騎士団長が大変です

曙なつき

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第二十一章 水路に潜むものと氷雪の剣

第六話 地下水路(上)

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 地下水路の中の化け物の様子を探るために、王国騎士団のハデス騎士団長は、斥候を地下水路の中に遣わせた。その後、斥候を務めた騎士は無事に地下水路から戻って来て、警備隊、騎士団、そして王宮魔術師団の魔術師達に報告した。

「奥にいる化け物は、巨大な軟体動物のようです」

 斥候の能力に長けた騎士は、慎重に水路の中を探り、警備隊の生き残りの者から聞いた辺りに足を踏み入れた。そして見つけたのだった。

「軟体動物というと、タコとかイカとか、そういうものか」

「はい。気付かれることを恐れ、明かりはつけることはできませんでした。薄暗い中での短時間の確認でしたので、そのようなものとしか言えません」

「それは海の生物ではないか。なぜ、そんな生き物が都の地下水路にいるんだ」

 王宮の会議室で喧々囂々の言い合いとなるが、当然のことながら誰もその問いに答えることは出来ない。
 そんな中、王宮魔術師団の副魔術師長が手を挙げて発言した。

「魔獣辞典によると、海の魔獣の項目に、巨大なタコやイカ、ウツボが挙げられていす。魔素に触れて異常繁殖する魔獣です」

「都の地下に魔素があって異常繁殖をしたというのか?」

「地下水路の果ては海に続いています。それらは海から陸へ上がって、都までやってきた可能性もあるでしょう」

 しかし副魔術師長の発言を、シュルフス魔術師長は否定した。

「んー、それはないかな~。だって、海までの間に何か所も仕切りが設けられているよね。それを壊してわざわざこの都まで海から上がってくるなんてこと考えられないな~。海からの距離も半端ないよね~」

 どこか間延びしたような口調のシュルフス魔術師長。だが、彼の言う通り、都から海までの距離は非常に長いのだ。

「だから、まぁ、単純に考えれば、誰かが召喚したんだね~。魔獣の召喚。地下水路に魔法陣が残っているか、調べて見る必要があると思うよ~。討伐した後に、魔法陣の有無について調査をお願いね~」

 当然、今後はその巨大軟体動物の討伐となる。
 ここは、騎士団の出番ということで、ハデス騎士団長は国王陛下から直々に地下水路の化け物の討伐を命ぜられることになったのだった。
 

 

 会議が終わった後、シュルフス魔術師長がハデス騎士団長を呼び止めた。

「団長、ちょっと僕の部屋に来てくれないかな~」

 そう言われ、大人しくハデス騎士団長が王宮のシュルフス魔術師長の部屋にやって来ると、シュルフスはざらざらと何かを袋の中に移し、それからその袋をハデス騎士団長に「ハイ」と手渡してきた。
 これは何だと袋を見るハデスに、シュルフスは言った。

「団長の腰にあるのは魔剣だよね。すごいね~、いつの間に手に入れたの? 魔剣っていうのは、魔力を食うんだよ。ハデスみたいな普通の騎士だと、魔力を食われまくって持たないと思うから、こうして魔石で魔力を増量しておくことが必要になるんだ。君、騎士学校で魔剣の取り扱いとか習ったでしょう? もう相当前だから忘れちゃった?」

 相当前というように、さり気なく年齢をついてくるシュルフス魔術師長。ハデスは苦笑いしながらも、有難く魔石の入った袋を受け取った。

「有難い」

「その魔剣見せてくれる?」
 
 そう言われて、ハデスは鞘ごと魔剣をシュルフス魔術師長に手渡す。シュルフスは剣を鞘から抜いて、周囲に雪の結晶を降らせる真白のその刀身をマジマジと眺めていた。

「うん、いい剣だね。今回の魔獣とも相性がいいかも知れない。とりあえず、手足をこれで凍らせていくといい。タコかイカかわからないウニウニした魔獣らしいけど、恐らく寒さに強いということはないだろう。むしろ弱いはずだ。あとたぶん、深海に棲むそれなら、強い光にも弱いかも知れない」

「ああ、わかった」

 可能性のある弱点を指摘してくれることは有難い。
 だが、最後にシェルフス魔術師長は余計な事を指摘した。

「これはレブラン教授が、先日のオークションで落札した“氷雪の剣”だね。君が夢中になっているかわい子ちゃん経由で借りたのかな?」

「…………」

 そのシュルフス魔術師長の問いに、ハデス騎士団長は無言で答えず、魔剣を鞘に納めて、部屋を後にしたのだった。



   *




 ハデスは、その巨大軟体生物が、光に弱く、寒さにも弱いだろうというシュルフス魔術師長の助言に従って、閃光を放つ魔道具を幾つも用意した。
 危険な地下水路に行くことにはひどく嫌がられたが、王宮魔術師団の氷魔法の使い手達にも同行を依頼した。
 もちろん、王宮魔術師長のシェルフスも引きずられるように連れて行かれた。
 彼曰く「僕は作り手の魔術師だからも戦闘にはまったく、からっきし役には立たないよ~」とのことだったが、魔術師長らしく知識に明るい彼は、化け物退治において的確な助言をしてくれるに違いない。


 都の南にある大橋の下から、この都に網の目のように広がる地下水路へ行くことができる。
 王立魔術師団から五名、そして騎士団から三十名の人員で、地下水路の化け物討伐に赴くことになった。
 外は明るいのに、水路へ続く階段を下りていくと、付近はあっという間に暗闇に包まれた。
 魔術師達が、明かりの魔道具を点ける。
 どこか青みがかったその明かりが周囲を照らし出す。
 レンガ造りの水路は、今から五百年以上前に造られたものだ。円形のトンネルが至るところにあり、静かに水が水路を流れ続けている。
 
 隣を歩く副騎士団長のランドックが呟くように言った。

「ネズミが……いないですね」

 地下水路にはたくさんのネズミが棲んでいる話は有名だった。毎年のように罠や毒餌が撒かれて駆除されているが、駆除しきれた話を聞いたことはない。
 水路の道を歩けば、ネズミの走る音や鳴き声が聞こえてくるはずなのに、聞こえてくるのは水がサーと流れる音だけであった。

「そのタコとかイカの化け物が、ネズミも食べたんじゃないの? あんな小さなネズミが、餌になったとしても腹は満たされないだろうけどさ」

「食べたというよりも、恐れて逃げたんだろう。小動物は危険を察知する感覚が発達しているからな」

 騎士達も声を潜めながらそう話をしている。
 先頭に立つ騎士の一人が地下水路の地図を見ながら、道を指図する。壁に数字の入った小さな石板があり、地図上の数字と合致していた。

「先日、斥候に出た騎士は、この先だと報告しておりました。移動をしていなければそろそろ付近だと思われます」

「わかった。皆、いつでも戦闘に入れるように準備しておけ」

 ハデス騎士団長はそう言って、魔剣の柄に手をやっていた。騎士達は一同、身構えながら足を進めていった。
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