騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
458 / 560
第二十九章 豊かな実り

第七話 押しかけてきた護衛の男(下)

しおりを挟む
 吸血鬼レブランからの使者がきたことを、甲虫の悪魔から知らされたオロバスは、あっさりとレブランの希望を受け入れ、このランディア王国から離れることに同意した。
 オロバスは、ここでレブランと揉めることは得策ではないと理解していた。
 レブランは侮ることの出来ない、非常に力ある魔族であり、かつ、彼は魔族の中でもっとも“神の欠片”を収集していた者であった。ラーシェが“淫魔の王女”となった暁には、彼の協力は必須であった。
 レブランの元にいたラーシェが、今はオロバスの傍らにいることに、彼が気付いているのか気付いていないのかそれは分からなかった。彼からの手紙にはラーシェに関する言葉は一文も無かった。

 そしてラーシェも、オロバスや甲虫の悪魔が荒らす国を、ランディア王国から移すことを知らされて安堵していた。
 あの国にいる限り、レブランに自分の所在が気付かれてしまうのではないかと恐れていたからだ。他国に渡った方がまだ気づかれまい。
 それではどこにするのかという話になった時、「恐れながら」と口を開いたのが“黒の司祭”であった。 
 彼の口から出た国名は、アルセウス王国だった。

 理由は幾つかあり、“黒の司祭”がアルセウス王国に以前、居を構えていたために土地勘もあること。
 あの王国には、自分達が追い出されることになった恨みがある、とのことだった。
 どうせ魔獣を呼び出すならば、あの国を荒らし、滅び尽くしてもいいのだと言う。

 そう恨みがましい目を見せている“黒の司祭”の話を気に入って、馬頭の悪魔オロバスも、アルセウス王国で魔獣を召喚することに決めたのだった。



    *


 レブランからバートの護衛として遣わされたゼトゥは、バーナード騎士団長の周辺をウロチョロとしていた。
 だが、彼なりに騎士団長の仕事に迷惑はかけてはいけないと気を遣っているのだろう。王立騎士団の拠点に乗り込んでくることはなく、バーナードが団長室で仕事をしている時には、建物から少し離れた場所で様子をうかがい、外出する時には一定の距離を保ってついてきている。

 一度、「お前はバートの護衛だろう。何故、俺についてくるのだ」とバーナード騎士団長が詰問したところ、ゼトゥは「バートが見当たらないからだ。父親のお前のことをバートは大事にしているようだから、とりあえずお前のそばについているだけだ」と述べている。

 そしてゼトゥは、バーナード騎士団長の指にあの新しい“封印の指輪”が、銀色をした蔦の絡まる意匠の指輪がはめられていることに驚いていた。

 「それはバートに渡したものだ。何故、父親のお前がしているのだ」と厳しく問い詰められる。

 それには一瞬、バーナード騎士団長も言葉に詰まった。
 自分がバートでもあることをこの目の前の大男に告げようかと思ったが、その事実を知った時のゼトゥの反応が想像できなかった。反発するだろうことは分かるが、どこまで怒るのか分からなかった。
 それに、バートの恋人を殺すような物騒なことを口にしていたのだから、自分の伴侶のフィリップの身に危険が及ぶ可能性もある。このまま知られぬように、とぼけて国許に追い返すことが一番無難であった。
 だからその時も「一時的に借りているのだ」と誤魔化した。
 
(こいつの前では絶対にバートの姿にはなるまい。そうすれば、そのうちバートはいないものとして諦めるだろう)

 そう、バーナード騎士団長は希望にも似た思いを抱いていた。
 そしてフィリップ副騎士団長は、ゼトゥがバーナード騎士団長の周囲でウロチョロしていることが非常に不快であったが、とりあえず大きな害はそれ以上ないために、放置している状況だった。
 彼もまた、さっさとこの護衛だと言い張る男が、ランディア王国に帰国することを望んでいたのだった。


 そんな中、新緑の美しい季節となっていたあの北方地方に、突如としてウミウシの姿をした巨大な魔獣が現れた。
 北方地方に置かれている北方騎士団が魔獣の出没を把握し、押さえ込みにかかる。同時に王都に向けて、アルセウス王国に海の魔獣が出没したことが報告されたのだった。


 アルセウス王国にも海の魔獣が出現する可能性については、かねてから王宮内でも議論されており、その際には、バーナード騎士団長にすぐさま国宝の竜剣ヴァンドライデンが貸与される運びになっていた。
 バーナード騎士団長はすぐに王宮に赴き、国王陛下から魔剣を直々に貸与されて出立した。
 今回はフィリップ副騎士団長も同行する。
 もしアルセウス王国に、海の魔獣が出没した際には被害が拡大する前に、即座に排除、殲滅することが御前会議では決定されていた。
 そのための戦力の放出は惜しまない話だった。

 正直、海の魔獣如きは、バーナード騎士団長の手で倒せる敵の規模とみなされている。
 問題はその先なのである。

 魔獣は、あくまで道を作るための呼び水に過ぎない。



 転移魔法陣を越えて、王都を守る王立騎士団の精鋭達が武器を手に到着する。
 すぐさま北方騎士団の案内で、現れた魔獣の元へ案内される。

 バーナード騎士団長は、腰に佩いていた竜剣ヴァンドライデンを鞘から抜いた。
 青く輝く刀身に、騎士達の目は奪われる。
 その剣を振るう騎士は、“剣豪”の称号を持ち、誰よりも強い男だった。

 バーナード騎士団長は魔獣と対面し、秒の単位で、海の魔獣を殲滅した。



 それを、やはり転移魔法陣を使用して、後を追い駆けてきたゼトゥが見ていた。

(バーナードは、こんなにも強い男だったのか)

 かつて、剣を交わした時には、ただただ防戦一方だった様子とは一変していた。
 そして、あの男が持つ青く輝く剣。
 それはバート少年が持っていた剣と一緒だった。
 真っ直ぐな、ためらいの無いその剣筋も一緒である。
 一瞬で敵を打ち倒すその強さも。

(親子だから、剣筋は似ることもある。剣を借り合うこともあるだろう)
 ※ゼトゥは、今回、バーナード騎士団長が、国王から竜剣ヴァンドライデンを直々に貸与されていることを知りません。

(だが、あの姿は、そう、バートが成長したのならきっとこういう男になるだろう。よく似ている親子だからそれも理解できる。だが、それでも)

 剣を軽く振り、鞘に納めるバーナード騎士団長のそばに、あの金髪の美貌の騎士が駆け寄り、眩しいような笑顔を向ける。それに、バーナード騎士団長も親しみを込めて笑いかけている。
 そんな二人の仲睦まじい様子を見ていると、何故か胸の奥が痛み、なんとなしに嫌な気分になる。

 何故、自分がそうなってしまうのか。その理由をまだ、ゼトゥは分からなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

LV1魔王に転生したおっさん絵師の異世界スローライフ~世界征服は完了してたので二次嫁そっくりの女騎士さんと平和な世界を満喫します~

東雲飛鶴
ファンタジー
●実は「魔王のひ孫」だった初心者魔王が本物魔王を目指す、まったりストーリー● ►30才、フリーター兼同人作家の俺は、いきなり魔王に殺されて、異世界に魔王の身代わりとして転生。 俺の愛する二次嫁そっくりな女騎士さんを拉致って、魔王城で繰り広げられるラブコメ展開。 しかし、俺の嫁はそんな女じゃねえよ!!  理想と現実に揺れる俺と、軟禁生活でなげやりな女騎士さん、二人の気持ちはどこに向かうのか――。『一巻お茶の間編あらすじ』   ►長い大戦のために枯渇した国庫を元に戻すため、金策をしにダンジョンに潜った魔王一行。 魔王は全ての魔法が使えるけど、全てLV1未満でPTのお荷物に。 下へ下へと進むPTだったが、ダンジョン最深部では未知の生物が大量発生していた。このままでは魔王国に危害が及ぶ。 魔王たちが原因を究明すべく更に進むと、そこは別の異世界に通じていた。 謎の生物、崩壊寸前な別の異世界、一巻から一転、アクションありドラマありの本格ファンタジー。『二巻ダンジョン編あらすじ』   (この世界の魔族はまるマ的なものです) ※ただいま第二巻、ダンジョン編連載中!※ ※第一巻、お茶の間編完結しました!※   舞台……魔族の国。主に城内お茶の間。もしくはダンジョン。   登場人物……元同人作家の初心者魔王、あやうく悪役令嬢になるところだった女騎士、マッドな兎耳薬師、城に住み着いている古竜神、女賞金稼ぎと魔族の黒騎士カップル、アラサークールメイド&ティーン中二メイド、ガチムチ親衛隊長、ダンジョンに出会いを求める剣士、料理好きなドワーフ、からくり人形、エロエロ女吸血鬼、幽霊執事、親衛隊一行、宰相等々。 HJ大賞2020後期一次通過・カクヨム併載 【HOTランキング二位ありがとうございます!:11/21】

メス喘ぎレッスン帖 ─団長、奥さんを抱く前に俺と発声練習しましょう!─

雲丹はち
BL
セックス経験ゼロのまま結婚しちゃった騎士団長に年下副官が初夜のイロハを教え込む話。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

媚薬盛られました。クラスメイトにやらしく介抱されました。

みき
BL
媚薬盛られた男子高校生が、クラスメイトにえっちなことされる話。 BL R-18 ほぼエロです。感想頂けるととても嬉しいです。 登場キャラクター名 桐島明×東郷廉

騎士団長の俺が若返ってからみんながおかしい

雫谷 美月
BL
騎士団長である大柄のロイク・ゲッドは、王子の影武者「身代わり」として、魔術により若返り外見が少年に戻る。ロイクはいまでこそ男らしさあふれる大男だが、少年の頃は美少年だった。若返ったことにより、部下達にからかわれるが、副団長で幼馴染のテランス・イヴェールの態度もなんとなく余所余所しかった。 賊たちを返り討ちにした夜、野営地で酒に酔った部下達に裸にされる。そこに酒に酔ったテランスが助けに来たが様子がおかしい…… 一途な副団長☓外見だけ少年に若返った団長 ※ご都合主義です ※無理矢理な描写があります。 ※他サイトからの転載dす

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...