騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十九章 豊かな実り

第八話 騎士団長の小さな味方

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 アルセウス王国に、海の魔獣のウミウシを放った途端、王国の騎士団の騎士の男に、瞬殺された。
 そのことを知った馬頭の悪魔オロバスと、甲虫の悪魔は唖然としていた。
 アルセウス王国の北方から、海の魔獣を南下させ、街を破壊し、死体の山を築く構想は一瞬で泡と消えた。
 ランディア王国とはあまりにも違い過ぎる。

 “黒の司祭”も召喚した海の魔獣の不甲斐なさに驚きつつ、恥じていた。
 相変わらず悪魔達の前では平伏し、その床を見つめながら懸命に言った。

「この次こそは、阿鼻叫喚の状況をお見せできるように致します」

「いや、この国の騎士団が強すぎるのだ」

 普通の人間ならば、海の魔獣を瞬殺することなど出来ない。
 この国のあの騎士の男が異様に強いのだ。

 巨大な甲虫の悪魔が、耳障りな音を立てながら、オロバスに話しかけた。
 
「ああ、友よ、君がやってくれると言うのかい?」

 甲虫の悪魔は頷く。
 小さな小さな蟲達を幾万と放ち、人を喰らい、死に至らしめる。
 その小ささと膨大な数ゆえに、騎士団の騎士とて剣では対応しきれないだろう。
 先ほど海の魔獣を瞬殺したという騎士団長とて同じである。
 無数の蟲達に喰われて、さっさと命を落とせばいい。

 甲虫の悪魔は、すぐさま配下の蟲達に命じた。
 まだ北方地方の、倒した海の魔獣の始末について話し合っている多くの騎士達のいるその場に向けて、森の木々の間から波のように蟲達が現れたのだった。
 そしてその様子を、魔界にいるオロバス達がその目で見られるように、気を利かせた下級魔族が、映像の魔道具である水晶珠を抱えて地上に現れる。キキキッと声をあげながら、棒のように細い腕に透明な水晶珠を抱えて、彼は木の枝に尻尾を絡ませ、黄色い目で、蹂躙の様子を最前列で見学しようとしていた。

 ザァァァァッと、耳を聾するような音がした。
 振り返ると、小さな甲虫が木々の間から姿を見せて押し寄せてこようとしている。
 その数は、まさに数えきれないほどである。

 北方騎士団の女性副騎士団長イライザは、顔を引きつらせていた。
 彼女は蟲が大嫌いであった。

「だ……団長、蟲が大量に押し寄せております。いかがなさいますか」
 
 動揺のあまり、目が泳いでいる。
 巨漢のヘンドリック北方騎士団長はすぐさま状況を判断して、部下の騎士達と、王立騎士団の面々に向けて言った。

「撤退するぞ。あんな量の蟲達にはどうすることも出来ん」

 判断は早かった。
 いかにヘンドリックの巨体であろうと、大量の蟲に対して剣を振るうことはできない。

 バーナード騎士団長とフィリップ副騎士団長も同意し、部下達に撤退の命令を下した。
 手早く馬に跨り、その場から離れようとしつつも、バーナード騎士団長は脳裏で(この場で、聖王国の“結界”の首飾りを発動させるべきだろうか)と考えた。
 しかし、いかに“結界”の首飾りを発動してこの場の騎士達を守ったとしても、蟲達を倒す術がない中では、ジリ貧になってしまう。
 それに、バーナードには気にかかっていたことがあった。

(“結界”の首飾りの魔力消費は大きい。もしこれを使い続ければ)

 聖王国の神子から直々に受け取ったこの首飾りの魔道具は、非常に優れたものだった。
 試しに少し使用してみても分かった。
 この首飾りは敵の侵入を完璧に防ぐであろう。
 だが、そのための魔力消費は著しく、体内のバーナードの魔力は勿論のこと、使い続ければ“器”に蓄えてある精力までも魔力に変換して消費してしまう。
 そうなれば、ようやく半分を越えて満たされている“器”の中身が無くなってしまい、フィリップとの子が生まれてこない。

 それは避けたかった。

 そうならないように、自分の魔力だけに抑えて使わなければならない。
 そういう意味での、枷がある魔道具だった。



 そこに、どこからともなくゼトゥが現れ、大男は腰に下げていた剣を抜いた。
 “業火の剣”と知られる魔剣である。
 レブラン教授は、ゼトゥが使えるように何本かの魔法武器を持たせていた。
 
「バーナード、お前達が撤退するまで俺が後ろを守ってやろう」

「!!」

 突如現れた大男の存在に、その場の騎士達も驚いている。

「蟲の群れだ。お前にもどうすることも出来ないだろう」

 そうバーナード騎士団長が言ったが、ゼトゥはこう答えていた。

「俺は大丈夫だ」

 言外に“自分は吸血鬼だから、蟲に襲われても死ぬことはない”と告げている。

「それに、お前達が撤退するまでの間、守ればいいだけの話だ」

 押し寄せる蟲達の群れにぶつかるまで時間はそうない。
 バーナードは短く「頼んだぞ」と言うと、他の騎士達に「撤退だ」と言って、馬を走らせようとする。
 そしてその場を離れていくが、すぐさま気が付いた。

 ゼトゥが抑えられる蟲には限度がある。

 彼は魔剣から噴き出した炎で、小さな蟲達を焼き尽くしていたが、焼き尽くせるのは彼の周辺だけである。
 とても、森から次々と現れる蟲達まで手が回らない。
 そしてその蟲達は、馬を蹴って急ぎ走らせる騎士達の背後に迫ってきていた。

(逃げ切るまで“結界”を使わざるを得ないか?)

 しかし、転移魔法陣のある街まで戻る騎士達の後を追って、蟲達をも街へ連れていってしまうことになる。

(王宮魔術師達も引き連れてくるべきだった。これは魔法の力で殲滅するしかない)

 バーナードには膨大な魔力はあったが、もっぱら身体強化しか使わず、攻撃魔法を使うことはなかった。更には、手にしている竜剣ヴァンドライデンは、敵を叩き斬ることには適しているが、万と現れる蟲達には対処のしようがなかった。

(どうするか……)

 その時、彼の乗る馬の真っ黒い影から、小さな何かが飛び出してきた。
 一瞬、振り返ったバーナードは、それがあの、真っ黒い小さな人形とそれが跨る羊毛の人形、そして陶器の犬達だとわかった。
 王立騎士団の拠点の団長室に飾られているはずのそれが、どうしてこの場にいるのだ。

 次の瞬間、真っ黒い小さな人形の体から、靄のような黒いものが漂い出て、それが辺り一面に広がり、蟲達の群れを包みこんだのだった。



「……団長、拠点から人形を持って来られていたのですか」

 王立騎士団の騎士の一人が、おずおずと言った様子でバーナード騎士団長に問いかける。
 王立騎士団、そして北方騎士団の騎士達は全員、馬を止め、目の前の怪異を呆然と眺めていた。
 無数の蟲達を包み込む黒い靄は、青い空を覆い、陽の光をさえぎり、周囲を薄暗い闇にしていた。

 ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ……

 小さなものが落ちる音がひっきりなしに続いていく。

 黒い靄に覆われた蟲達は、腹を見せて皆、地面に落ちて転がり、足を縮めていた。微動だにしない。
 そして地面という地面を覆い尽くさんばかりに蟲の死骸が積み重なっていく。

 不気味な現象はしばらく続いていた。
 騎士達は、地面に落ちて広がる蟲達の何万という死骸の山を見つめ、それから、黒い靄を発したあの、王立騎士団の団長室に在るはずの黒い小さな人形を目を見開いて見つめていたのだった。

「あれは何なんだ」

 当然のことながら、北方騎士団長ヘンドリックが、小さな黒い人形を見つめてバーナード騎士団長に尋ねる。
 その返答次第によっては、あの不気味な小さな人形も叩き斬る次第である。

 だが、バーナード騎士団長は答えた。

「あれは味方だ」

 その騎士団長の言葉に、フィリップ副騎士団長と王立騎士団の騎士達は何とも言えぬ表情をしていた。

(味方……味方なのか、この者達は)

 どう見ても、禍々しい存在ではないか。
 真っ黒で、目も鼻も口もない、この小さな呪い人形は!!

 カタカタ動くだけではなく、今に至っては黒い靄まで放っている。
 絶対に、神殿でのお祓い案件だろう……。

 空に蟲の一匹も飛んでいない状況になって、小さな黒い人形は周辺を確かめるようにキリキリと音を立てさせながら、小さな首を回し、そして木々の枝に魔物が映像の魔道具である透明な水晶珠を持っているのを認めた。魔物が怯えて、キーと鳴きながら闇の中に紛れ、魔界に戻ろうとしているのを見て、その真っ黒い小さな人形は羊の人形に跨ったまま、魔物の後を追い駆けてビュンと飛んでいく。陶器製の犬達もケンケン、ケンケンと鳴き声を上げてその後をついていく。

 その姿が見えなくなった時、北方騎士団長ヘンドリックはまた「何なんだ」と呆然と呟いているだけだった。


 そしてそこに、魔剣を鞘に仕舞い、自称護衛だと言っているゼトゥが現れた。
 彼もまた不可解なものを見てしまったかのような顔をしていた。

「……靄が広がって、蟲達を包んだかと思うと、蟲達は死んでしまった。バーナード、アレはいったい何の魔法だ? お前はあんな魔法も使えるのか」

 そして話しているうちに、ゼトゥも思い出したのだ。
 かつて、バーナードと剣を交え戦った時に、割り込むようにバーナードを救いにやって来た真っ黒い小さな不気味な人形に。その人形が放った靄が、ゼトゥの戦斧を覆い尽くし、そして戦斧は消え去ったのだ。未だにあの現象のことが良く分からない。
 良く分からないが、黒い靄も黒い小さな人形も、バーナード騎士団長の身を守るためにいつも動いていた。

「……俺の魔法ではない。だが、俺の味方だ」

 バーナード騎士団長は、そう口にするのみだった。
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