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【短編】
王太子贔屓の小さな妖精
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王太子エドワードは、“王家の庭”に足繁く足を運び、霊樹に実った、小さな桃色の実の様子を見守ることが日課になっていた。
小さな桃色の実は、日々、少しずつ大きくなっている。サクランボ大の大きさであった実は、今やふっくらと膨らんできて、卵ほどの大きさになっていた。
妖精達は日々成長する桃色の実に興味津々で、そうこうしている内にある種の“紳士協定”が結ばれたようだった。つまりは、熟するほど大きくなるまで、手出しは無用(噛り付きの禁止)ということであった。
そのことに内心ひどく安堵する王太子である。
油断していると、妖精達は勝手に酒を振りかけたり、齧りついたりしているからだ。
しかし、桃色の実は丈夫なのか、妖精達が噛り付いたとしても、噛り付いた方の歯が痛む始末で、簡単には傷つかない様子であった。
そしてまた、小さな桃色の実を護るように、弓や槍などの武器を手にした、白銀の甲冑を身に付けた小さな妖精の騎士が実のそばに控えるようになっていた。大妖精のご隠居様が遣わせた騎士だった。
何者かに奪取されることを、妖精達も警戒しているということだ。
桃色の実を守ってくれるその動きは、エドワードにとっても有難かった。
そのため、エドワードは霊樹のそばに行って、桃色の実の様子を見にやって来る度に、褒美といわんばかりに、王宮から大量の菓子を運んできていた。そして守りについている小さな妖精の騎士は勿論のこと、ブンブンと飛び回る小さな妖精達にも大量の菓子を振る舞っていたのだ。
その菓子はまた、王宮所属の熟練の料理人が腕をふるって作った王太子殿下に献上されるべき高級菓子であったから、相当美味しいらしく、小さな妖精達はほっぺたいっぱいに、栗鼠のように菓子を頬張りながら「美味しいです」「とても美味しいです」「もう死んでもいいと思うくらい美味しいです」と目を潤ませて絶賛し、大喜びでいた。
エドワード王太子は、椅子に座り、テーブルに肘をついて(王太子は椅子と丸い小さなテーブルを霊樹の側に持ち込んでいた)、菓子を文字通り、貪り食らう妖精達の様子を眺めていた。
「お前達が気に入ってくれて良かった」
「大変気に入っています」
「王子様、とても気に入っています」
「またお願いします」
「このクッキーはお代わりでお願いします」
という風に、霊樹のそばにいる小さな妖精達の心は王太子によって完全に掌握されていた。
今なら、菓子の奴隷と化している妖精達には何を命じても、唯々諾々と従うだろう。
相変わらずチョロすぎる妖精達であった。
王太子はお菓子で妖精達を餌付けしながら、妖精達に尋ねるのだ。
「お前達は、この霊樹に実る実から、何が生まれるのか知っているのか」
その問いかけに、小さな妖精達は一斉に首を傾げた。
「甘い実でしょうか」
「美味しい実でしょうか」
「歯ごたえのある実でしょうか」
食べることにしか興味のない妖精達である。
食一本の回答であった。
つまり、この小さな実が、“淫魔の王女”であるバーナードの子であることを知らないようだった。
目の前の妖精達はそうであろうが、以前、エドワード王太子の前に現れたベンジャミンという妖精は、違っていた。ベンジャミンは他の妖精達と違い、高い知性が感じられる妖精だった。
実際、ベンジャミンはこう言っていたのだ。
『あの実が熟し、子が生まれ落ちるその日まで、霊樹と実の護りにつきます』
そう、桃色の実から、子が生まれ落ちることをあの妖精は知っていた。
彼は、この実がバーナード騎士団長の子であることも、知っているのかも知れない。
彼が仕えるという大妖精は、淫魔の王女であるバーナードの子を護ってくれるという。
そのことは有難いが、そこから先はどうするつもりなのだろうか。
他のものから奪われぬように警備を尽くすのは、やはり、その霊樹に実るであろう子を確保するつもりのためなのだろうか。
エドワード王太子は、白い指を顎に当て、考え込む。
実っている間は、いい。
だが、実り落ちるその時は、確実に自分の手に渡るように何かしらの方策を考えなければならないだろう。
エドワード王太子は、高級菓子の山に群がる小さな妖精達をよそに、深く考え込むのであった。
毎日のようにやって来るエドワード王太子から、美味しい高級菓子を差し出された小さな妖精達の中には、エドワード王太子に、特に懐くものも現れていた。
フラウとプラウの二人がそうであった。双子のようによく似通ったその妖精は、二人ともに顔にそばかすがあり、短く毛が逆立っている方がプラウで、リンゴのようにほっぺが赤い方がフラウであった。
最近ではエドワード王太子が、大きな門を開けて現れると、妖精達は黄金の髪の王太子の周りにわっと群れて、彼が持つ菓子の入った籠を持ち去る。プラウとフラウの二人は、その持ち去る妖精の方に行かず、王太子のそばに来ると、挨拶をした。
「「ご機嫌よう、王子様」」
どうもこの二人の妖精もまた、あのベンジャミンと同じく少し雰囲気が違うと思ったエドワード王太子は、この二人に対して特別な扱いをしていた。
彼は、プラウとフラウのために、手づから別に用意していた菓子を差し出すと、二人の妖精はニッコリと笑って菓子を受け取り、報告した。
「今日もあの実は、無事であります」
桃色の小さな実を、王子が大切にしていることを、プラウとフラウも知っていた。
そして二人の妖精に対して、王子はきちんと説明をしていた。
あの実が膨らみ、熟した暁には、子供が生まれ落ちるだろうと。
そのことを初めて聞いたプラウとフラウは驚いた顔をして、顔を見合わせていた。
「あんなに美味しそうな実から、子供が生まれるのですか?」
食欲から逃れられない小さな妖精らしい答えだった。
エドワードは頷き、告げる。
「そう、それは私の子だ。だから、何者にも奪われることのないように守り通して欲しい」
実から生まれるのが、この目の前の王子の子であると知って、これまた驚くプラウとフラウだった。
「何かあれば、私にすぐに教えておくれ。生まれようとした時に、父たる私がこの手で受け止めたい」
プラウとフラウは頷いた。
父親であれば、それは当然の願いだろう。
二人の妖精はその願いを聞き届けることをした。
小さな桃色の実は、日々、少しずつ大きくなっている。サクランボ大の大きさであった実は、今やふっくらと膨らんできて、卵ほどの大きさになっていた。
妖精達は日々成長する桃色の実に興味津々で、そうこうしている内にある種の“紳士協定”が結ばれたようだった。つまりは、熟するほど大きくなるまで、手出しは無用(噛り付きの禁止)ということであった。
そのことに内心ひどく安堵する王太子である。
油断していると、妖精達は勝手に酒を振りかけたり、齧りついたりしているからだ。
しかし、桃色の実は丈夫なのか、妖精達が噛り付いたとしても、噛り付いた方の歯が痛む始末で、簡単には傷つかない様子であった。
そしてまた、小さな桃色の実を護るように、弓や槍などの武器を手にした、白銀の甲冑を身に付けた小さな妖精の騎士が実のそばに控えるようになっていた。大妖精のご隠居様が遣わせた騎士だった。
何者かに奪取されることを、妖精達も警戒しているということだ。
桃色の実を守ってくれるその動きは、エドワードにとっても有難かった。
そのため、エドワードは霊樹のそばに行って、桃色の実の様子を見にやって来る度に、褒美といわんばかりに、王宮から大量の菓子を運んできていた。そして守りについている小さな妖精の騎士は勿論のこと、ブンブンと飛び回る小さな妖精達にも大量の菓子を振る舞っていたのだ。
その菓子はまた、王宮所属の熟練の料理人が腕をふるって作った王太子殿下に献上されるべき高級菓子であったから、相当美味しいらしく、小さな妖精達はほっぺたいっぱいに、栗鼠のように菓子を頬張りながら「美味しいです」「とても美味しいです」「もう死んでもいいと思うくらい美味しいです」と目を潤ませて絶賛し、大喜びでいた。
エドワード王太子は、椅子に座り、テーブルに肘をついて(王太子は椅子と丸い小さなテーブルを霊樹の側に持ち込んでいた)、菓子を文字通り、貪り食らう妖精達の様子を眺めていた。
「お前達が気に入ってくれて良かった」
「大変気に入っています」
「王子様、とても気に入っています」
「またお願いします」
「このクッキーはお代わりでお願いします」
という風に、霊樹のそばにいる小さな妖精達の心は王太子によって完全に掌握されていた。
今なら、菓子の奴隷と化している妖精達には何を命じても、唯々諾々と従うだろう。
相変わらずチョロすぎる妖精達であった。
王太子はお菓子で妖精達を餌付けしながら、妖精達に尋ねるのだ。
「お前達は、この霊樹に実る実から、何が生まれるのか知っているのか」
その問いかけに、小さな妖精達は一斉に首を傾げた。
「甘い実でしょうか」
「美味しい実でしょうか」
「歯ごたえのある実でしょうか」
食べることにしか興味のない妖精達である。
食一本の回答であった。
つまり、この小さな実が、“淫魔の王女”であるバーナードの子であることを知らないようだった。
目の前の妖精達はそうであろうが、以前、エドワード王太子の前に現れたベンジャミンという妖精は、違っていた。ベンジャミンは他の妖精達と違い、高い知性が感じられる妖精だった。
実際、ベンジャミンはこう言っていたのだ。
『あの実が熟し、子が生まれ落ちるその日まで、霊樹と実の護りにつきます』
そう、桃色の実から、子が生まれ落ちることをあの妖精は知っていた。
彼は、この実がバーナード騎士団長の子であることも、知っているのかも知れない。
彼が仕えるという大妖精は、淫魔の王女であるバーナードの子を護ってくれるという。
そのことは有難いが、そこから先はどうするつもりなのだろうか。
他のものから奪われぬように警備を尽くすのは、やはり、その霊樹に実るであろう子を確保するつもりのためなのだろうか。
エドワード王太子は、白い指を顎に当て、考え込む。
実っている間は、いい。
だが、実り落ちるその時は、確実に自分の手に渡るように何かしらの方策を考えなければならないだろう。
エドワード王太子は、高級菓子の山に群がる小さな妖精達をよそに、深く考え込むのであった。
毎日のようにやって来るエドワード王太子から、美味しい高級菓子を差し出された小さな妖精達の中には、エドワード王太子に、特に懐くものも現れていた。
フラウとプラウの二人がそうであった。双子のようによく似通ったその妖精は、二人ともに顔にそばかすがあり、短く毛が逆立っている方がプラウで、リンゴのようにほっぺが赤い方がフラウであった。
最近ではエドワード王太子が、大きな門を開けて現れると、妖精達は黄金の髪の王太子の周りにわっと群れて、彼が持つ菓子の入った籠を持ち去る。プラウとフラウの二人は、その持ち去る妖精の方に行かず、王太子のそばに来ると、挨拶をした。
「「ご機嫌よう、王子様」」
どうもこの二人の妖精もまた、あのベンジャミンと同じく少し雰囲気が違うと思ったエドワード王太子は、この二人に対して特別な扱いをしていた。
彼は、プラウとフラウのために、手づから別に用意していた菓子を差し出すと、二人の妖精はニッコリと笑って菓子を受け取り、報告した。
「今日もあの実は、無事であります」
桃色の小さな実を、王子が大切にしていることを、プラウとフラウも知っていた。
そして二人の妖精に対して、王子はきちんと説明をしていた。
あの実が膨らみ、熟した暁には、子供が生まれ落ちるだろうと。
そのことを初めて聞いたプラウとフラウは驚いた顔をして、顔を見合わせていた。
「あんなに美味しそうな実から、子供が生まれるのですか?」
食欲から逃れられない小さな妖精らしい答えだった。
エドワードは頷き、告げる。
「そう、それは私の子だ。だから、何者にも奪われることのないように守り通して欲しい」
実から生まれるのが、この目の前の王子の子であると知って、これまた驚くプラウとフラウだった。
「何かあれば、私にすぐに教えておくれ。生まれようとした時に、父たる私がこの手で受け止めたい」
プラウとフラウは頷いた。
父親であれば、それは当然の願いだろう。
二人の妖精はその願いを聞き届けることをした。
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