騎士団長が大変です

曙なつき

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第十六章 二人の姫君と黒の指輪

第十一話 指輪の修理作業

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 予定通り片道四日間の時間をかけ、ランディア王国の首都に到着した。
 バーナード騎士団長ら一行は、まず国王陛下に謁見し、その後、王宮魔術師長シュルフスと会うことになった。
 シュルフスは灰色の細かく縮れた長い髪を持つ細身の魔術師である。彼は同行した魔術師マグルに会うと、パッと顔を輝かせた。
 時にバーナード騎士団長が、国王からの書状を読み上げ、国宝の修理の依頼について話している最中であるのに、シュルフスは片手を振って「わかったわかった」と話を遮り、マグルの方に近寄ってはその手をぎゅっと両手で握り締めていた。

「久しぶりだな~、マグル」

 とどこか間延びした声で呼びかける。マグルはマグルで嬉しそうに、シュルフス魔術師長に頷きかけている。

「今回はお世話になるよ。指輪持ってきたからお願いね」

 その言葉に「任せて~」と言うシュルフス魔術師長の言葉が軽い。
 本当に国宝をきちんと修理してくれるのだろうか。

 少しばかり間延びした、二人の魔術師のやりとりをなんとも言えぬ表情で眺めているバーナード騎士団長の肩を、このランディア王国の騎士団長ハデスが叩いていた。

「ああ見えても、シュルフス魔術師長の腕は確かだ。任せて大丈夫だとも」

「はい」

 不安に思いながらも、この魔術師長に頼むしかないのだ。




 紫色のビロウドの小箱を開けると、そこに小さな指輪が鎮座している。
 銀色の台座にある小指程の大きさの黒い石。一見すると何の変哲もない、カットされた黒水晶の結晶体のようにしか見えない石であった。だがそれが“すべての魔法を無効化”するという、稀有な能力を持つ石だった。シュルフスはルーペを手に、その指輪を眺めていた。

「台座も随分歪んでいるね。石自身も小さな傷が見える。研磨してみるね。大きな傷はないから大丈夫だと思う。二日ほど時間がもらえるという話だったけど、ちょうど良いと思う。それで大丈夫だよ~」

「ありがとう、シュルフス」

「だけどさぁ、もう一日滞在を延長してよ。マグルとお話ししたいな~」

 その言葉に、クルリとマグルはバーナードの方へ顔を向けた。

「だめ? 一日延長しちゃ」

「国宝は速やかに国へ戻す必要があるだろう」

 その言葉に、マグルはシュルフスに言った。

「バーナード騎士団長は意地悪だからダメだと言ったよ。残念だけど、今回は予定通り帰国するね」

 誰が意地悪だと内心、バーナードは思っていたが、シュルフス魔術師はその理由で納得した様子だった。
 ギガント魔術師といい、魔法を使う人間というのはどこかエキセントリックな者が多かった。

「じゃあ、この石を直しながらでもお喋りしようか」

(我が国の国宝なのだが……)

 そんなお喋りしながら精密な修理作業が出来るのだろうかと思っていたが、シュルフス魔術師はそうするつもりらしく、自身の作業部屋から、騎士達を追い出していた。マグル魔術師だけを、作業机の横の椅子を引き出して座らせている。

「作業の気が散るから、みんな出ていってね。ただ、部屋の出入口はちゃんと守って、不審な人間は通さないでね~」

 “黒の指輪”の効力で、魔法での転移は防がれる。更に魔法を使う攻撃も無効化されるため、指輪を奪うためには物理的に押し込むしかない。
 部屋の出入口だけをしっかりと守り切れば、奪われる恐れはないのだった。
 そしてここは王宮の奥まった部屋であり、警備は当然のように厳重だった。王宮の警備を破って押し込むことなど不可能に近いだろう。

 シュルフス魔術師長の作業部屋から追い出されたバーナード騎士団長ら警護の騎士達に、ハデス騎士団長は声をかけた。

「王宮にいる間、警備は我が騎士団に任せてくれ。問題なく、帰国まで守ろう。帰国までは自由に過ごしてくれ」

(まさかの自由行動?!)

 王立騎士団から警備として付けられた騎士の精鋭達は顔を見合わせる。そして騎士団長バーナードの顔を見上げると、彼も腕を組んで頷いた。
 警備を務めるこの国の騎士達に、自分達も加えてくれというのは余計な干渉になりそうだ。
 ここは、ハデス騎士団長の言葉に従うのがいいだろう。

「今日のこの時より行動は自由とする。明日の予定は明日の朝、話そう」

 思わぬ形で与えられた突然の休暇に、騎士達は顔を見合わせていた。しかしそれが命令となれば従うしかない。
 皆、戸惑いを持ちながらもその場を後にしたのだった。

「バーナード騎士団長はいかがなさる」

 自分だけはこの場に残り、シュルフス魔術師の作業部屋の扉を守ろうと考えたが、ハデス騎士団長は首を振った。

「こういう場合は、上に立つ者は率先してくれ。我が国の騎士を信頼して欲しい」

 自分一人が居残り、扉を見張るという行為は反対に、この国の騎士団を信頼していないことになる。
 それに気が付いたバーナードは、内心ため息をついた。

「わかった」

 そして彼もマントを翻し、この場を後にしたのだった。
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