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第十二章 副都事件
第十話 神子との話
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自分達とほど近い年齢に見えながらも、学校の職員を示す灰色の上着を身にまとっているバートのことを、最初の頃は距離を置いて生徒達も眺めていた。
午前中の間だけとはいえ、自分達と同じように学んでいる彼のことが気になるのか、声をかけてくる生徒も現れ始めた。
名前を聞かれ、互いに名乗り合い、同じ授業を取っている生徒達の中には、次の授業も一緒に行こうと声をかけてくれる。
そうした少年達の間で過ごしている中、バートは学園の生徒達が分断されていることに気付き始めた。
正確に言えば、三つに分かたれているのかも知れない。
飛び抜けて裕福な家庭の生徒達
普通の家庭の生徒達
そして貧しい家庭の生徒達といった感じだ。
貧しい家庭の生徒達は、学園が終わればすぐに走り出して、近くの店で給仕などをして働いている。
寮へ遅く帰宅して、それから課題をこなすというハードな生活だ。
それ以外の生徒達は、そんなハードな生活をする生徒達を横目に見ながら、暮らしている。
そんな中で、色を売る生徒達もいて、学園の人気のない茂みや教室の片隅などで商談をし、睦言にいそしんでいるわけだった。
騎士学校出身で、そうしたことをほとんど耳にしたことのなかったバーナードにとって、この学園の風紀の一部の乱れようは、困惑させられるものだった。
よくないことと思いつつも、かといって自分に何かできることがあるかというと何もない。
むしろ、彼らは本当に気軽に、罪悪感もなくその身を売っていることが驚くべきことだった。
そして更に驚かされたことが、ハルベルト騎士団から、内偵として送り込まれた若い騎士の中には、あえてその身を売ることによって組織の悪事を暴こうとしている話を聞いたことだった。
“静寂の魔道具”を展開させながら、そう話したベルンの言葉に、バートは驚いて呆然としてしまった。
「騎士団の方へ、解決のための突き上げが結構来ているようだね。なりふり構わずに、解決に走っている」
「……………」
「驚いて声もないようだね、バート。大丈夫かい?」
「いえ、驚いてしまって」
「もう何年もかかっているヤマだからね。だけど、そのおかげで尻尾が掴めそうだという話だよ」
「…………」
「良かったね。もうすぐ終わりなんじゃないかな」
その日の晩、どうもフィリップの許へと夢を渡る気がしなかったバーナードは、久しぶりに聖王国のマラケシュの許へ足を運んだ。
普段は聖騎士や魔術師がいるはずのマラケシュの周りには、誰もいない。
久しぶりすぎて、今回はいなかったのだろうとバーナードは思った(それとも少しはバーナードのことを信頼してくれるようになったのだろうか)。
聖王国の神子マラケシュは、その日も詰襟の神官服を身にまとい、バーナードへと微笑みかけて言った。
「久しぶりだね、バーナード」
「ああ」
その生返事に、マラケシュは首を傾げた。
「元気がないね。どうしたの?」
あんな生々しい、売春組織などの話など神子のマラケシュに出来るはずもなく、「仕事で忙しい」とバーナードは答えて、すぐに目の前に釣り堀を作り出した。
「釣りをするの? 僕、だいぶ上手になったんだよ」
そう黒髪の少年は言って、釣り糸を早速釣り堀に下げたのだった。
そうしながらも、マラケシュはバーナードに声をかけた。
「仕事が忙しいの? ここ最近はまったく僕の夢にも渡って来なかったね」
「ああ。仕事で、出かけているんだ」
「そうなんだ。どんな仕事? 差支えない範囲で教えてよ」
興味があるらしく、食いついてくる。
基本、マラケシュは好奇心旺盛な少年だった。
あの聖王国の壮麗な神殿の中で、かしづかれているとはいえ、閉じこもりがちなのだろう。刺激に飢えているところがある。
そもそも、バーナードと知り合った時でさえ、妖しい淫魔のバーナードを、暇だからといって夢に招き入れていたところがあった。過去、淫魔に襲われたことがあるとはいえ、あまりにも不用心すぎる。
問題がない範囲で話すなら、まあ良いだろうと、バーナードは語り始めた。
どうせ遠い聖王国の神子相手に話すことである。誰かに話が漏れるということもない。
むしろ、話しているうちに違う視点が見えてくるかも知れない。
「ある学園で、子供達がここ数年、毎年のように行方不明になっているんだ」
そう言うと、マラケシュがその青い瞳を見開いた。
「……………幾つくらいの子?」
「上は十七歳、下は十四歳。男女問わず、毎年一人ずつ、消えている」
「何年前から? それで、その行方不明になっている子達の容姿はどうなの? 生まれ月は?」
そう言われて、バーナードは行方不明になった子らの容姿を知らぬことに気が付いた。
「そうした情報は手元にはないな。聞いてみる」
「……そうだね。今度会う時に教えてくれる? 僕は子供の行方不明と聞くと、つい、考えちゃうんだ」
「何を?」
問いかけるバーナードに、マラケシュは釣竿を揺すりながら短く言った。
糸が引かれている。魚がかかったようだ。
「魔族の存在かな。ほら、僕の国ってば魔族は敵としているだろう? だから魔族絡みの事件の話はよく聞いてね。毎年一人ずつ子供が行方不明になっていると聞くと、贄に使っているのかなと思っちゃう」
「…………贄って何だ」
問いかけに、マラケシュは答えた。
「魔を呼びだすための、生贄のことだよ。毎年となると、奉納の贄の可能性がある」
それを聞いて、バーナードは頭を振った。
「まさか、そんなはずないだろう。魔法学園だぞ。学園の生徒を贄にしているって」
「そうかな。僕が悪魔崇拝者なら、いい目の付け所だと思うけどな。若くて魔力を持つ素晴らしい子供達が選び放題だ。あっ、魚がかかったよ」
マラケシュは竿を引いて、銀色に輝く小魚を釣り上げたのだった。
ピチピチと跳ね上がるその小魚を見ているうちに、バーナードの心の中には嫌な予感が広がっていた。
午前中の間だけとはいえ、自分達と同じように学んでいる彼のことが気になるのか、声をかけてくる生徒も現れ始めた。
名前を聞かれ、互いに名乗り合い、同じ授業を取っている生徒達の中には、次の授業も一緒に行こうと声をかけてくれる。
そうした少年達の間で過ごしている中、バートは学園の生徒達が分断されていることに気付き始めた。
正確に言えば、三つに分かたれているのかも知れない。
飛び抜けて裕福な家庭の生徒達
普通の家庭の生徒達
そして貧しい家庭の生徒達といった感じだ。
貧しい家庭の生徒達は、学園が終わればすぐに走り出して、近くの店で給仕などをして働いている。
寮へ遅く帰宅して、それから課題をこなすというハードな生活だ。
それ以外の生徒達は、そんなハードな生活をする生徒達を横目に見ながら、暮らしている。
そんな中で、色を売る生徒達もいて、学園の人気のない茂みや教室の片隅などで商談をし、睦言にいそしんでいるわけだった。
騎士学校出身で、そうしたことをほとんど耳にしたことのなかったバーナードにとって、この学園の風紀の一部の乱れようは、困惑させられるものだった。
よくないことと思いつつも、かといって自分に何かできることがあるかというと何もない。
むしろ、彼らは本当に気軽に、罪悪感もなくその身を売っていることが驚くべきことだった。
そして更に驚かされたことが、ハルベルト騎士団から、内偵として送り込まれた若い騎士の中には、あえてその身を売ることによって組織の悪事を暴こうとしている話を聞いたことだった。
“静寂の魔道具”を展開させながら、そう話したベルンの言葉に、バートは驚いて呆然としてしまった。
「騎士団の方へ、解決のための突き上げが結構来ているようだね。なりふり構わずに、解決に走っている」
「……………」
「驚いて声もないようだね、バート。大丈夫かい?」
「いえ、驚いてしまって」
「もう何年もかかっているヤマだからね。だけど、そのおかげで尻尾が掴めそうだという話だよ」
「…………」
「良かったね。もうすぐ終わりなんじゃないかな」
その日の晩、どうもフィリップの許へと夢を渡る気がしなかったバーナードは、久しぶりに聖王国のマラケシュの許へ足を運んだ。
普段は聖騎士や魔術師がいるはずのマラケシュの周りには、誰もいない。
久しぶりすぎて、今回はいなかったのだろうとバーナードは思った(それとも少しはバーナードのことを信頼してくれるようになったのだろうか)。
聖王国の神子マラケシュは、その日も詰襟の神官服を身にまとい、バーナードへと微笑みかけて言った。
「久しぶりだね、バーナード」
「ああ」
その生返事に、マラケシュは首を傾げた。
「元気がないね。どうしたの?」
あんな生々しい、売春組織などの話など神子のマラケシュに出来るはずもなく、「仕事で忙しい」とバーナードは答えて、すぐに目の前に釣り堀を作り出した。
「釣りをするの? 僕、だいぶ上手になったんだよ」
そう黒髪の少年は言って、釣り糸を早速釣り堀に下げたのだった。
そうしながらも、マラケシュはバーナードに声をかけた。
「仕事が忙しいの? ここ最近はまったく僕の夢にも渡って来なかったね」
「ああ。仕事で、出かけているんだ」
「そうなんだ。どんな仕事? 差支えない範囲で教えてよ」
興味があるらしく、食いついてくる。
基本、マラケシュは好奇心旺盛な少年だった。
あの聖王国の壮麗な神殿の中で、かしづかれているとはいえ、閉じこもりがちなのだろう。刺激に飢えているところがある。
そもそも、バーナードと知り合った時でさえ、妖しい淫魔のバーナードを、暇だからといって夢に招き入れていたところがあった。過去、淫魔に襲われたことがあるとはいえ、あまりにも不用心すぎる。
問題がない範囲で話すなら、まあ良いだろうと、バーナードは語り始めた。
どうせ遠い聖王国の神子相手に話すことである。誰かに話が漏れるということもない。
むしろ、話しているうちに違う視点が見えてくるかも知れない。
「ある学園で、子供達がここ数年、毎年のように行方不明になっているんだ」
そう言うと、マラケシュがその青い瞳を見開いた。
「……………幾つくらいの子?」
「上は十七歳、下は十四歳。男女問わず、毎年一人ずつ、消えている」
「何年前から? それで、その行方不明になっている子達の容姿はどうなの? 生まれ月は?」
そう言われて、バーナードは行方不明になった子らの容姿を知らぬことに気が付いた。
「そうした情報は手元にはないな。聞いてみる」
「……そうだね。今度会う時に教えてくれる? 僕は子供の行方不明と聞くと、つい、考えちゃうんだ」
「何を?」
問いかけるバーナードに、マラケシュは釣竿を揺すりながら短く言った。
糸が引かれている。魚がかかったようだ。
「魔族の存在かな。ほら、僕の国ってば魔族は敵としているだろう? だから魔族絡みの事件の話はよく聞いてね。毎年一人ずつ子供が行方不明になっていると聞くと、贄に使っているのかなと思っちゃう」
「…………贄って何だ」
問いかけに、マラケシュは答えた。
「魔を呼びだすための、生贄のことだよ。毎年となると、奉納の贄の可能性がある」
それを聞いて、バーナードは頭を振った。
「まさか、そんなはずないだろう。魔法学園だぞ。学園の生徒を贄にしているって」
「そうかな。僕が悪魔崇拝者なら、いい目の付け所だと思うけどな。若くて魔力を持つ素晴らしい子供達が選び放題だ。あっ、魚がかかったよ」
マラケシュは竿を引いて、銀色に輝く小魚を釣り上げたのだった。
ピチピチと跳ね上がるその小魚を見ているうちに、バーナードの心の中には嫌な予感が広がっていた。
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