騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十九章 豊かな実り

第十二話 今際の声

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(まさか、ベンジャミンの中に、騎士団長に対してあれほど情が湧いているとは思わなんだ)

 ご隠居様はため息をついた。
 今もなお、腹心と言える小さな妖精が叫ぶように言う言葉が耳に残っている。

『ご隠居様、ご隠居様、バーナード騎士団長を、彼の御子をお助け下さい!! お願いします!! お願いします!!』

 必死の声。
 
 彼だけをいつも騎士団長の元へ行かせていたことがマズかったのかも知れない。
 あの小さな妖精は、何くれと、あの二人の騎士達に可愛がられていた。それで、すっかり懐いてしまったようだ。

 いつも冷静に、自分の頼んだ仕事をこなしていたから、問題なくこれからもこなせるだろうと考えていた。
 今までだって、ベンジャミンはベンジャミン自身の手で、バーナード騎士団長の持つ“器”に“神の欠片”を注ぎ続けてきた。
 それはバーナード騎士団長への裏切りにも等しい行為であったのだけど、それはそれとしてベンジャミンは命令に従ってきた。

 けれどここに至って、罪悪感に耐えきれなくなったというわけか。

 ただ幸いなことに、あれほどたくさんあった聖王国の“神の欠片”も注ぎ終わっている。
 もはや手元に一欠片も残されていない。
 ベンジャミンが、バーナード騎士団長の元へ渡るべき仕事ももうなかったのだ。

 後は生まれ落ちる前に、バーナード騎士団長が“器”の精力を使い切ってくれるよう差し向けるだけだった。
 悪魔達が何やら画策していることは神々も気が付いている。それも“海の悪魔”を人の世に顕現させようとしていることも知っていた。
 その顕現に対応する、国を守る騎士団長であるバーナードが、たとえその時、その身の“器”の精力を使い果たさなくても、また時を置かずして、何かしらの凶事を彼のいる国に起こすと、神は仰っていた。
 そしてどうにか、彼が危機に直面するようにして、その身の“器”の精力を使い切るように追いやるとしている。

 どちらにしろ、バーナード騎士団長はのだ。

 
 空っぽの“器”を前に、バーナード騎士団長もフィリップ副騎士団長も悲しむことだろう。
 だが、実った子は、生まれ落ちてはならない子だ。
 砕かれ、人の子の魂と共に生まれ落ちて、その魂は浄化されたはず。でも、それでも。

 ご隠居様と呼ばれる大妖精は、きつく目を閉じた。
 知らずに拳も強く握りしめられる。


 助け出されたエイリース神は、人の姿をとっておらず、肉の塊のようなものになり果てていた。
 それを一度、また殺し、再度人の形にさせた時には、もう完全に気が触れていた。
 おかしくなっていた。

 けれど、時折、滅多にないことだけど正気に戻ることがあり、その時に会ったことがある。
 それは最後に、正気の彼を見た時だった。

 ただ一言

 もういい

 それだけだった。


 もう元に戻さなくていい
 
 もうこのまま
 
 このまま消して欲しい
 
 この世に欠片として残さないで、消して欲しい





 草原の中、馬に乗り駆けていくあの御方に、誰もが皆、憧れていた。
 自分は元より、あの吸血鬼のレブランだって、幼い胸を高鳴らせ、頬を紅潮させ、崇拝しきった目で彼の神を眺めていた。

 彼は、あの御方の復活を願っていた。
 
 でも自分は、あの御方の最期の声を聞いたから、聞いてしまったから。
 とても、そう思えなかった。

 彼の最期の願いの通り、すべて欠片となく、消し去ってあげたかった。
 そして幸福だった頃の、あの輝かしい彼の姿の記憶だけを胸に生きていきたかった。
 もうあの御方は、死んで喪われてしまっている。

 魔族に連れ去らわれた瞬間に、彼は喪われてしまったのだ。


   *


 ゼトゥは、バーナード騎士団長が北方地方に出没した海の魔獣を倒した後、すぐさま、転移魔法陣を使用してランディア王国へ戻った。
 主であるレブラン教授に、あの怪異を報告するためだ。
 海の魔獣を難なくバーナード騎士団長が倒した後、何万と現れた甲虫の群れを倒したのは、以前にも現れた小さな黒い人形達だった。
 バーナード騎士団長を襲撃した時にも現れた小さな黒い人形達については、レブラン教授にすでに報告していた。
 しかし、その時は「何らかの魔法で動いている物ではないか。バーナード騎士団長の近くには、魔道具作りで有名なマグル王宮副魔術師長がいる。彼の手によるものかも知れない」という話で終わっていた。
 その時の教授の関心は、その後の大妖精との会談の話にいってしまって、バーナード騎士団長の身を守ったあの不気味な黒い人形の元に向かうことはなかった。

 しかし、アレは明らかにおかしな存在だった。
 自分が振り上げた戦斧も、あの人形が発した黒い靄に包まれて消えてしまったし、今回の甲虫達を死滅させたのも間違いなく、黒い靄のせいだった。
 不気味な存在でありながらも、バーナード騎士団長を守る行動に出る小さな人形達。

 ゼトゥは、そのことをレブラン教授に報告すると、レブランは考え込んでいた。
 
 バーナード騎士団長は謎めいた人物であった。
 その息子のバート少年は“淫魔の王女”位を持つ淫魔である。高位の魔族であるバート少年は膨大な魔力をその身に秘め、力ある存在だと感じられる。
 それはバーナード騎士団長も同様だった。
 彼もバート少年と同じように、高位の魔族だろうと思われるが、その正体は未だに分かっていない。
 人の世界で正体を隠し、隠れ住む魔族は多い。彼もそのクチだろうと考えている。
 バート少年が淫魔であるというのなら、その母親が淫魔だろう。
 バーナード騎士団長の現在の伴侶は、人狼の副騎士団長という話であるからして、バートは、騎士団長が若かりし頃に、淫魔の母親に産ませたものだろうと思っていた。それゆえに隠されてバート少年は育てられていたと。
 謎めいた力を持つバーナード騎士団長が父親であるなら、バート少年もまた謎めいた力を持つことも不思議ではない。親子なのだから。

 だが、どうも、しっくりこない。

「引き続き、バート少年を守り続けるように」

「はい」

 そう命令を受けたゼトゥであったが、アルセウス王国へ渡って以来、未だにバート少年に会うことが出来ていなかった。
 仕方なく、バーナード騎士団長の周りをウロウロとする日々である。
 最近では、あのバーナード騎士団長がバート少年の将来の姿であろうと思うと、何故か、騎士団長の姿を見るだけで、胸が高まるような想いがあった。
 あの黒髪の長身の騎士の姿を見ると、嬉しいし、見えなければ、寂しい。
 
 そんな自分も大概だなと、ゼトゥは思っていた。
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