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第十六章 二人の姫君と黒の指輪
第八話 姫君の御礼の言葉
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翌日、騎士団の拠点にいつものように出勤した時、フィリップは自分宛の手紙が届いていることを知った。
首を傾げながら、副騎士団長室の椅子に座り、その手紙を開封して納得する。
それは昨日、あの中庭での事件の際、助けた東方の国の侍女からの手紙だった。
香の焚き染められた美しい透かし模様の入った手紙には、流麗な文字で、昨日の礼と、お借りしたマントをお返ししたい、ついては一度是非お会いしたい旨が書かれている。
衣服が乱れていた彼女の身を隠す為に、咄嗟に自分のマントを彼女の身にかけたことを思い出す。
マントのことがなければ、わざわざ足労して頂く必要はないと面会の申し込みなど断るところだった。マントの引き取りを考えれば、そうはいくまい。
フィリップは、返事の手紙を書き始めた。
今日の午後でも、明日以降でもご都合に合わせて時間を作ると手紙を書いたところ、驚いたことに、早速本日の夕方近くの面会の申し込みがきたのだ。
バーナード騎士団長は、来週以降の隣国への出立の準備のため、前倒しで仕事をこなして忙しい様子だった。
フィリップは、副騎士団長室を、会いに来るという侍女との面会の場所とした。基本団長室に入り浸り、団長室で自身の仕事さえしているために、フィリップのいる副騎士団長室はどこかスッキリとしていてモノがない状態だった。
女性の好みそうな菓子はあっただろうかといろいろと考え、ちょうどマグルに渡そうかと考えていた缶入りのクッキーがあったことを思い出す。
そして約束の時間になった。
フィリップの副騎士団長室にやって来たのは、三人の女性だった。
フィリップが驚いたのは、昨日中庭で顔を合わせた二人の侍女の他に、明らかに貴人らしい身なりの女性も一人いたからだ。
彼女は、ナディアージュ姫と名乗った。東方の国からやって来た二人の姫君のうちの妹姫の方である。
開け放った扉の外には護衛の者が立ち、部屋の中のナディアージュ姫と二人の侍女らは頭を下げた。
「この度は、侍女ライフィラを助けて頂き、ありがとうございました」
そして、そっと応接のテーブルの上に、御礼の品と綺麗に畳まれて薄紙に包まれたフィリップのマントを差し出した。
「これはご丁寧に……」
まさか、姫君の一人が直々に御礼にやってくるとは考えてもいなかった。
拠点に勤める手伝いの女性が、お茶出しをしてくれる。クッキーとお茶が出され、手伝いの女性は一礼して退室した。
見れば、あの時助けたライフィラは、まだ痛めた手に包帯を巻いている。
「お怪我の具合はいかがでしょうか」
声を掛けられたライフィラは顔を上げ、答える。その頬が少し赤い。
「おかげさまで、だいぶ良くなりました」
艶やかな黒髪の若い女性三人は、いずれも美しかった。華やかに着飾ってこの騎士団の拠点を訪れている。
「右手ですから、ご不便なこともございましょう」
「いえ、皆さまに助けて頂いておりますのでなんとかなっておりますわ」
そうフィリップとライフィラが和やかに話している様子を、何故か、ナディアージュ姫と侍女リンゼは目を細めてどこか嬉しそうに眺めていた。
二人の会話が途切れた時、ナディアージュ姫はフィリップに言った。
「実は、貴国の国王陛下にもお願いしたのですが、我が国には魔獣退治を専門に行う機関はございません。この王立騎士団のような組織にとても興味を持っております。ついては、一度、王宮にて我らに王立騎士団の組織についてご説明頂けないでしょうか」
フィリップ副騎士団長は快諾した。
陛下経由でも依頼しているとなれば、副騎士団長である自分が断ることはできない。
賓客としてやって来ている姫君達である。できるだけその要望に応えることが、彼女らへの歓待になることは間違いなかった。
三人の女性達が拠点の建物を後にしたのち、フィリップは腕を組んで考えていた。
団長は出立の準備で忙しいが、姫君への説明ともなると、団長クラスから話をした方がふさわしいと言える。
バーナードが面倒だと思うこと間違いないだろうが、これも仕事の一環である。仕方のないことだった。彼には厳しいスケジュールの中、頑張ってもらうしかない。このことを団長と相談するため、フィリップは団長室へと足を向けたのだった。
*
そしてその翌日、マグル王宮副魔術師長の小柄な体が、バンと開け放たれた団長室の扉の向こうにあった。
「聞いたか、バーナード!!」
彼は不機嫌そうな顔をして叫んでいた。
「予定が早まったという話だぞ!!」
その時、バーナード騎士団長はデスクの椅子に座り、書類に目を通しており、フィリップ副騎士団長もまた書類仕事をしていた。
何事だと二人して顔を向けてくる。
ノックもせずに扉を開け放ち、そしてズカズカと入室してくるのは、バーナードの昔からの友人だから許される行為だった。
彼はむんずと自分の懐から、一枚の書類を取り出して、バーナードの座るデスクの上にバンと載せた。
「これ、予定表。明日には出立だって」
その台詞に、フィリップが慌てて立ち上がり、突き出された書類に目を通していた。
「本当ですね。明日ですか?」
「…………」
バーナードの眉間にはくっきりと皺が寄り、彼はそれを指で揉んでいた。
「早まるとか、俺は聞いていないぞ」
「僕だって、さっき聞いたばかりだよ。きっとお前のところにももうすぐ連絡が来ると思う」
王宮に部屋を持つマグルの方が連絡が早いのは当たり前だった。きっと彼は連絡が来るなり、その予定表を手に掴んで、拠点のこの建物までまっしぐらに向かったのだろう。
明日となれば、出国の準備を更に早めないといけない。仕事も山積みなのに、バーナードは頭の痛そうな顔をしていた。
そして、ふと気づいたように言った。
「フィリップ、姫君達への説明は、お前に一任する」
日程がバッティングすることになり、バーナード騎士団長が姫君達に直接説明することは不可能になった。だから、フィリップ副騎士団長は苦笑しながら、頷いた。
「はい、了解致しました、団長」
首を傾げながら、副騎士団長室の椅子に座り、その手紙を開封して納得する。
それは昨日、あの中庭での事件の際、助けた東方の国の侍女からの手紙だった。
香の焚き染められた美しい透かし模様の入った手紙には、流麗な文字で、昨日の礼と、お借りしたマントをお返ししたい、ついては一度是非お会いしたい旨が書かれている。
衣服が乱れていた彼女の身を隠す為に、咄嗟に自分のマントを彼女の身にかけたことを思い出す。
マントのことがなければ、わざわざ足労して頂く必要はないと面会の申し込みなど断るところだった。マントの引き取りを考えれば、そうはいくまい。
フィリップは、返事の手紙を書き始めた。
今日の午後でも、明日以降でもご都合に合わせて時間を作ると手紙を書いたところ、驚いたことに、早速本日の夕方近くの面会の申し込みがきたのだ。
バーナード騎士団長は、来週以降の隣国への出立の準備のため、前倒しで仕事をこなして忙しい様子だった。
フィリップは、副騎士団長室を、会いに来るという侍女との面会の場所とした。基本団長室に入り浸り、団長室で自身の仕事さえしているために、フィリップのいる副騎士団長室はどこかスッキリとしていてモノがない状態だった。
女性の好みそうな菓子はあっただろうかといろいろと考え、ちょうどマグルに渡そうかと考えていた缶入りのクッキーがあったことを思い出す。
そして約束の時間になった。
フィリップの副騎士団長室にやって来たのは、三人の女性だった。
フィリップが驚いたのは、昨日中庭で顔を合わせた二人の侍女の他に、明らかに貴人らしい身なりの女性も一人いたからだ。
彼女は、ナディアージュ姫と名乗った。東方の国からやって来た二人の姫君のうちの妹姫の方である。
開け放った扉の外には護衛の者が立ち、部屋の中のナディアージュ姫と二人の侍女らは頭を下げた。
「この度は、侍女ライフィラを助けて頂き、ありがとうございました」
そして、そっと応接のテーブルの上に、御礼の品と綺麗に畳まれて薄紙に包まれたフィリップのマントを差し出した。
「これはご丁寧に……」
まさか、姫君の一人が直々に御礼にやってくるとは考えてもいなかった。
拠点に勤める手伝いの女性が、お茶出しをしてくれる。クッキーとお茶が出され、手伝いの女性は一礼して退室した。
見れば、あの時助けたライフィラは、まだ痛めた手に包帯を巻いている。
「お怪我の具合はいかがでしょうか」
声を掛けられたライフィラは顔を上げ、答える。その頬が少し赤い。
「おかげさまで、だいぶ良くなりました」
艶やかな黒髪の若い女性三人は、いずれも美しかった。華やかに着飾ってこの騎士団の拠点を訪れている。
「右手ですから、ご不便なこともございましょう」
「いえ、皆さまに助けて頂いておりますのでなんとかなっておりますわ」
そうフィリップとライフィラが和やかに話している様子を、何故か、ナディアージュ姫と侍女リンゼは目を細めてどこか嬉しそうに眺めていた。
二人の会話が途切れた時、ナディアージュ姫はフィリップに言った。
「実は、貴国の国王陛下にもお願いしたのですが、我が国には魔獣退治を専門に行う機関はございません。この王立騎士団のような組織にとても興味を持っております。ついては、一度、王宮にて我らに王立騎士団の組織についてご説明頂けないでしょうか」
フィリップ副騎士団長は快諾した。
陛下経由でも依頼しているとなれば、副騎士団長である自分が断ることはできない。
賓客としてやって来ている姫君達である。できるだけその要望に応えることが、彼女らへの歓待になることは間違いなかった。
三人の女性達が拠点の建物を後にしたのち、フィリップは腕を組んで考えていた。
団長は出立の準備で忙しいが、姫君への説明ともなると、団長クラスから話をした方がふさわしいと言える。
バーナードが面倒だと思うこと間違いないだろうが、これも仕事の一環である。仕方のないことだった。彼には厳しいスケジュールの中、頑張ってもらうしかない。このことを団長と相談するため、フィリップは団長室へと足を向けたのだった。
*
そしてその翌日、マグル王宮副魔術師長の小柄な体が、バンと開け放たれた団長室の扉の向こうにあった。
「聞いたか、バーナード!!」
彼は不機嫌そうな顔をして叫んでいた。
「予定が早まったという話だぞ!!」
その時、バーナード騎士団長はデスクの椅子に座り、書類に目を通しており、フィリップ副騎士団長もまた書類仕事をしていた。
何事だと二人して顔を向けてくる。
ノックもせずに扉を開け放ち、そしてズカズカと入室してくるのは、バーナードの昔からの友人だから許される行為だった。
彼はむんずと自分の懐から、一枚の書類を取り出して、バーナードの座るデスクの上にバンと載せた。
「これ、予定表。明日には出立だって」
その台詞に、フィリップが慌てて立ち上がり、突き出された書類に目を通していた。
「本当ですね。明日ですか?」
「…………」
バーナードの眉間にはくっきりと皺が寄り、彼はそれを指で揉んでいた。
「早まるとか、俺は聞いていないぞ」
「僕だって、さっき聞いたばかりだよ。きっとお前のところにももうすぐ連絡が来ると思う」
王宮に部屋を持つマグルの方が連絡が早いのは当たり前だった。きっと彼は連絡が来るなり、その予定表を手に掴んで、拠点のこの建物までまっしぐらに向かったのだろう。
明日となれば、出国の準備を更に早めないといけない。仕事も山積みなのに、バーナードは頭の痛そうな顔をしていた。
そして、ふと気づいたように言った。
「フィリップ、姫君達への説明は、お前に一任する」
日程がバッティングすることになり、バーナード騎士団長が姫君達に直接説明することは不可能になった。だから、フィリップ副騎士団長は苦笑しながら、頷いた。
「はい、了解致しました、団長」
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