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第十七章 金色の仔犬と最愛の番
第五話 王宮にて(上)
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その日、バーナード騎士団長は茶色の首輪をした金色の仔犬を連れて、王立騎士団の詰め所に出勤した。
伴侶のフィリップ副騎士団長は、団長の命を受けて王都を出立したという話だった。
突然のことで、そんな話は聞いていなかったが、きっと何らかの任務を帯びてフィリップ副騎士団長はいったのだろうと、騎士団の騎士達は皆、納得していた。
その代わりのようにやって来たのが、金色のフサフサの毛並みをもつ青い目の美しい仔犬だった。
その仔犬は元気いっぱい、常に団長の足元にまとわりついていた。
そして団長は非常にその犬を可愛がっていて、団長室にノックして入ると、たいてい仔犬は団長の膝の上に座っているか、足元で丸くなっているかのどちらかであった。
もちろん、騎士団の騎士達も突然の可愛い仔犬の出現に驚きつつも、すぐに夢中になったのであった。
「団長、このジャーキーをどうぞ上げて下さい。美味しいですよ」
「ああ、有難う」
山盛りのジャーキーの入った紙袋を差し出され、団長は笑顔でそれを受け取り、尻尾を激しく振る金色の仔犬に一本差し出した。
仔犬がハグハグ食べているのを、幸せそうな顔で眺めている。
「慌てて食べるな、フィリップ」
ただ騎士団員達が、口には出さないがドン引きしていたのが、その金色の仔犬の名が、団長の結婚相手のフィリップ副騎士団長と同じであったことだ。
(飼い犬の名まで、副騎士団長の名を付けるとは……どんだけ、副騎士団長のことが好きなんだ)
おまけに、その仔犬はフィリップ副騎士団長と同じ青い目に金色の毛並みをしている。同じような色合いの犬をわざわざ探し出して、飼うことにしたのだろうか。
そう騎士達は思っていたが、それを尋ねることはできない。命が惜しいからだ。
騎士団員のミカエルが、小さなメダルを持ってきた。
「団長、これ、王立騎士団の紋章の入ったメダルです。これをフィリップ君に付けましょう」
ミカエルはもう、仔犬のことをフィリップ君呼びしている。
「いいものを用意してくれたな。ありがとう」
そう言って、親指ほどの大きさの小さな金色のメダルを受け取ると、団長は金色の仔犬の茶色の首輪に下げた。
仔犬を抱き上げて言っている。
「よく似合うな、フィリップ。さすが王都一だ。かわいいぞ」
いや、王都一というのは、フィリップ副騎士団長のことだろう。
犬まで王都一なのか。
いや、確かに可愛い犬であるが。
騎士団長は、しばらくの間、このフィリップと名付けられた金色の仔犬を連れて拠点で仕事をすると言っていた。
騎士団長の言うことは絶対であるからして、反対する者は一人としていなかった。
騎士団長は、翌日も、その翌日も金色の仔犬フィリップを連れて勤務についた。
驚いたのは、王都の森の魔獣の間引き作業の際にも、その金色の仔犬を同伴させたことだ。
「仔犬には危険ではありませんか」と言う騎士達に、団長は「こいつは特別だから大丈夫だ」と言った。
実際、現れた魔獣に仔犬は一切怯える様子も見せず、無駄吠えもしなかった。
むしろ、魔獣が近づいてくると、唸ってその危険性を教えてくれるくらいだった。
その役立ちぶりに、騎士達は「こうした警戒をできる犬は便利だ」という認識を持って、金色の仔犬をますます大事にして可愛がるようになった(団長室には捧げもののジャーキーが山のように届けられていた)。
そして六日目の朝になった。
バーナードは、隣でプスプスと鼻を鳴らして眠る金色の仔犬を見下ろし、呟いた。
「……まだ戻らないのか、フィリップ」
*
その日、バーナード騎士団長は王宮への定時の報告のためにやって来ていた。
その足元には当然のように、金色の仔犬がまとわりついている。
王宮へ行く時には、さすがに詰め所の建物に置いていこうとしたのだが、仔犬は「絶対についていく」というように、バーナードのズボンの裾に噛みついて離れなかった。
バーナードが歩くと、ズルズルと引きずられていく金色の仔犬を見て、騎士達は「連れて行ってあげてください、団長」「そうですよ、フィリップ君が可哀想ですよ」と言って、仔犬の入る少し大きめの丸いカゴを持たせた。ザルのような形のカゴには目の粗い編み目の蓋がついていた。
「大丈夫です、きっとフィリップ君は頭がいいので、王宮へ行っても悪さはしません」
「このカゴの中に、報告の時は入れて、団長の横に置いておくといいです」
カゴの中へ仔犬に入るように言うと、仔犬はいそいそとカゴをまたがって自分でカゴの中に入り、紐を口で引いて上の蓋まで自分で閉めていた。
その余りにも賢すぎる様子に、王立騎士団の騎士達は慄きつつも感動していた。
「さすがフィリップ君」
金色の仔犬のフィリップ君の悪口を言う団員は一人としていなかった(もちろん、悪口など言えば、団長にジロリと睨まれることは間違いなかった)。
王宮の者達は、騎士団長のそばをピッタリと離れずに、無駄吠えもせずについてくる、ぬいぐるみのように可愛らしい仔犬に驚いていた。
侍従長は、よく訓練されている様子で、騎士団長の命令を聞く金色の仔犬を見て、特別に王宮内を仔犬を連れて歩くことを許したが、貴人の前では仔犬はカゴの中で大人しくさせるように言うことは忘れなかった。
国王陛下の前で、騎士団長が定時の報告をしている時、その騎士団長の足元に置かれたカゴの中に、仔犬は大人しくしていた。
全ての報告が終わった後、陛下は騎士団長に声をかけた。
「それで、それが噂のお前の犬か。出して見せてみろ」
そう命ぜられて、バーナード騎士団長はカゴの中の仔犬に声をかけると、仔犬が自らカゴの蓋を鼻先で押し上げて、顔を出した。
小さな金色の犬の顔を見た陛下は「おお、可愛い犬だな」と喜んで、仔犬を抱かせるように望んだので、バーナードはヒョイと仔犬をカゴから取り出すと、陛下の手に渡す。
陛下は膝の上に仔犬を載せ、しばらく撫でていた。非常に嬉しそうであった。
「犬は良いな。愛らしく、そして主人に忠実だ」
「はい」
「また機会があれば、仔犬を見せてくれ」
「かしこまりました」
そう言って一礼するバーナード騎士団長に、陛下は思い出したように仔犬の名を尋ねた。
そしてフィリップという名を聞いた時、一瞬、奇妙な顔をしたが、それは一瞬のことだった。
そして騎士団長は、カゴの中にフィリップという名の仔犬を入れて、陛下の御前から下がっていったのだった。
伴侶のフィリップ副騎士団長は、団長の命を受けて王都を出立したという話だった。
突然のことで、そんな話は聞いていなかったが、きっと何らかの任務を帯びてフィリップ副騎士団長はいったのだろうと、騎士団の騎士達は皆、納得していた。
その代わりのようにやって来たのが、金色のフサフサの毛並みをもつ青い目の美しい仔犬だった。
その仔犬は元気いっぱい、常に団長の足元にまとわりついていた。
そして団長は非常にその犬を可愛がっていて、団長室にノックして入ると、たいてい仔犬は団長の膝の上に座っているか、足元で丸くなっているかのどちらかであった。
もちろん、騎士団の騎士達も突然の可愛い仔犬の出現に驚きつつも、すぐに夢中になったのであった。
「団長、このジャーキーをどうぞ上げて下さい。美味しいですよ」
「ああ、有難う」
山盛りのジャーキーの入った紙袋を差し出され、団長は笑顔でそれを受け取り、尻尾を激しく振る金色の仔犬に一本差し出した。
仔犬がハグハグ食べているのを、幸せそうな顔で眺めている。
「慌てて食べるな、フィリップ」
ただ騎士団員達が、口には出さないがドン引きしていたのが、その金色の仔犬の名が、団長の結婚相手のフィリップ副騎士団長と同じであったことだ。
(飼い犬の名まで、副騎士団長の名を付けるとは……どんだけ、副騎士団長のことが好きなんだ)
おまけに、その仔犬はフィリップ副騎士団長と同じ青い目に金色の毛並みをしている。同じような色合いの犬をわざわざ探し出して、飼うことにしたのだろうか。
そう騎士達は思っていたが、それを尋ねることはできない。命が惜しいからだ。
騎士団員のミカエルが、小さなメダルを持ってきた。
「団長、これ、王立騎士団の紋章の入ったメダルです。これをフィリップ君に付けましょう」
ミカエルはもう、仔犬のことをフィリップ君呼びしている。
「いいものを用意してくれたな。ありがとう」
そう言って、親指ほどの大きさの小さな金色のメダルを受け取ると、団長は金色の仔犬の茶色の首輪に下げた。
仔犬を抱き上げて言っている。
「よく似合うな、フィリップ。さすが王都一だ。かわいいぞ」
いや、王都一というのは、フィリップ副騎士団長のことだろう。
犬まで王都一なのか。
いや、確かに可愛い犬であるが。
騎士団長は、しばらくの間、このフィリップと名付けられた金色の仔犬を連れて拠点で仕事をすると言っていた。
騎士団長の言うことは絶対であるからして、反対する者は一人としていなかった。
騎士団長は、翌日も、その翌日も金色の仔犬フィリップを連れて勤務についた。
驚いたのは、王都の森の魔獣の間引き作業の際にも、その金色の仔犬を同伴させたことだ。
「仔犬には危険ではありませんか」と言う騎士達に、団長は「こいつは特別だから大丈夫だ」と言った。
実際、現れた魔獣に仔犬は一切怯える様子も見せず、無駄吠えもしなかった。
むしろ、魔獣が近づいてくると、唸ってその危険性を教えてくれるくらいだった。
その役立ちぶりに、騎士達は「こうした警戒をできる犬は便利だ」という認識を持って、金色の仔犬をますます大事にして可愛がるようになった(団長室には捧げもののジャーキーが山のように届けられていた)。
そして六日目の朝になった。
バーナードは、隣でプスプスと鼻を鳴らして眠る金色の仔犬を見下ろし、呟いた。
「……まだ戻らないのか、フィリップ」
*
その日、バーナード騎士団長は王宮への定時の報告のためにやって来ていた。
その足元には当然のように、金色の仔犬がまとわりついている。
王宮へ行く時には、さすがに詰め所の建物に置いていこうとしたのだが、仔犬は「絶対についていく」というように、バーナードのズボンの裾に噛みついて離れなかった。
バーナードが歩くと、ズルズルと引きずられていく金色の仔犬を見て、騎士達は「連れて行ってあげてください、団長」「そうですよ、フィリップ君が可哀想ですよ」と言って、仔犬の入る少し大きめの丸いカゴを持たせた。ザルのような形のカゴには目の粗い編み目の蓋がついていた。
「大丈夫です、きっとフィリップ君は頭がいいので、王宮へ行っても悪さはしません」
「このカゴの中に、報告の時は入れて、団長の横に置いておくといいです」
カゴの中へ仔犬に入るように言うと、仔犬はいそいそとカゴをまたがって自分でカゴの中に入り、紐を口で引いて上の蓋まで自分で閉めていた。
その余りにも賢すぎる様子に、王立騎士団の騎士達は慄きつつも感動していた。
「さすがフィリップ君」
金色の仔犬のフィリップ君の悪口を言う団員は一人としていなかった(もちろん、悪口など言えば、団長にジロリと睨まれることは間違いなかった)。
王宮の者達は、騎士団長のそばをピッタリと離れずに、無駄吠えもせずについてくる、ぬいぐるみのように可愛らしい仔犬に驚いていた。
侍従長は、よく訓練されている様子で、騎士団長の命令を聞く金色の仔犬を見て、特別に王宮内を仔犬を連れて歩くことを許したが、貴人の前では仔犬はカゴの中で大人しくさせるように言うことは忘れなかった。
国王陛下の前で、騎士団長が定時の報告をしている時、その騎士団長の足元に置かれたカゴの中に、仔犬は大人しくしていた。
全ての報告が終わった後、陛下は騎士団長に声をかけた。
「それで、それが噂のお前の犬か。出して見せてみろ」
そう命ぜられて、バーナード騎士団長はカゴの中の仔犬に声をかけると、仔犬が自らカゴの蓋を鼻先で押し上げて、顔を出した。
小さな金色の犬の顔を見た陛下は「おお、可愛い犬だな」と喜んで、仔犬を抱かせるように望んだので、バーナードはヒョイと仔犬をカゴから取り出すと、陛下の手に渡す。
陛下は膝の上に仔犬を載せ、しばらく撫でていた。非常に嬉しそうであった。
「犬は良いな。愛らしく、そして主人に忠実だ」
「はい」
「また機会があれば、仔犬を見せてくれ」
「かしこまりました」
そう言って一礼するバーナード騎士団長に、陛下は思い出したように仔犬の名を尋ねた。
そしてフィリップという名を聞いた時、一瞬、奇妙な顔をしたが、それは一瞬のことだった。
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