騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

疑念

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 ようやく、ランディア王国騎士団長ハデスの体力も快復してきた。
 先日、地下水路から現れた大型魔獣を倒す際の建物の倒壊に巻き込まれ、肩を潰されるという大怪我を負った彼である。
 その時の傷は全てポーションによって表面上は塞がれており、一見すると、傷ついた様子は見えない。しかし、それはポーションで無理やり治されたものであったために、体力を失い、顔色も悪い日々が続いていたのだった。
 それがようやく癒されてきたということだった。

 情人のラーシェも一安心という様子だった。
 いつもの小さな屋敷で二人は逢引きする。
 弱った男に対して、気遣う様子を見せるラーシェの姿は新鮮だった。
 常ならばどこか冷ややかに接することが多い彼なのだ。
 ラーシェは、漆黒の長い髪に、すらりと細い身体、そして朱を刷いた柔らかな唇に大きな紫色の瞳の、麗しい美姫のような容姿の青年だった。その青年が寝台に侍ると、男に対して素晴らしい快楽を与えることを、ハデスはその身でもってすでに知っていた。

 大きな寝台の上、長い黒髪を背中に流しながら、ラーシェはハデスの逞しい身体に手を這わしながら言った。

「ようやく、元気になったね」

 小さく笑みすら浮かべて、ラーシェはハデスの唇に軽く口づける。
 ハデスもまた笑みを浮かべた。

「ああ、貴方のおかげだ」

「僕は何もしていないけれど」

 むしろ、こうして身体を交えることでラーシェはハデスの精力を搾り取っている。病院での入院が長引いたり、体力の快復が遅かったのは間違いなく淫魔であるラーシェが、ハデスの精を搾り取ったせいだった。
 ラーシェが淫魔であることを知らぬハデスは、それがもう四十代という自分の年齢のせいだと思い込んでいる。
 気を付けないと、男の精力を吸い尽くして殺してしまうことになるのではないかと、ラーシェも加減しなければと思うのだが、ハデスとの交歓が悦くて、ついつい夢中になってしまうのだ。そしてハデスはハデスで、魅力的な美青年であるラーシェに夢中だった。
 共に貪るように寝台の上で、身を絡ませ合う。それが毒であると分かっていながらも、止められない有様であった。

 濃厚な口づけの後、ラーシェの白い身体を拓かせていく。ゆっくりと細身を貫いていくと、美しい顔を快感に歪ませ、甘く喘ぐ。ラーシェの快楽に溺れる姿を見るのが、ハデスは好きだった。
 常日頃、花のように美しい青年だったが、こうして抱いている時こそ、彼が乱れに乱れている時の姿こそ、より美しさが増すように思える。
 だからきっと、ラーシェを抱くすべての者が、彼に夢中になるのだ。
 より美しく咲かせるために、なおも責めたくなる。

「ん……ああ、ハデス」

 男の広い背中に手を回し、甘えるような声で男の名を呼ぶ。
 キュウキュウと男を絞り上げるようにそこが締めて、ハデスもまた喘いだ。
 今まで抱いてきた女や男とは比較にならないほど、ラーシェはいい身体をしていた。
 
 そして存分に愛し合った後、ラーシェはハデスに気だるげに言った。
 「しばらくこの屋敷には来ることができない」と。
 それは何故だと驚いて、そしてどこか傷ついたような様子で尋ねてくるハデスに、ラーシェは肩をすくめてこう言うのだ。

「レブランの仕事の関係で、しばらく来られない」
 
 ラーシェは、この王国のレブラン=リヒテンシュタイン伯爵の庇護を受けている。
 レブラン伯爵とは、撫でつけた銀髪の知的な美男子であった。人々にはレブラン教授と呼ばれる方が通じるであろう。魔法学理論に詳しい国の誇る学者である。そして同時に、桁外れの資産家の男。
 その男と共に、ラーシェは暮らしているのだ。

 だがハデスは、その男の名を聞いた時、一瞬ギクリと身を強張らせた。
 幸いなことに、ラーシェはそのハデスの変化には気が付かなかった。

 以前、隣国のバーナード騎士団長がこのランディア王国へやって来た時に、悪魔信奉者がこの国へやって来ていることとは別に、もう一つわざわざ報告をしていたことがあった。
 それは、レブラン教授が吸血鬼族だという話だった。
 その報告を受けた時、ハデスは「まさかそんなはずはあるまい」と一笑に付した。
 あれほど優れた教授である。国王の覚えもよく、貴族達にも人気が高く、学者達もその生徒達も喝采で迎えるような人物である。
 人々の尊敬を集める彼が、吸血鬼であるなど考えられない。
 そして証拠もない中では、バーナード騎士団長はそれ以上のことを告げることなく、国許へ帰っていった。
 警告はした。あとは貴国の問題である。
 そういう雰囲気だった。

 そして彼の警告通り、ランディア王国で子供達が消える事件が頻発し、地下水路から魔獣が現れ、それを召喚する魔法陣が見つかり、吸血鬼達が現れた。
 住民に襲い掛かったすべての吸血鬼達は始末した。
 その後、魔獣が現れることもなくなり、子供達の不明の事件も止まった。
 すべてが元通りになったはずだった。

 だが、シュルフス魔術師長は言っていた。

「召喚魔法陣を描いた術者はどこへ行ったのだろうか。悪魔を呼び出すための道は塞がれたのだろうか。吸血鬼になった者達は、いったい誰の手によって吸血鬼にされたのだろうか」

 それらの謎は未だに解決されていない。
 ただ事件だけが起きなくなったから、まるで何もかもが解決しているように見えるだけだった。

 バーナード騎士団長が告げた、悪魔信奉者達の存在は真実だった。
 では、吸血鬼は?
 ラーシェを庇護するあの伯爵は、吸血鬼なのだろうか。




 ハデスはそのことを、愛しい情人に問いかけることは出来なかった。
 ただレブラン教授に対して、疑念を抱き始めていたのだった。
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