騎士団長が大変です

曙なつき

文字の大きさ
上 下
278 / 560
第十七章 金色の仔犬と最愛の番

第五話 王宮にて(上)

しおりを挟む
 その日、バーナード騎士団長は茶色の首輪をした金色の仔犬を連れて、王立騎士団の詰め所に出勤した。
 伴侶のフィリップ副騎士団長は、団長の命を受けて王都を出立したという話だった。
 突然のことで、そんな話は聞いていなかったが、きっと何らかの任務を帯びてフィリップ副騎士団長はいったのだろうと、騎士団の騎士達は皆、納得していた。
 その代わりのようにやって来たのが、金色のフサフサの毛並みをもつ青い目の美しい仔犬だった。

 その仔犬は元気いっぱい、常に団長の足元にまとわりついていた。
 そして団長は非常にその犬を可愛がっていて、団長室にノックして入ると、たいてい仔犬は団長の膝の上に座っているか、足元で丸くなっているかのどちらかであった。
 
 もちろん、騎士団の騎士達も突然の可愛い仔犬の出現に驚きつつも、すぐに夢中になったのであった。

「団長、このジャーキーをどうぞ上げて下さい。美味しいですよ」

「ああ、有難う」

 山盛りのジャーキーの入った紙袋を差し出され、団長は笑顔でそれを受け取り、尻尾を激しく振る金色の仔犬に一本差し出した。
 仔犬がハグハグ食べているのを、幸せそうな顔で眺めている。

「慌てて食べるな、フィリップ」



 ただ騎士団員達が、口には出さないがドン引きしていたのが、その金色の仔犬の名が、団長の結婚相手のフィリップ副騎士団長と同じであったことだ。

(飼い犬の名まで、副騎士団長の名を付けるとは……どんだけ、副騎士団長のことが好きなんだ)

 おまけに、その仔犬はフィリップ副騎士団長と同じ青い目に金色の毛並みをしている。同じような色合いの犬をわざわざ探し出して、飼うことにしたのだろうか。
 そう騎士達は思っていたが、それを尋ねることはできない。命が惜しいからだ。

 騎士団員のミカエルが、小さなメダルを持ってきた。

「団長、これ、王立騎士団の紋章の入ったメダルです。これをフィリップ君に付けましょう」

 ミカエルはもう、仔犬のことをフィリップ君呼びしている。

「いいものを用意してくれたな。ありがとう」

 そう言って、親指ほどの大きさの小さな金色のメダルを受け取ると、団長は金色の仔犬の茶色の首輪に下げた。
 仔犬を抱き上げて言っている。

「よく似合うな、フィリップ。さすが王都一だ。かわいいぞ」

 いや、王都一というのは、フィリップ副騎士団長のことだろう。
 犬まで王都一なのか。
 いや、確かに可愛い犬であるが。

 騎士団長は、しばらくの間、このフィリップと名付けられた金色の仔犬を連れて拠点で仕事をすると言っていた。
 騎士団長の言うことは絶対であるからして、反対する者は一人としていなかった。

 騎士団長は、翌日も、その翌日も金色の仔犬フィリップを連れて勤務についた。
 驚いたのは、王都の森の魔獣の間引き作業の際にも、その金色の仔犬を同伴させたことだ。

 「仔犬には危険ではありませんか」と言う騎士達に、団長は「こいつは特別だから大丈夫だ」と言った。

 実際、現れた魔獣に仔犬は一切怯える様子も見せず、無駄吠えもしなかった。
 むしろ、魔獣が近づいてくると、唸ってその危険性を教えてくれるくらいだった。
 その役立ちぶりに、騎士達は「こうした警戒をできる犬は便利だ」という認識を持って、金色の仔犬をますます大事にして可愛がるようになった(団長室には捧げもののジャーキーが山のように届けられていた)。
 
 


 そして六日目の朝になった。
 バーナードは、隣でプスプスと鼻を鳴らして眠る金色の仔犬を見下ろし、呟いた。

「……まだ戻らないのか、フィリップ」

 
   *


 その日、バーナード騎士団長は王宮への定時の報告のためにやって来ていた。
 その足元には当然のように、金色の仔犬がまとわりついている。
 王宮へ行く時には、さすがに詰め所の建物に置いていこうとしたのだが、仔犬は「絶対についていく」というように、バーナードのズボンの裾に噛みついて離れなかった。
 バーナードが歩くと、ズルズルと引きずられていく金色の仔犬を見て、騎士達は「連れて行ってあげてください、団長」「そうですよ、フィリップ君が可哀想ですよ」と言って、仔犬の入る少し大きめの丸いカゴを持たせた。ザルのような形のカゴには目の粗い編み目の蓋がついていた。

「大丈夫です、きっとフィリップ君は頭がいいので、王宮へ行っても悪さはしません」

「このカゴの中に、報告の時は入れて、団長の横に置いておくといいです」

 カゴの中へ仔犬に入るように言うと、仔犬はいそいそとカゴをまたがって自分でカゴの中に入り、紐を口で引いて上の蓋まで自分で閉めていた。
 その余りにも賢すぎる様子に、王立騎士団の騎士達は慄きつつも感動していた。

「さすがフィリップ君」

 金色の仔犬のフィリップ君の悪口を言う団員は一人としていなかった(もちろん、悪口など言えば、団長にジロリと睨まれることは間違いなかった)。



 王宮の者達は、騎士団長のそばをピッタリと離れずに、無駄吠えもせずについてくる、ぬいぐるみのように可愛らしい仔犬に驚いていた。
 侍従長は、よく訓練されている様子で、騎士団長の命令を聞く金色の仔犬を見て、特別に王宮内を仔犬を連れて歩くことを許したが、貴人の前では仔犬はカゴの中で大人しくさせるように言うことは忘れなかった。

 国王陛下の前で、騎士団長が定時の報告をしている時、その騎士団長の足元に置かれたカゴの中に、仔犬は大人しくしていた。
 全ての報告が終わった後、陛下は騎士団長に声をかけた。

「それで、それが噂のお前の犬か。出して見せてみろ」

 そう命ぜられて、バーナード騎士団長はカゴの中の仔犬に声をかけると、仔犬が自らカゴの蓋を鼻先で押し上げて、顔を出した。
 小さな金色の犬の顔を見た陛下は「おお、可愛い犬だな」と喜んで、仔犬を抱かせるように望んだので、バーナードはヒョイと仔犬をカゴから取り出すと、陛下の手に渡す。
 陛下は膝の上に仔犬を載せ、しばらく撫でていた。非常に嬉しそうであった。

「犬は良いな。愛らしく、そして主人に忠実だ」

「はい」

「また機会があれば、仔犬を見せてくれ」

「かしこまりました」

 そう言って一礼するバーナード騎士団長に、陛下は思い出したように仔犬の名を尋ねた。
 そしてフィリップという名を聞いた時、一瞬、奇妙な顔をしたが、それは一瞬のことだった。

 そして騎士団長は、カゴの中にフィリップという名の仔犬を入れて、陛下の御前から下がっていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

LV1魔王に転生したおっさん絵師の異世界スローライフ~世界征服は完了してたので二次嫁そっくりの女騎士さんと平和な世界を満喫します~

東雲飛鶴
ファンタジー
●実は「魔王のひ孫」だった初心者魔王が本物魔王を目指す、まったりストーリー● ►30才、フリーター兼同人作家の俺は、いきなり魔王に殺されて、異世界に魔王の身代わりとして転生。 俺の愛する二次嫁そっくりな女騎士さんを拉致って、魔王城で繰り広げられるラブコメ展開。 しかし、俺の嫁はそんな女じゃねえよ!!  理想と現実に揺れる俺と、軟禁生活でなげやりな女騎士さん、二人の気持ちはどこに向かうのか――。『一巻お茶の間編あらすじ』   ►長い大戦のために枯渇した国庫を元に戻すため、金策をしにダンジョンに潜った魔王一行。 魔王は全ての魔法が使えるけど、全てLV1未満でPTのお荷物に。 下へ下へと進むPTだったが、ダンジョン最深部では未知の生物が大量発生していた。このままでは魔王国に危害が及ぶ。 魔王たちが原因を究明すべく更に進むと、そこは別の異世界に通じていた。 謎の生物、崩壊寸前な別の異世界、一巻から一転、アクションありドラマありの本格ファンタジー。『二巻ダンジョン編あらすじ』   (この世界の魔族はまるマ的なものです) ※ただいま第二巻、ダンジョン編連載中!※ ※第一巻、お茶の間編完結しました!※   舞台……魔族の国。主に城内お茶の間。もしくはダンジョン。   登場人物……元同人作家の初心者魔王、あやうく悪役令嬢になるところだった女騎士、マッドな兎耳薬師、城に住み着いている古竜神、女賞金稼ぎと魔族の黒騎士カップル、アラサークールメイド&ティーン中二メイド、ガチムチ親衛隊長、ダンジョンに出会いを求める剣士、料理好きなドワーフ、からくり人形、エロエロ女吸血鬼、幽霊執事、親衛隊一行、宰相等々。 HJ大賞2020後期一次通過・カクヨム併載 【HOTランキング二位ありがとうございます!:11/21】

メス喘ぎレッスン帖 ─団長、奥さんを抱く前に俺と発声練習しましょう!─

雲丹はち
BL
セックス経験ゼロのまま結婚しちゃった騎士団長に年下副官が初夜のイロハを教え込む話。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

騎士団長の俺が若返ってからみんながおかしい

雫谷 美月
BL
騎士団長である大柄のロイク・ゲッドは、王子の影武者「身代わり」として、魔術により若返り外見が少年に戻る。ロイクはいまでこそ男らしさあふれる大男だが、少年の頃は美少年だった。若返ったことにより、部下達にからかわれるが、副団長で幼馴染のテランス・イヴェールの態度もなんとなく余所余所しかった。 賊たちを返り討ちにした夜、野営地で酒に酔った部下達に裸にされる。そこに酒に酔ったテランスが助けに来たが様子がおかしい…… 一途な副団長☓外見だけ少年に若返った団長 ※ご都合主義です ※無理矢理な描写があります。 ※他サイトからの転載dす

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件

水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。 そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。 この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…? ※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)

処理中です...