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第二十三章 砕け散る魔剣
第十話 ついてきた刺客(下)
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森の中には激しい剣戟の音が延々と響き渡り、二人の男はぶつかっては離れるという動作を何度も繰り返す。
その様子は目まぐるしく、何度も位置が入れ替わる様子があった。
(これは……)
フィリップは屋敷の戸口に立ち尽くしていた。
バーナードに「手を出すな」と言われていたが、とても、自分が割って入ることができる戦いではなかった。
相手の男の技量は素晴らしい。“剣豪”の称号を持つバーナードと対等に切り結んでいる。
おかしなことに、バーナードと戦っているその男は満面に笑みを浮かべていた。
頬を紅潮させ、目を輝かせ、心底嬉しそうな表情をしている。
息も切らさずに、彼は言う。
「素晴らしい、素晴らしいです、騎士団長」
ギンと剣の刃がぶつかり合い、そして互いに押すようにしている。
二人の力は拮抗していた。
ギリギリとぶつかり合う剣の刃が音を立てる。
「さすが“剣豪”たる方だ。この私と対等に戦うことができるなど素晴らしい。私は吸血鬼の力を持つが故に、普通の人間ならば、もはや相手にならない」
ザッと後ろに下がり、またじりじりと剣を手に二人は弧を描くように歩いていく。
男は饒舌だった。
この激しい戦いの最中であるのに、彼の口からは言葉が留まることはなかった。
「レブラン様に、吸血鬼にして頂いて素晴らしかったのは、人並み外れた能力を授けて頂いたことです。だが、残念なことに、この私と対等に戦える者と出会うことはなくなってしまった。今日までそのことを非常に残念に思っていました。吸血鬼にならぬ方が良かったのではないかと思うほどに。だが、もはや違う」
再び剣の刃と刃がぶつかり、薄暗い闇の中で白く輝く。その刃の辿る軌跡は美しく思えるほどであった。
目にも見えぬスピードで二人の身体がぶつかっては離れていく。
「素晴らしい、本当に素晴らしい」
何度もその男は、バーナードを見てそう讃えていた。
狂おしいほどの情熱を込めている。
「貴方ほど素晴らしい騎士に会えたことを感謝する」
その言葉に、バーナードは不愉快そうに眉を寄せていた。
「……フィリップの屋敷で休もうとすれば、刺客が送り込まれるとは」
苛立たし気に息をつき、バーナードは魔力を使った。
その様子に、初めて相手の男は戸惑ったような顔をした。
「え?」
バーナードは淫魔であり、膨大な魔力を、精気をその身に蓄え続けていた。そしてそれは、“身体強化”に変換することが可能だった。
普段からその魔法ばかり使っていた彼である。瞬間に、バーナードの素早さも力も、格段に上昇したことが、戦っている相手の男にも分かった。
そしてそれが、普通では考えられないほどの魔力量が“身体強化”に変換されたことも察したのだ。
今までの二人の戦いのやりとりも常人の動きを遥かに凌駕するものであったが、更にそれが桁違いに“強化”されたのである。
「なっ……」
拮抗がそれで崩れる。強化されるのは一瞬でいい。その一瞬で、男の力を凌駕すればいいのだ。
スピードも力も。
男の声が途切れる。バーナードの剣が、男の首を刎ね飛ばしたからだ。
そしてバーナードは覚えていた。
「フィリップ、杭はあるか」
叫びながら、剣で男が逃げられないようにその足の膝から下を斬り落とす。
お喋りな剣士は、自身が吸血鬼であることも白状していたのである。やるべきことは分かっていた。
慌ててフィリップは屋敷に戻り、杭を手に戻ってきた。
レブラン教授が吸血鬼である話を聞いた時から、フィリップは万が一を考え、屋敷に木の杭を置いていた。
「用意がいいな。偉いぞ、フィリップ」
そう言って、初めてバーナードは笑った。
獅子の如く獰猛な笑みである。彼は容赦なく、倒れた吸血鬼の男の左胸に、心臓にそれを突き立てたのだった。
次の瞬間、男の身体は白い灰となり、四散したのだった。
バーナードはため息をついた。やれやれといった表情である。地面に座り込んだ。
一瞬とはいえ、膨大な魔力を変換する“身体強化”は、いかに鍛え上げている肉体の持ち主であるバーナードにとっても、かなりの負担であったのだ。変換できるのは数秒がいいところである。それでも身体中がその負担の大きさに悲鳴を上げていた。
勝てるであろうと見込んでいたが、勝てて良かった。あれ以上“身体強化”を続けていたら、おそらく身体の方が持たなかったはずだ。
「……とりあえず、これで休めそうだ」
「……バーナード、これは一体何事なのですか」
裏庭へ彼が行った途端に、凄腕の剣士が襲い掛かってきた。延々と戦い続けた相手のその正体は、吸血鬼であったというのだ。
只事ではない。
「バーナード、答えて下さい」
「わかった。屋敷の中で話そう」
そして裏庭から彼は屋敷の中へ戻り、椅子に座った彼はランディア王国であった出来事をフィリップへ話したのだった。話しながら、バーナードは白い宝珠の魔剣の刀身を鞘から出して見つめている。
フィリップは話を聞いて、呆れていた。
「……魔剣を、レブラン教授に譲ればいいだけの話じゃないですか。その交換条件に、もう貴方にはちょっかいを出さないように言えば済んだでしょう」
そのフィリップの言葉に、バーナードはくっきりと眉間に深い皺を寄せた。
「俺の魔剣を、金にあかして欲しがるなんてヒドイ男だと思わないのか!!」
「その魔剣だって、あと何回かで砕け散るという話なのでしょう? 状態の良い魔剣に変えてもらった方がずっと良かったと思いますよ」
「嫌だ」
子供みたいにそう言う彼に呆れた。
自分よりも年長の騎士団長なのに、この口調はなんであろう。
「それで命を狙われていたら、しようがないでしょう。今からでもいいから、レブラン教授にその魔剣を渡したらどうですか」
「嫌だ」
「団長」
「俺の初めての魔剣なんだぞ。あんな金持ちの吸血鬼にやるなんて絶対に嫌だ。これは俺の魔剣……」
ピシ、ピシという音がその時、魔剣の柄辺りから聞こえてきた。
フィリップとバーナードの目が、「まさか」と言うようにその白い宝珠の魔剣に注がれる。
柄の根本から細い線が走ったかと思うと、ピシッと刀身に細かいヒビが蜘蛛の巣のように入り、次の瞬間、魔剣の刀身が砕け散ったのだった。
「俺の魔剣がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
バーナードは絶叫していた。
その様子は目まぐるしく、何度も位置が入れ替わる様子があった。
(これは……)
フィリップは屋敷の戸口に立ち尽くしていた。
バーナードに「手を出すな」と言われていたが、とても、自分が割って入ることができる戦いではなかった。
相手の男の技量は素晴らしい。“剣豪”の称号を持つバーナードと対等に切り結んでいる。
おかしなことに、バーナードと戦っているその男は満面に笑みを浮かべていた。
頬を紅潮させ、目を輝かせ、心底嬉しそうな表情をしている。
息も切らさずに、彼は言う。
「素晴らしい、素晴らしいです、騎士団長」
ギンと剣の刃がぶつかり合い、そして互いに押すようにしている。
二人の力は拮抗していた。
ギリギリとぶつかり合う剣の刃が音を立てる。
「さすが“剣豪”たる方だ。この私と対等に戦うことができるなど素晴らしい。私は吸血鬼の力を持つが故に、普通の人間ならば、もはや相手にならない」
ザッと後ろに下がり、またじりじりと剣を手に二人は弧を描くように歩いていく。
男は饒舌だった。
この激しい戦いの最中であるのに、彼の口からは言葉が留まることはなかった。
「レブラン様に、吸血鬼にして頂いて素晴らしかったのは、人並み外れた能力を授けて頂いたことです。だが、残念なことに、この私と対等に戦える者と出会うことはなくなってしまった。今日までそのことを非常に残念に思っていました。吸血鬼にならぬ方が良かったのではないかと思うほどに。だが、もはや違う」
再び剣の刃と刃がぶつかり、薄暗い闇の中で白く輝く。その刃の辿る軌跡は美しく思えるほどであった。
目にも見えぬスピードで二人の身体がぶつかっては離れていく。
「素晴らしい、本当に素晴らしい」
何度もその男は、バーナードを見てそう讃えていた。
狂おしいほどの情熱を込めている。
「貴方ほど素晴らしい騎士に会えたことを感謝する」
その言葉に、バーナードは不愉快そうに眉を寄せていた。
「……フィリップの屋敷で休もうとすれば、刺客が送り込まれるとは」
苛立たし気に息をつき、バーナードは魔力を使った。
その様子に、初めて相手の男は戸惑ったような顔をした。
「え?」
バーナードは淫魔であり、膨大な魔力を、精気をその身に蓄え続けていた。そしてそれは、“身体強化”に変換することが可能だった。
普段からその魔法ばかり使っていた彼である。瞬間に、バーナードの素早さも力も、格段に上昇したことが、戦っている相手の男にも分かった。
そしてそれが、普通では考えられないほどの魔力量が“身体強化”に変換されたことも察したのだ。
今までの二人の戦いのやりとりも常人の動きを遥かに凌駕するものであったが、更にそれが桁違いに“強化”されたのである。
「なっ……」
拮抗がそれで崩れる。強化されるのは一瞬でいい。その一瞬で、男の力を凌駕すればいいのだ。
スピードも力も。
男の声が途切れる。バーナードの剣が、男の首を刎ね飛ばしたからだ。
そしてバーナードは覚えていた。
「フィリップ、杭はあるか」
叫びながら、剣で男が逃げられないようにその足の膝から下を斬り落とす。
お喋りな剣士は、自身が吸血鬼であることも白状していたのである。やるべきことは分かっていた。
慌ててフィリップは屋敷に戻り、杭を手に戻ってきた。
レブラン教授が吸血鬼である話を聞いた時から、フィリップは万が一を考え、屋敷に木の杭を置いていた。
「用意がいいな。偉いぞ、フィリップ」
そう言って、初めてバーナードは笑った。
獅子の如く獰猛な笑みである。彼は容赦なく、倒れた吸血鬼の男の左胸に、心臓にそれを突き立てたのだった。
次の瞬間、男の身体は白い灰となり、四散したのだった。
バーナードはため息をついた。やれやれといった表情である。地面に座り込んだ。
一瞬とはいえ、膨大な魔力を変換する“身体強化”は、いかに鍛え上げている肉体の持ち主であるバーナードにとっても、かなりの負担であったのだ。変換できるのは数秒がいいところである。それでも身体中がその負担の大きさに悲鳴を上げていた。
勝てるであろうと見込んでいたが、勝てて良かった。あれ以上“身体強化”を続けていたら、おそらく身体の方が持たなかったはずだ。
「……とりあえず、これで休めそうだ」
「……バーナード、これは一体何事なのですか」
裏庭へ彼が行った途端に、凄腕の剣士が襲い掛かってきた。延々と戦い続けた相手のその正体は、吸血鬼であったというのだ。
只事ではない。
「バーナード、答えて下さい」
「わかった。屋敷の中で話そう」
そして裏庭から彼は屋敷の中へ戻り、椅子に座った彼はランディア王国であった出来事をフィリップへ話したのだった。話しながら、バーナードは白い宝珠の魔剣の刀身を鞘から出して見つめている。
フィリップは話を聞いて、呆れていた。
「……魔剣を、レブラン教授に譲ればいいだけの話じゃないですか。その交換条件に、もう貴方にはちょっかいを出さないように言えば済んだでしょう」
そのフィリップの言葉に、バーナードはくっきりと眉間に深い皺を寄せた。
「俺の魔剣を、金にあかして欲しがるなんてヒドイ男だと思わないのか!!」
「その魔剣だって、あと何回かで砕け散るという話なのでしょう? 状態の良い魔剣に変えてもらった方がずっと良かったと思いますよ」
「嫌だ」
子供みたいにそう言う彼に呆れた。
自分よりも年長の騎士団長なのに、この口調はなんであろう。
「それで命を狙われていたら、しようがないでしょう。今からでもいいから、レブラン教授にその魔剣を渡したらどうですか」
「嫌だ」
「団長」
「俺の初めての魔剣なんだぞ。あんな金持ちの吸血鬼にやるなんて絶対に嫌だ。これは俺の魔剣……」
ピシ、ピシという音がその時、魔剣の柄辺りから聞こえてきた。
フィリップとバーナードの目が、「まさか」と言うようにその白い宝珠の魔剣に注がれる。
柄の根本から細い線が走ったかと思うと、ピシッと刀身に細かいヒビが蜘蛛の巣のように入り、次の瞬間、魔剣の刀身が砕け散ったのだった。
「俺の魔剣がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
バーナードは絶叫していた。
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