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第二十六章 騎士団長の長い一日
第三話 小さな妖精のお願い事
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その日の夜、フィリップの屋敷で寛ぐバーナードの前に、ふよふよと飛んで妖精のベンジャミンが現れた。
ぺこりと頭を下げて挨拶をする妖精に、フィリップはいつものようにお菓子を皿に入れて差し出す。よく焼けたバターたっぷりの丸い形のクッキーである。サックリとした歯ごたえのそれはバーナード騎士団長の好物でもある。
ベンジャミンは行儀よく皿の縁に座り、両手でその日のお菓子のクッキーを掴んで齧っていた。
しばらくしてから、彼は口元についたクッキーの欠片を手で拭いながらこう言った。
「バーナード騎士団長にお願いがあって参りました」
「なんだ」
ソファに座る凛々しい黒髪の男をじっと見つめながら、ベンジャミンは言いにくいその頼みを口にしたのだった。
「魔術会議に、レブラン教授が参加される予定です。会議ではあの御方の講演が予定されています。その会議の際、レブラン教授とお会いして頂けないでしょうか」
「…………何故、会わなければならない」
バーナードの眉間にくっきりと皺が寄り、露骨に不機嫌そうな様子を見せた。
当然であろう。
あの吸血鬼の男は、刺客として何度も手下の吸血鬼を送り込み、先日などフィリップの屋敷の一階を破壊し尽くしたのだ。
もう二度と関わりたくないと思っていたから、屋敷の被害も言い立てることもなく、黙って引き下がっていたというのに、何故その男と会わねばならないのだ。
それはフィリップも同じ気持ちであった。
非常に強い吸血鬼だというその男と関わりを持つことが間違えている。大妖精たるご隠居様の介入によって、戦闘は中断した。レブランはバーナードに手出しはしないという約束を再度、結んだのだが、一度その約束を破っている男であるからして、信用ならない。
彼らの不快であるという圧を感じながらも、ベンジャミンは引き下がるわけにはいかなかった。
「レブラン教授は、先日の襲撃を間違いであったと認めております。よって、是非お会いして、お詫びしたいという話です」
「結構だ。もう二度と、俺は会いたくないぞ」
今更、詫びなど受けたくもない。
バーナードは長い足を組んで、フーとため息をついている。その眉間の皺が緩むことはなかった。
「ご隠居様は、お二方の争いを仲裁致しました。誤解も解けたことですし、争いも止んだということを互いに認め合うためにも、是非一度お二人でお会いして欲しいのです」
「レブランが、二度と俺の前に姿を現さなければそれで済むことだ」
「教授の謝罪を是非、受け取ってください。それでこそ、和解となります」
「…………………」
バーナードは黙り込んでいたが、フィリップは口を開いた。
「本当に二度と、レブラン教授がバーナードに手出しすることはないというのですね」
「はい。それに、レブラン教授とお会いする時には、私も立ち会わせて頂きます。決して、そう決してバーナード騎士団長に危害は加えられないように、妖精族の名にかけて、私がお守り申し上げます」
そう懸命に言うベンジャミンに、バーナードは眉間に寄った皺をもみほぐすように指で押さえた。
正直、この小さな妖精ベンジャミンには非常に助けられている。
バーナードの危機の際には必ずこの妖精が助けにやって来るのだ。それで命が助かったところがある。その小さな妖精が、一生懸命、和解のために、レブラン教授と会うように頼んでいるのだ。同席して危害が加えられぬように守るとまで言っている。
腕を組み、目を瞑って考え込んだバーナードであったが、最後には結局、小さな妖精の言葉を飲んだのであった。
「わかった」
「ありがとうございます」
ベンジャミンは深く頭を下げた。
そしてベンジャミンはもう一つ、バーナード騎士団長にお願い事をしたのであった。
「レブラン教授に会う時には、バーナード騎士団長としてではなく、魔法で少年の姿をとって、バートとして会って頂けますか」
ベンジャミンは、先日の一件で、バートという名の少年がバーナード騎士団長の仮の姿であることを知った。早速それをお願いしていることにバーナードは驚きつつも問いかける。
「何故、そのようなことをしなければならない」
当然の疑問をぶつける。
ベンジャミンはスラスラと答えた。
「魔術会議に、バーナード騎士団長がその姿のまま行ったのなら、魔術に優れる魔術師達に、貴方が人間ではないことを気付かれる可能性があります。貴方は高位魔族の“淫魔の王女”です。“淫魔の王女”であるその正体は隠せたとしても、膨大な魔力を秘めていることは隠しきれないと思います。きっと何者であろうかと詮索されるでしょう」
「……………」
「出来るだけ、貴方がそうでないことを気付かれない方が宜しいでしょう。まだバートという少年がただの人間ではないと思われた方がマシなはずです。そしてレブラン教授の謝罪は、バーナード騎士団長の親族のバートとして受け取って頂ければいいと思います。騎士団長本人が受け取る必要もないでしょう。バートが騎士団長と極めて近しい立場であると思われればいいのです。そうですね……騎士団長の息子とでもしておいて下されば」
バーナードは口元を歪めて笑った。
「また、俺の隠し子か。どうもその話は付いて回るな。分かった。俺は自分が淫魔であることさえバレなければどうでもいい。バートの姿で行った方がバレぬというのであれば、その姿で行こう」
そう決めたのだった。
当然、フィリップ副騎士団長はバーナード騎士団長について魔術会議に行くつもりであったのだが、バーナードはそれを認めなかった。
「お前は留守番だ、フィリップ副騎士団長」
翌朝の王立騎士団の拠点で、バーナードはそう言い渡した。
そしてその後の台詞も、フィリップには想像できた。
案の定、バーナードはこう言ったのだ。
「王立騎士団の騎士団長と副騎士団長の二人が同時に不在となることは許されない。ましてや、魔術会議中は、王宮詰めの魔術師達も不在となる。だからこそ、副騎士団長のお前には残って欲しい」
「……レブラン教授にお会いすることは危険です。貴方一人で行かせるわけにはいきません」
「ベンジャミンがついている」
あんな小さな妖精如きが、吸血の男から彼を護れるはずもない。
「フィリップ、お前しか騎士団は任せられないんだ」
いつもいつも、そう正論で言われ押し切られて、フィリップは黙って受け入れることかしか出来ぬことが、悔しかった。
フィリップは長いため息をつく。
「貴方が心配なのです」
「大丈夫だ。マグルもいる。ああ見えて、あいつは王宮副魔術師長だ。何かあれば俺を助けてくれる」
魔道具作りが専門のマグルが戦っている姿など想像できない。
小さな妖精と小柄な王宮副魔術師長と共に出発する彼のことが心配で仕方なかった。
だが、バーナード騎士団長の命令は絶対だった。
彼は、彼の方からフィリップの身体をぎゅっと抱きしめて言った。
「待っていてくれ。必ず戻って来る」
ぺこりと頭を下げて挨拶をする妖精に、フィリップはいつものようにお菓子を皿に入れて差し出す。よく焼けたバターたっぷりの丸い形のクッキーである。サックリとした歯ごたえのそれはバーナード騎士団長の好物でもある。
ベンジャミンは行儀よく皿の縁に座り、両手でその日のお菓子のクッキーを掴んで齧っていた。
しばらくしてから、彼は口元についたクッキーの欠片を手で拭いながらこう言った。
「バーナード騎士団長にお願いがあって参りました」
「なんだ」
ソファに座る凛々しい黒髪の男をじっと見つめながら、ベンジャミンは言いにくいその頼みを口にしたのだった。
「魔術会議に、レブラン教授が参加される予定です。会議ではあの御方の講演が予定されています。その会議の際、レブラン教授とお会いして頂けないでしょうか」
「…………何故、会わなければならない」
バーナードの眉間にくっきりと皺が寄り、露骨に不機嫌そうな様子を見せた。
当然であろう。
あの吸血鬼の男は、刺客として何度も手下の吸血鬼を送り込み、先日などフィリップの屋敷の一階を破壊し尽くしたのだ。
もう二度と関わりたくないと思っていたから、屋敷の被害も言い立てることもなく、黙って引き下がっていたというのに、何故その男と会わねばならないのだ。
それはフィリップも同じ気持ちであった。
非常に強い吸血鬼だというその男と関わりを持つことが間違えている。大妖精たるご隠居様の介入によって、戦闘は中断した。レブランはバーナードに手出しはしないという約束を再度、結んだのだが、一度その約束を破っている男であるからして、信用ならない。
彼らの不快であるという圧を感じながらも、ベンジャミンは引き下がるわけにはいかなかった。
「レブラン教授は、先日の襲撃を間違いであったと認めております。よって、是非お会いして、お詫びしたいという話です」
「結構だ。もう二度と、俺は会いたくないぞ」
今更、詫びなど受けたくもない。
バーナードは長い足を組んで、フーとため息をついている。その眉間の皺が緩むことはなかった。
「ご隠居様は、お二方の争いを仲裁致しました。誤解も解けたことですし、争いも止んだということを互いに認め合うためにも、是非一度お二人でお会いして欲しいのです」
「レブランが、二度と俺の前に姿を現さなければそれで済むことだ」
「教授の謝罪を是非、受け取ってください。それでこそ、和解となります」
「…………………」
バーナードは黙り込んでいたが、フィリップは口を開いた。
「本当に二度と、レブラン教授がバーナードに手出しすることはないというのですね」
「はい。それに、レブラン教授とお会いする時には、私も立ち会わせて頂きます。決して、そう決してバーナード騎士団長に危害は加えられないように、妖精族の名にかけて、私がお守り申し上げます」
そう懸命に言うベンジャミンに、バーナードは眉間に寄った皺をもみほぐすように指で押さえた。
正直、この小さな妖精ベンジャミンには非常に助けられている。
バーナードの危機の際には必ずこの妖精が助けにやって来るのだ。それで命が助かったところがある。その小さな妖精が、一生懸命、和解のために、レブラン教授と会うように頼んでいるのだ。同席して危害が加えられぬように守るとまで言っている。
腕を組み、目を瞑って考え込んだバーナードであったが、最後には結局、小さな妖精の言葉を飲んだのであった。
「わかった」
「ありがとうございます」
ベンジャミンは深く頭を下げた。
そしてベンジャミンはもう一つ、バーナード騎士団長にお願い事をしたのであった。
「レブラン教授に会う時には、バーナード騎士団長としてではなく、魔法で少年の姿をとって、バートとして会って頂けますか」
ベンジャミンは、先日の一件で、バートという名の少年がバーナード騎士団長の仮の姿であることを知った。早速それをお願いしていることにバーナードは驚きつつも問いかける。
「何故、そのようなことをしなければならない」
当然の疑問をぶつける。
ベンジャミンはスラスラと答えた。
「魔術会議に、バーナード騎士団長がその姿のまま行ったのなら、魔術に優れる魔術師達に、貴方が人間ではないことを気付かれる可能性があります。貴方は高位魔族の“淫魔の王女”です。“淫魔の王女”であるその正体は隠せたとしても、膨大な魔力を秘めていることは隠しきれないと思います。きっと何者であろうかと詮索されるでしょう」
「……………」
「出来るだけ、貴方がそうでないことを気付かれない方が宜しいでしょう。まだバートという少年がただの人間ではないと思われた方がマシなはずです。そしてレブラン教授の謝罪は、バーナード騎士団長の親族のバートとして受け取って頂ければいいと思います。騎士団長本人が受け取る必要もないでしょう。バートが騎士団長と極めて近しい立場であると思われればいいのです。そうですね……騎士団長の息子とでもしておいて下されば」
バーナードは口元を歪めて笑った。
「また、俺の隠し子か。どうもその話は付いて回るな。分かった。俺は自分が淫魔であることさえバレなければどうでもいい。バートの姿で行った方がバレぬというのであれば、その姿で行こう」
そう決めたのだった。
当然、フィリップ副騎士団長はバーナード騎士団長について魔術会議に行くつもりであったのだが、バーナードはそれを認めなかった。
「お前は留守番だ、フィリップ副騎士団長」
翌朝の王立騎士団の拠点で、バーナードはそう言い渡した。
そしてその後の台詞も、フィリップには想像できた。
案の定、バーナードはこう言ったのだ。
「王立騎士団の騎士団長と副騎士団長の二人が同時に不在となることは許されない。ましてや、魔術会議中は、王宮詰めの魔術師達も不在となる。だからこそ、副騎士団長のお前には残って欲しい」
「……レブラン教授にお会いすることは危険です。貴方一人で行かせるわけにはいきません」
「ベンジャミンがついている」
あんな小さな妖精如きが、吸血の男から彼を護れるはずもない。
「フィリップ、お前しか騎士団は任せられないんだ」
いつもいつも、そう正論で言われ押し切られて、フィリップは黙って受け入れることかしか出来ぬことが、悔しかった。
フィリップは長いため息をつく。
「貴方が心配なのです」
「大丈夫だ。マグルもいる。ああ見えて、あいつは王宮副魔術師長だ。何かあれば俺を助けてくれる」
魔道具作りが専門のマグルが戦っている姿など想像できない。
小さな妖精と小柄な王宮副魔術師長と共に出発する彼のことが心配で仕方なかった。
だが、バーナード騎士団長の命令は絶対だった。
彼は、彼の方からフィリップの身体をぎゅっと抱きしめて言った。
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