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【短編】
騎士団の夏の野外訓練 (5)
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その日の夕方、バーナードとフィリップの二人の宿泊する宿まで、イライザ北方副騎士団長が迎えに来た。
ヘンドリック北方騎士団長が、二人の歓迎会という名の飲み会を開くという。
北方騎士団の面々も参加し、飲み屋は貸し切りになる。
街の中心にある広場に面したその店に入ると、すでにヘンドリック北方騎士団長は出来上がっていた。
エールを片手に上半身は裸で、他の騎士達と雄たけびを上げている。店が揺れるかのように騒いでいる。
フィリップはあまりの有様に目を見開き、イライザ北方副騎士団長は額を押さえて頭が痛いような顔をしており、バーナードは苦笑いしていた。
「席はこちらにとってあります」
上座のヘンドリック北方騎士団長の隣の席に案内しようとするイライザに、バーナードは片手をあげて「ここでいい」と言って、ヘンドリックから少し離れた席に座った。
そしてこそっと、隣に座るフィリップの耳元に囁いた。
「ヘンドリックは、酒を楽しく飲む男だが、前半はキス魔に、後半は泣き上戸になる。気を付けろ」
「………………はい」
すでに犠牲者が何人もいるようで、男女構わずヘンドリック騎士団長が騎士達をその熊のような巨体で押さえこんで、ブチューといった感じで口づけをしている。
それを見て、フィリップはとんだところに来てしまったと慄いていた。
「……凄いですね」
「ああ。あいつには人望もあり、剣の実力もあり、騎士団長として素晴らしい漢だ。だが……」
バーナードの話だと、このように酒の飲まれたヘンドリックが、酔った勢いで上官の騎士を何度か押し倒し、強引に口づけたらしい。その後、その実力を惜しまれながらもヘンドリックは辺境のこの北方騎士団に飛ばされた。
それから浮上することなく、北方騎士団でのみ昇級し続け、北方騎士団長の地位に就いたという。
「ヘンドリックは学生時代から、キス魔で泣き上戸で有名な奴だった」
バーナードは給仕にエールを注文し、つまみを口にしている。
「……バーナード、貴方も被害に遭ったことがあるのですか」
その問いかけに、バーナードは首を振る。
そして笑いながら言った。
「俺を誰だと思っている。ヘンドリックは強い男だが、俺はあいつに負けたことはないぞ。キスなどさせるはずがあるか」
「…………」
きっと、騎士学校時代も、累々とヘンドリックに襲われた男女の騎士達が転がる中、バーナードだけは逃げ切っていたのだろう。
そして見ていると、イライザ副騎士団長も犠牲になったらしく、彼女は真っ赤な顔をして、息も絶え絶えという様子で口を押さえて倒れていた。
ついにバーナードとフィリップの存在に気が付いたらしいヘンドリックがそばまでやってきて、エールのジョッキを掲げて言った。
「バーナード!! 遅いぞ。いつまで討伐してたんだ」
「待たせて悪かったな」
「よし、歓迎の口づけをしてやる!!」
ぐいとバーナードの身を掴んでその唇に口づけようとしたヘンドリックの腕にいたのは、バーナードではなく別の騎士の若者であった。
バーナードは、熱く口づけを交わしているヘンドリックからまた離れた席に座って、澄ました顔でエールを飲んでいる。
目にも見えない速さで、バーナードは別の若者を犠牲者としてヘンドリックへ押し付けていた。
それに気が付かず、今もまだヘンドリックの口づけは続いている。
「……他の人に押し付けるんですか」
「ああ。騎士だ。ぼやぼやしているのが悪い」
凄い言い訳であった。フィリップはまた、バーナード騎士団長の別の一面を見たかのように、唖然と彼を眺めていた。
彼は討伐数争いにおいては子供のように負けず嫌いで、そして、酒の席に於いてはこの言い草である。
おかしくなって笑ってしまった。
「学生時代からそうだったんですか」
「ああ、そうだ」
その姿が目に浮かぶ。そしてヘンドリックは一度としてバーナードに口づけできなかったという。
「楽しい騎士学校時代だったのでしょうね」
「ああ、楽しかったぞ」
バーナードは、エールの入ったジョッキを、フィリップのジョッキにカチンとぶつけて笑った。
「……聞いてくれ、フィリップ。このバーナードはひどい男なんだぞ」
酒の席の後半、ヘンドリックはそのいかつい顔を悲しそうに歪め、そして涙をポロポロと零しながら言った。
キス魔で泣き上戸というバーナードの言葉通り、ヘンドリックは酒瓶を胸に抱きしめ、泣きながら語り始めた。
「騎士学校入学からこの方、一度として、一度としてこの俺に唇を許したことがないんだ!!!!」
「…………俺以外にも許してない奴はいただろう」
王族や高位貴族達にそんなことをしたら首が飛ぶと、ヘンドリックのいる飲み会の席にはそんな高貴な方々は招いていなかった。
皆、ヘンドリックのことを迷惑に思いつつも、憎めない男だと思っていたのだ。
バーナードが言うと、ヘンドリックはおいおいと泣きながら頭を振っている。
「確かにいるが、俺とお前の仲じゃないか。一度くらいキスさせてくれてもいいだろう」
「絶対にいやだ。なんでお前のような熊みたいな男とキスしないといけないんだ」
真顔でバーナードがそう言うと、なおもヘンドリックは目が溶けてしまうかのように泣きじゃくっている。
どこか熊が泣いているかのような可愛らしさもあった。だが、彼の周囲にはすでに酔い潰れて口づけの跡が無数に刻まれている男女の騎士達の屍が累々と転がっているのだった。惨憺たる有様である。
「ひどいと思わないか、フィリップ。俺とバーナードは騎士学校時代から数えて二十年近い仲なのだぞ」
「お前が北方騎士団に行ってからは年に一度会うかどうかだろう。それを含めて二十年だ」
「フィリップとは口づけしているのだろう。ずるい」
「フィリップは俺の伴侶だ。当たり前だろう」
「口づけ以上のこともしているんだろう。ずるい」
「ヘンドリック、お前だって妻がいるだろう。子も二人いるだろう。キス以上のことも当然しているはずだ」
「わかった。お前がフィリップと口づけをしてくれたら許してやる」
何がわかったなのだと、フィリップは呆れて酔っ払っているヘンドリック北方騎士団長を眺めていると、同じく酔っているバーナードは、真面目な顔でうなずいた。
「わかった。フィリップ、来い」
え?
本気ですか?
そう見返すフィリップの頬に手を添えると、酔っ払ったバーナードは問答無用と言った様子で、フィリップの唇に自身の唇を重ね、そして見せつけるように長いこと口づけていたのだ。
ぷはっと唇を離して、濡れた唇を手で拭うと、勝ち誇ったように彼は言う。
「どうだ。凄いだろう!!」
何が凄いのか理解できない。
しかし、それを見たヘンドリック北方騎士団長は目にいっぱい涙を浮かべ、叫ぶように言った。
「ずるい、お前はずるいぞ。そんな綺麗な副騎士団長とキスして」
「こいつは俺のだ。お前にはやらん」
「糞っ、お前はいつもずるい、バーナード」
「何がズルいんだ」
「騎士学校でもそうだ。お前はいつも一番で」
バーナードは騎士として優秀な男だった。当然、騎士学校でも首席だったろうと思った。
「女にもモテて」
強くてこんな凛々しい男なのだ。学生の頃からモテているのはわかる。
「ずるいずるい」
「ふん、悔しければ俺よりも強くなるんだな」
そのバーナードの憎らしい言い様に、ヘンドリックは歯噛みしていた。
「ずるいずるい」
子供のようにヘンドリックはそう言い続け、バーナードは声を上げて笑っていた。
そして傍らのフィリップの唇に再度、自分の唇を押し付け、ご機嫌で言ったのだ。
「彼は一番になったご褒美なんだ」
その言葉にフィリップは嬉しくなって、バーナードに自分からも口づけた。
酔っていると思ったが、楽しくて仕方がなかった。
「団長は私へのご褒美でもありますよ」
「ああ」
「イチャイチャしやがってぇぇ、ずるいぞ」
ヘンドリックはそう言うと、突然がくんとテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
はた迷惑な北方騎士団長は、とうとう寝落ちしたのだった。
それを見て、バーナードとフィリップは吹き出して、笑っていた。
ヘンドリック北方騎士団長が、二人の歓迎会という名の飲み会を開くという。
北方騎士団の面々も参加し、飲み屋は貸し切りになる。
街の中心にある広場に面したその店に入ると、すでにヘンドリック北方騎士団長は出来上がっていた。
エールを片手に上半身は裸で、他の騎士達と雄たけびを上げている。店が揺れるかのように騒いでいる。
フィリップはあまりの有様に目を見開き、イライザ北方副騎士団長は額を押さえて頭が痛いような顔をしており、バーナードは苦笑いしていた。
「席はこちらにとってあります」
上座のヘンドリック北方騎士団長の隣の席に案内しようとするイライザに、バーナードは片手をあげて「ここでいい」と言って、ヘンドリックから少し離れた席に座った。
そしてこそっと、隣に座るフィリップの耳元に囁いた。
「ヘンドリックは、酒を楽しく飲む男だが、前半はキス魔に、後半は泣き上戸になる。気を付けろ」
「………………はい」
すでに犠牲者が何人もいるようで、男女構わずヘンドリック騎士団長が騎士達をその熊のような巨体で押さえこんで、ブチューといった感じで口づけをしている。
それを見て、フィリップはとんだところに来てしまったと慄いていた。
「……凄いですね」
「ああ。あいつには人望もあり、剣の実力もあり、騎士団長として素晴らしい漢だ。だが……」
バーナードの話だと、このように酒の飲まれたヘンドリックが、酔った勢いで上官の騎士を何度か押し倒し、強引に口づけたらしい。その後、その実力を惜しまれながらもヘンドリックは辺境のこの北方騎士団に飛ばされた。
それから浮上することなく、北方騎士団でのみ昇級し続け、北方騎士団長の地位に就いたという。
「ヘンドリックは学生時代から、キス魔で泣き上戸で有名な奴だった」
バーナードは給仕にエールを注文し、つまみを口にしている。
「……バーナード、貴方も被害に遭ったことがあるのですか」
その問いかけに、バーナードは首を振る。
そして笑いながら言った。
「俺を誰だと思っている。ヘンドリックは強い男だが、俺はあいつに負けたことはないぞ。キスなどさせるはずがあるか」
「…………」
きっと、騎士学校時代も、累々とヘンドリックに襲われた男女の騎士達が転がる中、バーナードだけは逃げ切っていたのだろう。
そして見ていると、イライザ副騎士団長も犠牲になったらしく、彼女は真っ赤な顔をして、息も絶え絶えという様子で口を押さえて倒れていた。
ついにバーナードとフィリップの存在に気が付いたらしいヘンドリックがそばまでやってきて、エールのジョッキを掲げて言った。
「バーナード!! 遅いぞ。いつまで討伐してたんだ」
「待たせて悪かったな」
「よし、歓迎の口づけをしてやる!!」
ぐいとバーナードの身を掴んでその唇に口づけようとしたヘンドリックの腕にいたのは、バーナードではなく別の騎士の若者であった。
バーナードは、熱く口づけを交わしているヘンドリックからまた離れた席に座って、澄ました顔でエールを飲んでいる。
目にも見えない速さで、バーナードは別の若者を犠牲者としてヘンドリックへ押し付けていた。
それに気が付かず、今もまだヘンドリックの口づけは続いている。
「……他の人に押し付けるんですか」
「ああ。騎士だ。ぼやぼやしているのが悪い」
凄い言い訳であった。フィリップはまた、バーナード騎士団長の別の一面を見たかのように、唖然と彼を眺めていた。
彼は討伐数争いにおいては子供のように負けず嫌いで、そして、酒の席に於いてはこの言い草である。
おかしくなって笑ってしまった。
「学生時代からそうだったんですか」
「ああ、そうだ」
その姿が目に浮かぶ。そしてヘンドリックは一度としてバーナードに口づけできなかったという。
「楽しい騎士学校時代だったのでしょうね」
「ああ、楽しかったぞ」
バーナードは、エールの入ったジョッキを、フィリップのジョッキにカチンとぶつけて笑った。
「……聞いてくれ、フィリップ。このバーナードはひどい男なんだぞ」
酒の席の後半、ヘンドリックはそのいかつい顔を悲しそうに歪め、そして涙をポロポロと零しながら言った。
キス魔で泣き上戸というバーナードの言葉通り、ヘンドリックは酒瓶を胸に抱きしめ、泣きながら語り始めた。
「騎士学校入学からこの方、一度として、一度としてこの俺に唇を許したことがないんだ!!!!」
「…………俺以外にも許してない奴はいただろう」
王族や高位貴族達にそんなことをしたら首が飛ぶと、ヘンドリックのいる飲み会の席にはそんな高貴な方々は招いていなかった。
皆、ヘンドリックのことを迷惑に思いつつも、憎めない男だと思っていたのだ。
バーナードが言うと、ヘンドリックはおいおいと泣きながら頭を振っている。
「確かにいるが、俺とお前の仲じゃないか。一度くらいキスさせてくれてもいいだろう」
「絶対にいやだ。なんでお前のような熊みたいな男とキスしないといけないんだ」
真顔でバーナードがそう言うと、なおもヘンドリックは目が溶けてしまうかのように泣きじゃくっている。
どこか熊が泣いているかのような可愛らしさもあった。だが、彼の周囲にはすでに酔い潰れて口づけの跡が無数に刻まれている男女の騎士達の屍が累々と転がっているのだった。惨憺たる有様である。
「ひどいと思わないか、フィリップ。俺とバーナードは騎士学校時代から数えて二十年近い仲なのだぞ」
「お前が北方騎士団に行ってからは年に一度会うかどうかだろう。それを含めて二十年だ」
「フィリップとは口づけしているのだろう。ずるい」
「フィリップは俺の伴侶だ。当たり前だろう」
「口づけ以上のこともしているんだろう。ずるい」
「ヘンドリック、お前だって妻がいるだろう。子も二人いるだろう。キス以上のことも当然しているはずだ」
「わかった。お前がフィリップと口づけをしてくれたら許してやる」
何がわかったなのだと、フィリップは呆れて酔っ払っているヘンドリック北方騎士団長を眺めていると、同じく酔っているバーナードは、真面目な顔でうなずいた。
「わかった。フィリップ、来い」
え?
本気ですか?
そう見返すフィリップの頬に手を添えると、酔っ払ったバーナードは問答無用と言った様子で、フィリップの唇に自身の唇を重ね、そして見せつけるように長いこと口づけていたのだ。
ぷはっと唇を離して、濡れた唇を手で拭うと、勝ち誇ったように彼は言う。
「どうだ。凄いだろう!!」
何が凄いのか理解できない。
しかし、それを見たヘンドリック北方騎士団長は目にいっぱい涙を浮かべ、叫ぶように言った。
「ずるい、お前はずるいぞ。そんな綺麗な副騎士団長とキスして」
「こいつは俺のだ。お前にはやらん」
「糞っ、お前はいつもずるい、バーナード」
「何がズルいんだ」
「騎士学校でもそうだ。お前はいつも一番で」
バーナードは騎士として優秀な男だった。当然、騎士学校でも首席だったろうと思った。
「女にもモテて」
強くてこんな凛々しい男なのだ。学生の頃からモテているのはわかる。
「ずるいずるい」
「ふん、悔しければ俺よりも強くなるんだな」
そのバーナードの憎らしい言い様に、ヘンドリックは歯噛みしていた。
「ずるいずるい」
子供のようにヘンドリックはそう言い続け、バーナードは声を上げて笑っていた。
そして傍らのフィリップの唇に再度、自分の唇を押し付け、ご機嫌で言ったのだ。
「彼は一番になったご褒美なんだ」
その言葉にフィリップは嬉しくなって、バーナードに自分からも口づけた。
酔っていると思ったが、楽しくて仕方がなかった。
「団長は私へのご褒美でもありますよ」
「ああ」
「イチャイチャしやがってぇぇ、ずるいぞ」
ヘンドリックはそう言うと、突然がくんとテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
はた迷惑な北方騎士団長は、とうとう寝落ちしたのだった。
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