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【短編】
どこかおかしい副騎士団長
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ここ最近の、バーナード騎士団長の悩みは、自分の伴侶であるフィリップ副騎士団長とのセックスが、どうも過去のものと違って“ねちっこく”“しつこく”なってきたことだった。
そのことで、一回、二人の間はギクシャクとし、バーナードがフィリップに「お前は俺と寝ることしか考えていない」「お前はすぐに盛る」「サル並だ」と責めたことがあり、以来、フィリップは反省して、ちゃんと“待て”ができるようになった。
それで一応は、仲直りをして、バーナードもフィリップの屋敷へと足を運ぶようになったのだ。
だが、確かに朝まで盛ることはだいぶ少なくなったのだが、どうも彼はねちっこい。
延々とバーナードの身体を舐めていることも多く、「こいつ……どうも変態じみてきたな」とバーナードは思って、思わずフィリップを白い目で見てしまうこともある(フィリップは無意識にそういうことをしているようで、バーナードに言われて「ハッ」と我に返ることも多かった)。
大妖精のご隠居様に“精力に満ち溢れる存在”にその身を変えてもらったというフィリップ。“精力に満ち溢れる存在”とはとどのつまり、絶倫ということなのかと……バーナードはフィリップとエドワード王太子を見て、少しばかり納得する思いもある。そのことがわかった時には、「糞ッ」と珍しくもバーナードは悪態をついてしまったし、フィリップをそうした存在にしてしまったことを、バーナードは少しばかり後悔していた。
そして最近では、フィリップは舐めるだけではなく、バーナードを甘く噛むようになったのだ。先日など、自分の首をガブリと噛んだ時もあって、思わずバーナードは「俺を殺す気か」と戦闘態勢に入りそうになった。フィリップは真っ青になって慌てて謝っていたが、彼が「……団長の首筋とか、こう、噛みたくなるんですよね」とポツリと呟いた言葉を聞いた時には、ゾクリと背筋が震える思いだった。
とにかく、フィリップはおかしかった。
おかしいことはまだあった。
先日、フィリップと街へ出かけた時、彼は突然立ち止まってこう言った。
「ちょっと焦げた臭いがしませんか」
そう言われて、辺りの臭いを気にするが、焦げた臭いなどわからない。
だが、フィリップは「こちらです」と言って、バーナードの手を引いて、路地を奥へ奥へと進んで行った。その先でぼやが出ているのを見つけて、フィリップはそのぼやの出ている家の家人達と一緒に慌てて火を消し止めていた。
こんな遠く離れた距離の火事がわかったのかと驚く思いだった。
そして、騎士として訓練にいそしむときも、フィリップは力に溢れ、同僚達には負けなしの状態になっていた。バーナードは、騎士団の中では突出した強さを誇っていたが、現状、バーナードに対してある程度剣を交わせるのは、フィリップだけであった。彼は強くなっていた。馬鹿力という部分で。
「“精力に満ち溢れる存在”になると、絶倫と馬鹿力になるのか……」
そうぽつりと小声で言うバーナードの言葉を耳にしたフィリップが、台所でガシャンとカップを落とした音がした。
「……大丈夫か?」
「……ええ」
(……今の小声の独り言も拾えるのか。鼻だけではなく耳もよくなっているのか?)
おちおち独り言も言えないなと、バーナードは心の中で呟いた。
フィリップは入れ直したらしいお茶とクッキーを皿に入れて運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
バーナードは礼を言って、それを受け取る。
フィリップはバーナードの横に座り、ちょっと恨みがましく言った。
「絶倫と馬鹿力で申し訳ありません」
危うく茶を吹き出しそうになる。
「お前は耳も本当に良いのだな」
「ええ。鼻も耳も目もいいですよ。馬鹿力で、おまけに絶倫で申し訳ありません」
ちょっと怒っている気配がある。
バーナードは皿のクッキーを摘まんで、パクリと口に入れた。
「でもバーナード、聞いて下さい」
フィリップはにっこりと笑った。
顔立ちが美しいだけあって、その笑みには凄みがある。
「馬鹿力だから、こういうことも出来るんですよ」
そう言うと、おもむろに椅子に座っていたバーナードの膝裏に手をやり、ぐいとばかりに持ち上げたのだった。いわゆるお姫様抱っこの形である。
バーナードは驚愕のあまり、石のようになって動きを止めていた。
長身で体格の良いバーナードの身体を持ち上げることなど、普通はできない。
だが、フィリップは軽々と持ち上げていた。
その馬鹿力で。
「王国の花嫁は、こうやって花婿に持ち上げられ、寝台へ連れていくのですよね。ようやく私も団長を花嫁として寝台へと運べるようになりました」
非常に嬉しそうに、にこやかに笑うフィリップの笑顔がどこか恐ろしい。
「………………下ろせ」
腕の中で、フィリップの顔を見上げるバーナードがそう言うと、フィリップはその笑顔のまま断った。
「ダメです。花嫁は花婿に運ばれていくものですよ。二階まで運びますね」
「階段を上るのか? 危ないだろう」
「大丈夫です。馬鹿力なので」
怒っている。馬鹿力と言ったことを怒っている。
「悪かった、お前のことを馬鹿力と言ったのは悪かった。謝るから下ろせ」
そう言うバーナードの言葉を無視して、フィリップはバーナードを二階の寝室までスタスタと持ち上げたまま運んでしまった。寝台の上に下すと、その身にのしかかる。
フィリップは笑顔でこう言った。
「絶倫なんで、花嫁は大変でしょうが、お相手してくださいね」
「!!」
そしてフィリップはその馬鹿力でバーナードを押さえ付けて、思うがままその絶倫ぶりを、朝まで見せつけることになったのだった。
フィリップ副騎士団長はおかしかった。
目、耳、鼻が良くなったことはいい。その馬鹿力もまだいい。
だが、絶倫だけはどうにかしなくてはならない。
朝になり、どこか茶色の瞳に疲労の色を濃くみせながら、バーナード騎士団長はそう思うのだった。
そのことで、一回、二人の間はギクシャクとし、バーナードがフィリップに「お前は俺と寝ることしか考えていない」「お前はすぐに盛る」「サル並だ」と責めたことがあり、以来、フィリップは反省して、ちゃんと“待て”ができるようになった。
それで一応は、仲直りをして、バーナードもフィリップの屋敷へと足を運ぶようになったのだ。
だが、確かに朝まで盛ることはだいぶ少なくなったのだが、どうも彼はねちっこい。
延々とバーナードの身体を舐めていることも多く、「こいつ……どうも変態じみてきたな」とバーナードは思って、思わずフィリップを白い目で見てしまうこともある(フィリップは無意識にそういうことをしているようで、バーナードに言われて「ハッ」と我に返ることも多かった)。
大妖精のご隠居様に“精力に満ち溢れる存在”にその身を変えてもらったというフィリップ。“精力に満ち溢れる存在”とはとどのつまり、絶倫ということなのかと……バーナードはフィリップとエドワード王太子を見て、少しばかり納得する思いもある。そのことがわかった時には、「糞ッ」と珍しくもバーナードは悪態をついてしまったし、フィリップをそうした存在にしてしまったことを、バーナードは少しばかり後悔していた。
そして最近では、フィリップは舐めるだけではなく、バーナードを甘く噛むようになったのだ。先日など、自分の首をガブリと噛んだ時もあって、思わずバーナードは「俺を殺す気か」と戦闘態勢に入りそうになった。フィリップは真っ青になって慌てて謝っていたが、彼が「……団長の首筋とか、こう、噛みたくなるんですよね」とポツリと呟いた言葉を聞いた時には、ゾクリと背筋が震える思いだった。
とにかく、フィリップはおかしかった。
おかしいことはまだあった。
先日、フィリップと街へ出かけた時、彼は突然立ち止まってこう言った。
「ちょっと焦げた臭いがしませんか」
そう言われて、辺りの臭いを気にするが、焦げた臭いなどわからない。
だが、フィリップは「こちらです」と言って、バーナードの手を引いて、路地を奥へ奥へと進んで行った。その先でぼやが出ているのを見つけて、フィリップはそのぼやの出ている家の家人達と一緒に慌てて火を消し止めていた。
こんな遠く離れた距離の火事がわかったのかと驚く思いだった。
そして、騎士として訓練にいそしむときも、フィリップは力に溢れ、同僚達には負けなしの状態になっていた。バーナードは、騎士団の中では突出した強さを誇っていたが、現状、バーナードに対してある程度剣を交わせるのは、フィリップだけであった。彼は強くなっていた。馬鹿力という部分で。
「“精力に満ち溢れる存在”になると、絶倫と馬鹿力になるのか……」
そうぽつりと小声で言うバーナードの言葉を耳にしたフィリップが、台所でガシャンとカップを落とした音がした。
「……大丈夫か?」
「……ええ」
(……今の小声の独り言も拾えるのか。鼻だけではなく耳もよくなっているのか?)
おちおち独り言も言えないなと、バーナードは心の中で呟いた。
フィリップは入れ直したらしいお茶とクッキーを皿に入れて運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
バーナードは礼を言って、それを受け取る。
フィリップはバーナードの横に座り、ちょっと恨みがましく言った。
「絶倫と馬鹿力で申し訳ありません」
危うく茶を吹き出しそうになる。
「お前は耳も本当に良いのだな」
「ええ。鼻も耳も目もいいですよ。馬鹿力で、おまけに絶倫で申し訳ありません」
ちょっと怒っている気配がある。
バーナードは皿のクッキーを摘まんで、パクリと口に入れた。
「でもバーナード、聞いて下さい」
フィリップはにっこりと笑った。
顔立ちが美しいだけあって、その笑みには凄みがある。
「馬鹿力だから、こういうことも出来るんですよ」
そう言うと、おもむろに椅子に座っていたバーナードの膝裏に手をやり、ぐいとばかりに持ち上げたのだった。いわゆるお姫様抱っこの形である。
バーナードは驚愕のあまり、石のようになって動きを止めていた。
長身で体格の良いバーナードの身体を持ち上げることなど、普通はできない。
だが、フィリップは軽々と持ち上げていた。
その馬鹿力で。
「王国の花嫁は、こうやって花婿に持ち上げられ、寝台へ連れていくのですよね。ようやく私も団長を花嫁として寝台へと運べるようになりました」
非常に嬉しそうに、にこやかに笑うフィリップの笑顔がどこか恐ろしい。
「………………下ろせ」
腕の中で、フィリップの顔を見上げるバーナードがそう言うと、フィリップはその笑顔のまま断った。
「ダメです。花嫁は花婿に運ばれていくものですよ。二階まで運びますね」
「階段を上るのか? 危ないだろう」
「大丈夫です。馬鹿力なので」
怒っている。馬鹿力と言ったことを怒っている。
「悪かった、お前のことを馬鹿力と言ったのは悪かった。謝るから下ろせ」
そう言うバーナードの言葉を無視して、フィリップはバーナードを二階の寝室までスタスタと持ち上げたまま運んでしまった。寝台の上に下すと、その身にのしかかる。
フィリップは笑顔でこう言った。
「絶倫なんで、花嫁は大変でしょうが、お相手してくださいね」
「!!」
そしてフィリップはその馬鹿力でバーナードを押さえ付けて、思うがままその絶倫ぶりを、朝まで見せつけることになったのだった。
フィリップ副騎士団長はおかしかった。
目、耳、鼻が良くなったことはいい。その馬鹿力もまだいい。
だが、絶倫だけはどうにかしなくてはならない。
朝になり、どこか茶色の瞳に疲労の色を濃くみせながら、バーナード騎士団長はそう思うのだった。
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