騎士団長が大変です

【短編】

騎士団長と金色の仔犬 ～商業ギルド長らの来訪～ (7)

　フィリップ副騎士団長が団長室へ戻ると、デスクに座ったバーナード騎士団長は不機嫌さを隠しもせずに、眉を寄せていた。
　書類をどこか乱暴にめくっている。

「フィリップ(仔犬)の繁殖相手の斡旋だと？　あの馬鹿野郎共が!!」

　優美な姿形をしている犬同士を掛け合わせて、更に優れた犬を産み出すという、犬同士の繁殖を手がける者達の話を聞いたことがあった。親犬達は、まさしく“金の卵を産む存在”になり、産んだ仔犬達は高値で売れる。“王都名犬十頭”の第一位の座についたフィリップの仔犬なら、どんなに金を払っても欲しいと望む貴族達は多いはずだ。
　だからこそ、持ち込まれた話なのだろう。
　しかし、とんでもなく不愉快な話である。

「そんなに怒らなくてもいいです。絶対に実現するはずのない話ですから」

　フィリップ副騎士団長がそう言うと、バーナード騎士団長はサインした書類を乱暴に決裁箱へ突っ込んでいた。それを見てフィリップ副騎士団長は(団長は相当お怒りだ)と内心呟いた。
　
「当たり前だ。お前に雌犬をあてがうと言うんだぞ!! くそっ、叩き斬りたいと思ったのは久しぶりだ」

「…………貴方が」

　フィリップ副騎士団長はそっとバーナードの椅子の後ろに立つと、その背中から手を回した。

「貴方がいつか産み落として下さるのでしょう？」

　その言葉に、バーナード騎士団長の頬がサッと赤く染まる。ただ無言で黙々と仕事をしているその様子に、フィリップ副騎士団長は微笑みを浮かべていた。
　彼が照れているのが分かったからだ。

　淫魔であるバーナード騎士団長が実らせる子は、淫魔であるか人間であるか、人狼であるかの三択になる。バーナード騎士団長は子が淫魔であることを望んでいない。叶うことならば、人間であることを一番に望んでいた。しかし、金色の仔犬の姿を取る時の自分を、彼はとても可愛がってくれる。産み落とす子が、人狼でもいいのではないかとフィリップは思っていた。
　彼に似た人狼なら、艶やかな黒い毛並みだろう。彼によく似た人狼の仔もきっととても可愛いはずだ。人狼は幼獣の姿で最初は育つという。きっと彼は仔をとても可愛がってくれるはずだ。
　自分達の仔を可愛がる彼の姿を考えるだけでも、胸が温かくなる思いだった。

　耳元で囁いた。

「早く、貴方の子が欲しいです」

　バーナード騎士団長はしばらく黙って書類をめくっていたが、耳元を赤く染めたまま、頷いていた。
　たぶんそれが、彼の精一杯の答えなのだろうと思った。
　以前の、子の話にうんざりとした態度の彼とは比べものにならない反応だった。

　彼の器が満たされるまでには、まだまだ時間が必要なはずだ。
　だけど、こうしてゆっくりと歩み寄れる時間が出来ていることを思えば、それはそう悪くなかった。