騎士団長が大変です

【短編】

(4) 奈落の底で待つ

　若い騎士を伴って娼館に戻ったラーシェは、すぐさま娼館の主人にいつもの最上階の部屋を用意させ、自分達以外誰も近寄らせないように命じた。
　娼館の主人は、金払いの良いラーシェの下僕のようになっており、彼の命令に否と言うことはなかった。
　ふかふかの寝具の上に、二人してもつれ合うように倒れる。

(ハデスの、息子だと言った)

　若い騎士の男の服を剥ぎ取ると、逞しい肉体が目の前に現れる。
　男らしい顔立ちは、言われてみればハデスによく似ている。
　その瞳の色は鳶色で、あの男とは違うが。

(息子とも寝たと言ったら、彼はどんな顔をするだろう)

　怒るだろうか
　悲しむだろうか

　想像がつかない。

(でも仕方ない)

　ハデスと別れるつもりはなかった。
　優しい言葉で甘やかしてくれるあの男は、もはや自分にとって無くてはならないものになっていた。
　そばにいないと寂しく思うほどに。

　息子が「別れろ」と言うのなら、その息子も「そう言わせないように自分に夢中にさせればいい」と思った。
　そうできる力を、淫魔のラーシェは持っていた。

　父親と寝て、さらにはその息子と寝ている自分のモラルは崩壊していると、ラーシェは自身でも理解していた。
　でもたぶん、自分はとうの昔に壊れているのだと思う。
　淫魔となって家族だと思っていた人間達に飼われた時に、それまで信じていた世界がすべて色を失い崩れ落ちた。
　その崩れた世界にいつまでも立っている自分に、手を差し伸べてくれたのがレブランだったけれど。
　でも彼は本当に欲しいものをくれることはない。

　欲しいものをくれようとしているのは。

　そこで、ハデスの顔が思い浮かぶのだが、ラーシェは息をつく。
　彼とよく似た息子の身体に手を回しながら、甘く声を漏らしながら思うのだ。




　ハデスは僕のいる処まで堕ちてきてくれるのかしら、と。