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第二十一章 水路に潜むものと氷雪の剣
第一話 隠れ家
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都にあるその小さな屋敷は、小さくはあったが、不便のない場所にあった。
そして室内には柔らかな感触の絨毯が存分に敷き詰められ、調度もしっかりとした造作の良いものが揃えられている。
今その部屋は、暖炉に薪がくべられ、十分温まっていた。
部屋の中に、華奢な体躯の若者が入ってくる。
黒いマントを深く羽織ったその人物は、フードを下ろすと、白い卵型の顔が露わになる。
大きな紫色の瞳は、長い睫毛に縁どられ、その目鼻立ちも非常に整ったものだった。
一見すると男とも女とも分からぬ容姿をしていたが、彼は男性であった。
ラーシェという名のその若者はこの屋敷の主人の情人であった。
せむしの男で、この屋敷の使用人として雇われているデラは、見ないようにしていてもつい視線がその若者の方に向かっていた。今デラは、暖炉に追加の薪を入れるため、床に膝をついていた。ブリキのバケツの中の薪を、節くれだち、労働でヒビ割れた指が黒く汚れながらも掴んで、火にくべていく。
外は雨が降っていたのだろうか。
ラーシェの長い黒髪は少し濡れて、水を滴らせている。
白く秀でた額に、黒髪が張り付いていて、それをラーシェは無造作に掻き上げた。
そんな動作の一つ一つさえも、恐ろしいほど美しい。
同じ人間とは思えないほどだった。
「タオルを、ご用意いたしましょうか」
おずおずと言うデラの声に、ラーシェは頷く。
ラーシェは、使用人デラとは滅多に口を利かない。
彼はデラをいないものとして扱っていた。
当然だろう。
自分のような卑しい醜い男など視界にも入れたくないと思っているだろう。いや、虫ケラのような存在とも思っていたかも知れない。デラはそのことに怒りや悲しみを覚えることはなかった。むしろ、当然だと思っていた。
今まで生きてきた中で、これほどまでに美しい若者をデラは見たことがなかった。
だから、その対極にある醜い中年のせむしの男など、彼が嫌悪するのも当たり前のことだと受け入れていた。それはこのラーシェだけではなく、デラに出会った多くの人間が、デラを嫌悪するのを見ていたから、長い年月の間デラはそのことを受け入れるようになっていた。
ラーシェ様と同じ空間にいて、同じ空気を吸えることに感謝しなくてはならないと、デラは極めて卑屈な考えを持っていた。冷淡に扱われながらも、デラは内心では、拝めかねんばかりにラーシェのことを崇拝していた。
デラは、口が固い使用人ということで、この屋敷の主人ハデスが雇い入れた者であった。
屋敷の住み込みの使用人である。
この小さな屋敷は、騎士団長のハデスとラーシェが逢引きするために用意された小さな屋敷であった。
ハデスはラーシェのために、彼が快適に過ごせるように、気を配っていた。
そしてラーシェが来た時には、常に清潔な寝具類が用意され、温かな食事が供されるようになっていることを望んでいた。
その仕事をデラは熱心に果たしていた。
「別に貴方と寝られる場所があれば、それでいい」
そうラーシェは言っていたが、そういうわけにはいかない。
デラが見ている中でも、ハデスという男が、この美しい若者に夢中になっているのは感じられた。
二人の睦み合うその様子を、デラは覗き穴から覗いたことがあった。
そんなことをしてはならないと思いながらも、美しい若者と逞しい騎士の男の愛し合う様子を見ることは、デラを非常に興奮させていた。
そしてデラは気が付いた。あのラーシェという若者は、男に抱かれている中でこそ、壮絶なまでに美しさを増すことに。それこそ淫蕩な、淫乱な淫魔の如くに。
そんな美しい若者に、ハデスはあたかも初めて恋を知った少年のように夢中になっていた。
ハデスがこの王都の騎士団長の地位にあることをデラは知っていた。すでに妻帯し子まで為した立派な騎士団長の男であるのに、彼は道を踏み外しているという専らの噂だった。
しかしデラは、ラーシェの姿を見れば、その道ならぬ恋をしてしまう男の気持ちもよくわかるのだった。ラーシェは“魔性”といえる存在だった。禍々しいほど美しく、彼と寝た人間は皆、彼の虜になってしまう。そしてそれはハデス騎士団長も例外ではなかったということだ。
タオルで濡れた髪や身体をぬぐった後、ラーシェは暖炉のそばの椅子に座った。
ほどなくして、屋敷の玄関の扉が叩かれる。
この二人の秘密の屋敷を訪れる者は、ラーシェとハデス以外にはいない。
デラが扉の閂を外すと、雨に濡れた立派な体躯の騎士が現れた。
恭しく頭を下げるデラの前、スタスタと屋敷に入る。そこにラーシェがすでにいることに気が付くと、ハデスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「待たせたか」
「いえ、僕も先ほど来たばかりです」
ラーシェも静かに答える。
デラは二人のために、軽食の用意を始める。
夜の開始はいつもそんな感じだった。
軽い食事を取った後に、寝台に移動する。
そしてその情熱のまま愛し合うのだった。
そして室内には柔らかな感触の絨毯が存分に敷き詰められ、調度もしっかりとした造作の良いものが揃えられている。
今その部屋は、暖炉に薪がくべられ、十分温まっていた。
部屋の中に、華奢な体躯の若者が入ってくる。
黒いマントを深く羽織ったその人物は、フードを下ろすと、白い卵型の顔が露わになる。
大きな紫色の瞳は、長い睫毛に縁どられ、その目鼻立ちも非常に整ったものだった。
一見すると男とも女とも分からぬ容姿をしていたが、彼は男性であった。
ラーシェという名のその若者はこの屋敷の主人の情人であった。
せむしの男で、この屋敷の使用人として雇われているデラは、見ないようにしていてもつい視線がその若者の方に向かっていた。今デラは、暖炉に追加の薪を入れるため、床に膝をついていた。ブリキのバケツの中の薪を、節くれだち、労働でヒビ割れた指が黒く汚れながらも掴んで、火にくべていく。
外は雨が降っていたのだろうか。
ラーシェの長い黒髪は少し濡れて、水を滴らせている。
白く秀でた額に、黒髪が張り付いていて、それをラーシェは無造作に掻き上げた。
そんな動作の一つ一つさえも、恐ろしいほど美しい。
同じ人間とは思えないほどだった。
「タオルを、ご用意いたしましょうか」
おずおずと言うデラの声に、ラーシェは頷く。
ラーシェは、使用人デラとは滅多に口を利かない。
彼はデラをいないものとして扱っていた。
当然だろう。
自分のような卑しい醜い男など視界にも入れたくないと思っているだろう。いや、虫ケラのような存在とも思っていたかも知れない。デラはそのことに怒りや悲しみを覚えることはなかった。むしろ、当然だと思っていた。
今まで生きてきた中で、これほどまでに美しい若者をデラは見たことがなかった。
だから、その対極にある醜い中年のせむしの男など、彼が嫌悪するのも当たり前のことだと受け入れていた。それはこのラーシェだけではなく、デラに出会った多くの人間が、デラを嫌悪するのを見ていたから、長い年月の間デラはそのことを受け入れるようになっていた。
ラーシェ様と同じ空間にいて、同じ空気を吸えることに感謝しなくてはならないと、デラは極めて卑屈な考えを持っていた。冷淡に扱われながらも、デラは内心では、拝めかねんばかりにラーシェのことを崇拝していた。
デラは、口が固い使用人ということで、この屋敷の主人ハデスが雇い入れた者であった。
屋敷の住み込みの使用人である。
この小さな屋敷は、騎士団長のハデスとラーシェが逢引きするために用意された小さな屋敷であった。
ハデスはラーシェのために、彼が快適に過ごせるように、気を配っていた。
そしてラーシェが来た時には、常に清潔な寝具類が用意され、温かな食事が供されるようになっていることを望んでいた。
その仕事をデラは熱心に果たしていた。
「別に貴方と寝られる場所があれば、それでいい」
そうラーシェは言っていたが、そういうわけにはいかない。
デラが見ている中でも、ハデスという男が、この美しい若者に夢中になっているのは感じられた。
二人の睦み合うその様子を、デラは覗き穴から覗いたことがあった。
そんなことをしてはならないと思いながらも、美しい若者と逞しい騎士の男の愛し合う様子を見ることは、デラを非常に興奮させていた。
そしてデラは気が付いた。あのラーシェという若者は、男に抱かれている中でこそ、壮絶なまでに美しさを増すことに。それこそ淫蕩な、淫乱な淫魔の如くに。
そんな美しい若者に、ハデスはあたかも初めて恋を知った少年のように夢中になっていた。
ハデスがこの王都の騎士団長の地位にあることをデラは知っていた。すでに妻帯し子まで為した立派な騎士団長の男であるのに、彼は道を踏み外しているという専らの噂だった。
しかしデラは、ラーシェの姿を見れば、その道ならぬ恋をしてしまう男の気持ちもよくわかるのだった。ラーシェは“魔性”といえる存在だった。禍々しいほど美しく、彼と寝た人間は皆、彼の虜になってしまう。そしてそれはハデス騎士団長も例外ではなかったということだ。
タオルで濡れた髪や身体をぬぐった後、ラーシェは暖炉のそばの椅子に座った。
ほどなくして、屋敷の玄関の扉が叩かれる。
この二人の秘密の屋敷を訪れる者は、ラーシェとハデス以外にはいない。
デラが扉の閂を外すと、雨に濡れた立派な体躯の騎士が現れた。
恭しく頭を下げるデラの前、スタスタと屋敷に入る。そこにラーシェがすでにいることに気が付くと、ハデスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「待たせたか」
「いえ、僕も先ほど来たばかりです」
ラーシェも静かに答える。
デラは二人のために、軽食の用意を始める。
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