騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十二章 愛を確かめる

第三話 目配り

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 ところ変わって、場所は隣国のランディア王国。
 この国の騎士団長たるハデスは、いつものように情人たるラーシェと都の小さな屋敷で逢引きをしていた。
 絹糸のような美しい黒髪に口づけを繰り返しながら、寝台の中でラーシェへ言った。

「今度の休暇に、アルセウス王国の北方地方に行かないか。あそこは冬の間、雪を使った像が飾られ、祭りのようになるという」

 ラーシェは上体を起き上がらせた。長い黒髪が肩を流れ落ちる。抜けるような白い肌に水晶のように煌めく紫色の瞳を持つこの青年は、見ているだけでも目の保養になると傍らのハデスは思っていた。

「アルセウスの北方って、雪が凄いんだよね。僕は寒いところは苦手だ。行きたくない」

「貴方が嫌なら、別荘に籠っていても良い。アルセウスまで行けば、のんびりと過ごせる」

 言外に、このランディア王国にいるよりも自由に二人で過ごせると言っているのだ。
 ハデス騎士団長には家庭がある。ハデスの立場を慮って、ラーシェは二人で過ごす時は常に小さなこの屋敷の中で密会していた。
 それは仕方のないことだった。
 二人で並んで街を出歩くなど夢のまた夢であり、こうして隠れるように過ごすことに、そしてそのような日陰者の立場にラーシェを自分が追いやっていることについて、ハデスは気にしていた。
 別に他人から、自分のことはどう思われようと関係ない。はじめから自分の評判など地に堕ちているところがある。ラーシェ自身はそう考えていたが、ハデスは違うらしい。

「一緒に祭りを見たい」

 ハデスは口づけを、ラーシェの長い睫毛の上に落とす。
 
「別に、貴方がどうしてもと言うのなら、行ってもいい」

 そう言うラーシェに、ハデスは頷いた。

「わかった。では手配しよう。貴方も……レブラン殿に伝えておいて欲しい」

「わかったよ」

 なんとなくそう言われたことに、ラーシェは少し不機嫌そうな様子を見せた。
 レブランに世話になっていることは確かだった。けれど、どうせ行くと言っても彼は自分のことを止めることはない。
 勝手にやってくれという姿勢でいるのが、いつものレブランだったからだ。
 
(だから、僕も勝手にやらせてもらうんだ)

 ハデスの逞しい身体に身を寄せながら、ラーシェはそう思っていた。



 だが、ラーシェが驚いたことに、レブランは、ハデス騎士団長と共に旅行に行くと告げると、少しばかり考え込む様子を見せて、側に控えていたネリアに声をかけた。

「ラーシェがハデス騎士団長と合流するところまで、ネリア、君がついていってくれ」

 その言葉に、ラーシェは紫色の瞳を見開く。

「え、ネリアがついてくるの?」

「そうだ。国境を超えるわけだ。最近は人攫いも頻発している。一人で行かせるのは心配だからな」

「……………」

「はい、了解致しました」

 驚いて無言になっているラーシェとは対照的に、ネリアは即座に主の命を受けて了承していた。
 それも、常にレブランの傍らに仕えているネリアを付けてくれることに、ラーシェは驚いた。
 彼女がレブランの傍にいないと、レブランは相当不便なはずだった。
 それなのに、その不便を分かった上で自分にネリアを付けるのだ。
 自分を心配して。

 言葉を失ってしまったように、無言になってしまったラーシェに、レブランは言った。

「日程などの調整は、ネリアとしてくれ。必要なものは購入して良い。わかったな」

 一礼するネリアに、ラーシェもまたつられたように軽く頭を下げたのだった。



 アルセウス王国のその北方地方の街へは転移魔法陣で転移することになっている。
 ハデスとは、現地で落ち合う予定だった。
 彼は忙しい騎士団長であったから、一緒にこのランディア王国から行くことは難しい。
 もしかしたら、仕事の都合で到着が遅れるかも知れない。
 その時は待っていてくれと彼から言われていた。

 ネリアに旅行の日程を伝えると、常に有能な秘書のようにレブランの側に控えている彼女は、テキパキと旅行のための準備を始めた。
 暖かそうな防寒具なども、揃えてくれる。そうした準備段階の苦労も、彼女のおかげでまったくしなくて済んだ。

(…………もしかして、レブランはこうしたことも見越した上で、ネリアを僕に付けてくれたのかしら)

 放置に近く、好き勝手にやらせてくれるレブラン。
 でも、彼は要所要所で、目を配っている気配があった。
 レブランの掌の上で自由に転がされているような気もしたけれど、この時はあまり悪いようには感じなかった。
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