騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
412 / 560
第二十五章 小さな妖精の罪ほろぼしと王太子の沈黙

第六話 小さな妖精の罪ほろぼし

しおりを挟む
 ベンジャミンは、朝も早い時間に、今度はバーナード騎士団長の元へと飛んで行った。
 その日、彼はいつも居るフィリップの屋敷ではなく、王都の中心部にほど近い立派な屋敷に居た。
 寝台で眠る彼のそばまでふよふよと飛んでいくと、パチリとその茶色の目を開ける。
 一瞬、目の前に小さな妖精が居ることに驚いていたが、よく遊びに来るベンジャミンだと分かると、目を和ませていた。

「どうしたんだ、ベンジャミン」

「おはようございます。朝早くから、申し訳ありません」

「いや、そろそろ起きようと思っていたところだ。いい」

 身を起き上がらせるバーナードのそばまで行くと、単刀直入にベンジャミンは尋ねた。

「バートという少年は誰なのですか?」

 問いかけに、バーナードはあっさりと答えた。

「それは俺だ。魔法で少年に姿を変えた時に名乗る名が、バートだ」

「…………………………」

 そうなれば、全て辻褄が合う。




 霊樹に赴く王太子が連れていく、黒髪の男の子
 お妃様と呼ばれる少年
 王太子のいう、“特別な騎士”


「バーナード騎士団長は、エドワード王太子殿下のご寵愛を受けたことがあるのですか」

 その問いかけに、バーナード騎士団長は黒髪を掻き上げ、ジロリとベンジャミンを睨みつけた。

「お前は、何を言っている」

「お答え下さい。とても大事なことなのです」

 その問いかけに、バーナードは深くため息をついた。

「エドワード王太子は“最強王”の呪いを受けていることは、お前達も知っているだろう」

 そう、この国の王家に脈々と受け継がれている呪いである。妖精達もそのことを知っていた。

「過去、呪いを受けている殿下を、お慰めする必要があった」

 ベンジャミンは理解した。
 “巨根・絶倫”というとんでもない呪いを受けている王子の欲を発散させる相手は、ただの人間では務まらない。
 だが、淫魔であるバーナード騎士団長はそれを受け止めることが出来る、貴重な存在だった。
 王太子に仕える騎士として、彼は忠節からそれを行ったのだろう。
 バーナードの口ぶりからもそれを窺える。
 一方の、あの王太子は彼のことを“特別な騎士”だと告げていた。その意味で、選んだ言葉は間違いない。
 
 “淫魔の王女”位にある彼を抱くことになれば、王太子もまたフィリップと同様に精力を注いでいることになる。
 その結果の実りも王太子は知っているのではないか。
 “王家の庭”に在る霊樹の元へ、バーナード騎士団長を連れていったことも、あの王太子はその行動のもたらす結果を理解した上で行っていたのではないか。
 つまりは、誰にも手が出せないあの霊樹の元なら、安全にバーナードとの実りを確保できると考えているのだ。

 誰よりも早くから、あの王太子は実りを手に入れようとしていたのではないか。

 碧い目をしたあの王太子の様子に、ベンジャミンは自分の推測が間違いないだろうと考えた。

(“王家の庭”の霊樹から、実りが生まれ落ちるまでは、“護る”という利害は一致しているから問題ないだろう)

(だが、実り、生まれ落ちたその子の確保となると……)

 仮に妖精達がその子を確保するとなれば、あの人の国の王太子の怒りを買うことは間違いない。
 ある意味、彼にも資格があるのだ。
 実りの子の父親たる資格が。



 黙って考え込むベンジャミンに、バーナード騎士団長は不思議そうな顔をしていたが、やがて朝の支度のために立ち上がり、着替え始めた。
 その様子を見ながら、ベンジャミンは思った。

(何も知らぬということは幸福なことです)

 未だに、彼は何も知らない。
 その身に“神の欠片”を注ぎ込まれていることを。
 そしてその小さな実が、霊樹に実り始めていることを知らない。

 伯爵と呼ばれる吸血鬼と、ご隠居様と呼ばれる大妖精が、画策していることも知らない。
 彼の仕える王太子が、その実りを“王家の庭”で静かに見守っていることも知らない。



 それを知ったら、彼はどう思うだろう。そしてどういう行動を取るだろう。
 とんでもないといって、実りを止めてしまうだろうか?

 それは十分、あり得ると言って、ご隠居様はバーナード騎士団長に“神の欠片”を注いでいることを知らせないようにしている。
 だから、彼は、自分の実らせる子が、愛する伴侶との子であると信じている。
 フィリップ副騎士団長との子であることは間違いない。でも、その魂には“神の欠片”が混じっている。
 更にはその子は王太子との間の子でもあるという。

 ベンジャミンは深くため息をついた。

 彼の知らぬ間に、子は実り、そして生まれ落ちる。
 その子を求める手の、なんと数多いことか。

 何としても、生まれ落ちるまでは無事に、護り通さなければならない。

 それがある意味、ベンジャミンにとって、バーナード騎士団長に対する罪ほろぼしでもあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

【完結】「『王太子を呼べ!』と国王陛下が言っています。国王陛下は激オコです」

まほりろ
恋愛
王命で決められた公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を発表した王太子に、国王陛下が激オコです。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで日間総合ランキング3位まで上がった作品です。

魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。

ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は 愛だと思っていた。 何度も“好き”と言われ 次第に心を寄せるようになった。 だけど 彼の浮気を知ってしまった。 私の頭の中にあった愛の城は 完全に崩壊した。 彼の口にする“愛”は偽物だった。 * 作り話です * 短編で終わらせたいです * 暇つぶしにどうぞ

R ―再現計画―

夢野 深夜
ミステリー
時は現代。日本のどこかにある絶海の孤島。 ここで、日本政府が極秘裏に進めているプロジェクトがあった。 その名も――<再現計画>。 それは、過去に綺羅星のごとく存在した偉人、奇人、才人たちの“才能”を引き継がせた<再現子>に、その能力や功績を現代で再現させ、国家の発展を推進するプロジェクトだ。 それは――気が遠くなるような長い時間、計り知れないほどの莫大な資金、目を疑いたくなるほどの膨大な人員を投入して行われる、国家最大のプロジェクトだ。 そのプロジェクトが最終段階に入ったある日――武装したテロリスト集団に<再現計画>を進めている施設を占拠される事件が起こった。 その施設にいた19名の<再現子>は、 “政府に拘束されている同胞の解放” と “身代金20億円の要求” を目的とした、政府への人質にされることになる。 政府との交渉に難航し失敗の可能性が出てきたテロリスト集団は水面下で逃亡を画策し、彼ら<再現子>に対し ”もっとも優秀な1名だけ” を生かして連れて行くと、恐ろしい宣言をする。 極秘裏に行われているはずのプロジェクトの存在が、なぜ漏れたのか? 最高機密の<再現計画>を襲撃できるテロリスト集団の後ろ盾は、どのような存在か? 殺し合いを命令された彼ら<再現子>が取る行動とは、いったい――?

処理中です...