騎士団長が大変です

曙なつき

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第十二章 副都事件

第九話 聴講

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 翌日から早速、授業だった。
 午前中は、学園の授業に自由に出て良いと言われている。
 そして午後から、ベルンのそばで助手の仕事をすることになっていた。
 ベルンやアンの助言を受けながら、バートは学園で受けた方が良いと思われるカリキュラムを組んでいった。
 騎士学校でも、基礎的な魔法学は学んでいる。
 だが、騎士学校を卒業して十年以上が経過している中では、その内容も忘れているし、理論も古臭いものになっているだろう。
 だから、バートは初心者向けの魔法学の授業や、実践学を聴講していた。
 
 聴講生ということで、席は後ろの方に座った。
 教室は半円形のホールになっており、席も生徒達でほぼ埋まっていた。
 百人超入っている教室だった。

 年齢も今の若い少年の自分とそう変わらない様子だった。
 皆、希望に目をキラキラと輝かせて席に座っているのが眩しい。
 十代というと、何でもできると思っていた年頃だった。
 夢にも希望にも溢れて、この名門の魔法学園を卒業した後の、開かれた将来を思っているのだろうか。

 バートはアンから借りた教科書を開きながら、真面目に授業を受けている。
 騎士学校で学んだことよりも、より深く掘り下げているこの授業はなかなか面白い。
 騎士として身体強化しか魔法を使わぬバーナードだったが、この体系化された魔法学を知った今では、それ以外の魔法を使うことについても、前向きに考えたいと思い始めていた。
 その後の授業も、バートは熱心に学んでいた。

 そして午後からはベルンの許で、ベルンの仕事を手伝う。
 ベルンは、バートが授業で分からなかったことを質問すると快く教えてくれる。
 むしろ、バートがそこまで熱心に魔法学に取り組んでいることを驚き、やや面白がっている様子だった。
 午後の仕事が一段落した後、バートは「少し出かけます」と言って、ベルンの部屋から出ていった。

 今日は、ここ数年の間に行方不明となった学生のことについて調べるつもりだった。
 昨年の秋、グラナダ伯爵家次男リーンハルトが行方不明になっている。
 十七歳になる若者だった。

 その前年には、商家出身のディックという少年が行方不明になっている。十五歳。
 三年前には、ルーラという少女が行方不明になっている。十四歳。
 四年前には、イサラという少女が行方不明になっている。十五歳。


 いずれも学園内で姿を消している。
 死体は見つからず、失踪事件として処理されている。
 ハルベルト騎士団のいうように、売春組織内で揉めて消されたのだろうか。
 しかし、ほぼ毎年一人ずつ、失踪しているというのもおかしい気がする。

 バートは腕を組み、考えこみながら学園内をぶらぶらと歩いていた。

 


 人気のない道を進んでいる時、茂みから喘ぐ声がした。
 すぐにそういう行為をしている声だと気が付き、バートの眉間に皺が寄る。

 見ると、二人の少年が制服の下だけを脱いで、身体を絡ませ合っていた。
 暗がりの中、その肌の白さだけがよく見えた。
 バートは顔を背け、足早にその場を立ち去ろうとした彼の耳にこういう声が聞こえた。
 事後のけだるげな声をさせながらも、その声はこう言っていた。

「約束の……お金は払ってね」




 バートの目は見開かれる。
 情交をした後の二人とかち合うとまずいと思ったバートは、すぐさま物陰に身を隠した。
 ほどなくして、二人の少年が茂みから現れる。
 同じ生徒同士で、金銭のやりとりをしているのかと、驚く思いがあった。
 一人の少年が、もう一人の少年に「また頼む」と言いながら去っていく。
 今のバートと変わらぬ年齢だった。

 そして頼むと言われた少年は、淡い金髪のなかなかかわいい顔立ちをしていた。
 彼は立ち去った少年がいなくなった後、「ふー」とため息をついて、受け取った金を懐に仕舞っていた。

 その少年もその場から立ち去った後に、バートは物陰から身を現わす。

「………………」

 王国内では、売春行為は禁じられていない。
 そのため、こうした行為自体も、取り締まる法があるわけではない(ただ、学園内のルールで風紀を乱す行為として禁じられている可能性は高いだろう)。
 個人で自分の身を売って、金を稼いでいるのだ。
 女衒が関与したわけでもない。

 しかし、まだ子供のような少年が、この学問を学ぶ場所で、身を金で売っている様子を見るのはなかなかショックな出来事だった。
 あの身を売っていた少年も、普通の生徒のようにも見えた。

 身を売らざるを得ないことがあるのだろうか。




 しばらくして、ベルンの部屋に戻ってきたバートが、沈んだように考え込んでいるのを見て、ベルンが話しかけた。

「何かあったのかい?」

「先生」

 バートはベルンに尋ねた。
 ベルンのことを、バートは先生と呼ぶようになっていた。

「この学園の授業料は、高額なのでしょうか? 貧しい生徒達にとって払えない額の学費なのでしょうか」

「そりゃ、高額だよ」

 はっきりとベルンは頷いて言った。
 そして、“静寂の魔道具”を発動させた。

「王都の魔法学園と違って、この学園は私立でね。王都の学園に入れなかった生徒がこちらに流れてくるのが普通になっている。小金がある生徒ならいいけれど、そうでない者にとってはキツイだろう。この学園は、才能ある生徒には広く門戸を開いている。だから、貧しい生徒でも、希望を持って入ってくる。借金をしてでもね」

「………………」

「学園生活は長いんだよ。その間、何が起きるかわからない。両親が病気になったらどうする? この学園を辞めるという選択肢が第一だろうけど、夢を持った分だけ諦めきれない者も多い。生徒達は内職をしている者も多いよ。学園の授業が終わってから、近くの店で給仕をしている奴なんかも多い」

「そうですか」

「だから、身を売る奴も出てくると思っているのかい、バート君?」

 ベルンの問いかけに、バートはうなずいた。

「でもそれは、この学園に限らずよくある話だよ。身を売ることが一番金になるからね。何かしらのことがあって身を堕とす者も多いさ」

「確かにそうなのですが」

 ベルンはぽんぽんと優しくバートの頭を叩いた。

「君は優しい子なんだね。そんな子達のために、胸を痛めているのかい?」

 しかし、ベルンは目を細めてこうも言った。

「でも、そんなことはよくあることなんだよ」
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