった。若返ったことにより、部下達にからかわれるが、副団長で幼馴染のテランス・イヴェールの態度もなんとなく余所余所しかった。 賊たちを返り討ちにした夜、野営地で酒に酔った部下達に裸にされる。そこに酒に酔ったテランスが助けに来たが様子がおかしい…… 一途な副団長☓外見だけ少年に若返った団長 ※ご都合主義です ※無理矢理な描写があります。 ※他サイトからの転載dす

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...