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第十六章 二人の姫君と黒の指輪
第三話 姫君達の訪れ
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木々の葉が、赤や黄色という鮮やかな色に紅葉してきた頃、二人の王女が多くの供を引き連れて、この王国へやって来た。
東方の国イルメキア王国は、人種的には黒髪黒目の種族である。やって来た者達は全員が漆黒の髪色、そしてどこか黄色味がかってはいるが肌理の細かい陶器のような肌、アーモンド型の瞳というように、見るからにこの半島の人間とは違う姿をしていた。またまとう衣装も、若草色の衣をまとうお付きの者達に対して、姫君達はいずれも淡い桃色の絹の長衣をまとっていた。腰には金糸の縫い込まれた帯を巻いている。髪には金細工の繊細な蝶の飾りのついた簪を挿し、彼女らが歩くたびに、簪の蝶の飾りが揺れて美しかった。異国めいた華やかな服装の人々の訪れに、王国の王宮の者達は色めき立っていた。
イルメキア王国の姫君の到着を聞いたバーナード騎士団長は、特に感想はなかった。
この国の訪問を楽しんでくれればよい、それだけである。
昼過ぎには、バーナードもフィリップも、王宮に王立騎士団の騎士達と一緒に赴いた。
予定通り、王宮の中庭の警備を担当するためだ。
バーナード騎士団長がそうすると言った時、王も王妃も少し呆れていた。
そこまでして、姫君達に侍りたくない、侍らせたくないのかと言いたげであった。
額に手を当て、ため息をつく美しい王妃のそばで、王太子エドワードはこう騎士団長を庇ったという。
「彼は“王家の剣”ですから、ふさわしい働きを別に形で為しているではありませんか。母上、そうでしょう」
実際、彼は武勇で鳴らす男であり、貴重なこの王国の戦力である。王妃は「美男ランキング第十七位の男として、イルメキアの姫君のそばで侍るがいい」などとは、口が裂けても騎士団長に言うことは出来なかった。いや、それを口に出して言う姿を想像するだけでも恐ろしい。王妃といえど、王立騎士団長に対して言ってならないことは理解していた。
だが、当然騎士団長に同行するであろうフィリップ副騎士団長のことは、非常に惜しく思ってしまう。騎士団長が中庭の警備をすると言えば、副騎士団長もそちらに行くのだ。そうなると、宮殿の中でフィリップ副騎士団長の姿を見ることはできない(それを目的に、騎士団長が中庭の警備を名乗り出たのはわかっている)。
彼は、ランキング二位の男なのだ!!
いかに美しい男達が他にいようとも、フィリップ副騎士団長は突出して美しい男だった。
海のように青く澄んだ瞳に、目鼻立ちのクッキリとした顔立ちは整い、神自らが力を込めて創り出した彫像のような美貌だった。街を歩けば十人が十人振り向くだろう。
そんな男が、近衛騎士団ではなく、何をどう間違って王立騎士団にいるのか王妃も理解できなかった。
一度だけ、国王に、フィリップ副騎士団長を近衛騎士団に異動させてはどうかと話を持ち出したことがあるが、国王は首を振った。
「そんなことをすれば、王立騎士団から、副騎士団長だけでなく、優秀な騎士団長をも失うことになるぞ。それにそなたはそれを“王命”で命ぜよと言うのか」
そんなこと、絶対に言えるはずもなかった。
そうした王妃の内心の口惜しさなど当然知らぬバーナード騎士団長は、王宮の中庭にいた。
中庭といえどもここは王宮であるからして、広い。
木々の中に細い小路が続き、夕方近くなれば、足元に魔導の力を使った明かりが灯される。
薄暗い茂みが幾つもあるため、この中庭は貴族達の逢引きの場所としてよく利用されていた。
その日は、歓迎の宴が開かれるということで、王立騎士団の騎士達も礼装仕様の黒の軍衣姿だった。
騎士団長が黒の軍衣姿で立つ様子に、傍らのフィリップ副騎士団長は(相変わらず、この黒の軍衣は団長によく似合うな)と青い目をウットリとさせている。
艶やかな黒髪は綺麗に後ろに撫でつけられている。軍服は黒を基調にして金色の飾りボタンに肩には肩章、右肩から前へ金糸の飾緒がつくそれは、いつもの王立騎士団の軍衣よりも華やかではあったが、華美すぎることもなく落ち着いている。
近衛騎士団の軍衣は、白である。真っ白い軍服に、金色のボタン、金糸の端緒がつくそれは、バーナードに言わせると「派手過ぎる。ケバケバしくて俺は好かん」と言っていた。ただ、派手だというように、その純白の軍衣をまとった近衛の騎士達が集うとそれは、目を惹くのだ。式典に花を添えることは間違いない。
王立騎士団の騎士達は、中庭の警備活動を続けていく。
やがて日が落ち、暗くなってくると、足元にぽうっと白く魔導の力を使った明かりが灯った。
それがなんとも美しい。
綺麗に整備された庭園の向こうまで、明かりが点在している。
「中庭の警備もいいものですね」
そうフィリップ副騎士団長が言うと、バーナード騎士団長も目を細めて頷いた。
「ああ、綺麗だな」
「ええ」
中庭から、歓迎の宴が開かれている大広間の様子も見える。風に乗って楽団の奏でる軽やかな音楽に、人々のざわめきも聞こえてくる。
ガラスの窓の向こうの華やかな宴の様子は、この静寂な中庭の方から眺めているとそれはまるで別世界のようにも思えた。
しばらくして、大広間に通じる扉が開いて、侍従長が単身現れた。
中庭に居る騎士団長に目で合図する。
「行ってくる。後は任せたぞ」
「はい」
そう返事をしたが、侍従長からの合図というものが曲者だとフィリップは感じていた。
大広間の方へと歩いていく騎士団長の背中を見送りながら、内心フィリップはため息をついていた。
東方の国イルメキア王国は、人種的には黒髪黒目の種族である。やって来た者達は全員が漆黒の髪色、そしてどこか黄色味がかってはいるが肌理の細かい陶器のような肌、アーモンド型の瞳というように、見るからにこの半島の人間とは違う姿をしていた。またまとう衣装も、若草色の衣をまとうお付きの者達に対して、姫君達はいずれも淡い桃色の絹の長衣をまとっていた。腰には金糸の縫い込まれた帯を巻いている。髪には金細工の繊細な蝶の飾りのついた簪を挿し、彼女らが歩くたびに、簪の蝶の飾りが揺れて美しかった。異国めいた華やかな服装の人々の訪れに、王国の王宮の者達は色めき立っていた。
イルメキア王国の姫君の到着を聞いたバーナード騎士団長は、特に感想はなかった。
この国の訪問を楽しんでくれればよい、それだけである。
昼過ぎには、バーナードもフィリップも、王宮に王立騎士団の騎士達と一緒に赴いた。
予定通り、王宮の中庭の警備を担当するためだ。
バーナード騎士団長がそうすると言った時、王も王妃も少し呆れていた。
そこまでして、姫君達に侍りたくない、侍らせたくないのかと言いたげであった。
額に手を当て、ため息をつく美しい王妃のそばで、王太子エドワードはこう騎士団長を庇ったという。
「彼は“王家の剣”ですから、ふさわしい働きを別に形で為しているではありませんか。母上、そうでしょう」
実際、彼は武勇で鳴らす男であり、貴重なこの王国の戦力である。王妃は「美男ランキング第十七位の男として、イルメキアの姫君のそばで侍るがいい」などとは、口が裂けても騎士団長に言うことは出来なかった。いや、それを口に出して言う姿を想像するだけでも恐ろしい。王妃といえど、王立騎士団長に対して言ってならないことは理解していた。
だが、当然騎士団長に同行するであろうフィリップ副騎士団長のことは、非常に惜しく思ってしまう。騎士団長が中庭の警備をすると言えば、副騎士団長もそちらに行くのだ。そうなると、宮殿の中でフィリップ副騎士団長の姿を見ることはできない(それを目的に、騎士団長が中庭の警備を名乗り出たのはわかっている)。
彼は、ランキング二位の男なのだ!!
いかに美しい男達が他にいようとも、フィリップ副騎士団長は突出して美しい男だった。
海のように青く澄んだ瞳に、目鼻立ちのクッキリとした顔立ちは整い、神自らが力を込めて創り出した彫像のような美貌だった。街を歩けば十人が十人振り向くだろう。
そんな男が、近衛騎士団ではなく、何をどう間違って王立騎士団にいるのか王妃も理解できなかった。
一度だけ、国王に、フィリップ副騎士団長を近衛騎士団に異動させてはどうかと話を持ち出したことがあるが、国王は首を振った。
「そんなことをすれば、王立騎士団から、副騎士団長だけでなく、優秀な騎士団長をも失うことになるぞ。それにそなたはそれを“王命”で命ぜよと言うのか」
そんなこと、絶対に言えるはずもなかった。
そうした王妃の内心の口惜しさなど当然知らぬバーナード騎士団長は、王宮の中庭にいた。
中庭といえどもここは王宮であるからして、広い。
木々の中に細い小路が続き、夕方近くなれば、足元に魔導の力を使った明かりが灯される。
薄暗い茂みが幾つもあるため、この中庭は貴族達の逢引きの場所としてよく利用されていた。
その日は、歓迎の宴が開かれるということで、王立騎士団の騎士達も礼装仕様の黒の軍衣姿だった。
騎士団長が黒の軍衣姿で立つ様子に、傍らのフィリップ副騎士団長は(相変わらず、この黒の軍衣は団長によく似合うな)と青い目をウットリとさせている。
艶やかな黒髪は綺麗に後ろに撫でつけられている。軍服は黒を基調にして金色の飾りボタンに肩には肩章、右肩から前へ金糸の飾緒がつくそれは、いつもの王立騎士団の軍衣よりも華やかではあったが、華美すぎることもなく落ち着いている。
近衛騎士団の軍衣は、白である。真っ白い軍服に、金色のボタン、金糸の端緒がつくそれは、バーナードに言わせると「派手過ぎる。ケバケバしくて俺は好かん」と言っていた。ただ、派手だというように、その純白の軍衣をまとった近衛の騎士達が集うとそれは、目を惹くのだ。式典に花を添えることは間違いない。
王立騎士団の騎士達は、中庭の警備活動を続けていく。
やがて日が落ち、暗くなってくると、足元にぽうっと白く魔導の力を使った明かりが灯った。
それがなんとも美しい。
綺麗に整備された庭園の向こうまで、明かりが点在している。
「中庭の警備もいいものですね」
そうフィリップ副騎士団長が言うと、バーナード騎士団長も目を細めて頷いた。
「ああ、綺麗だな」
「ええ」
中庭から、歓迎の宴が開かれている大広間の様子も見える。風に乗って楽団の奏でる軽やかな音楽に、人々のざわめきも聞こえてくる。
ガラスの窓の向こうの華やかな宴の様子は、この静寂な中庭の方から眺めているとそれはまるで別世界のようにも思えた。
しばらくして、大広間に通じる扉が開いて、侍従長が単身現れた。
中庭に居る騎士団長に目で合図する。
「行ってくる。後は任せたぞ」
「はい」
そう返事をしたが、侍従長からの合図というものが曲者だとフィリップは感じていた。
大広間の方へと歩いていく騎士団長の背中を見送りながら、内心フィリップはため息をついていた。
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