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第十一章 聖王国の神子
第五話 誰かの夢の中(上)
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絶倫を少し自制するようになったと思えば、今度は赤ん坊が欲しいである。
バーナードは、困ったものだとフィリップを眺めていた。
特に、今はその「赤ん坊が欲しい」という思いが強くて、会う度に切なげな眼でじっとりと見られるのである。どんなにダメだと言っても話を聞かない。
最近はフィリップの夢の中へ渡る気もなくなっていた。
渡る度に、子供をねだられるのである。
かといって、エドワード王太子の求めるまま彼の夢の中へ渡るのも、あまりいいこととは思えない。エドワードには、温厚な王太子の皮を被った狼然としたところがあった。すでに彼には、幾つもの借りがある。どこかでそれの清算を求められるだろう。
頭の痛いことばかりだった。
何も考えずにゆっくりとしたい。
そう、かつてのあの南の諸島で、フィリップと青い海原に浮かんで楽しんだ時のように。
綺麗な場所でゆっくりと過ごしたい。
そんなことをつらつらと考えていたせいか、いつの間にかバーナードは誰かの夢の中へと迷い込んでいた。
バーナードは、屋敷の自室の寝台の上で、ここ最近抱えた問題に少しうんざりとしていて、綺麗な場所へ行きたいと逃避的なことを考えながら眠りについた。
そのせいだろうか。
他人の夢の中へ渡る危険性を、バーナードも理解するようになっていた。
夢の主の、夢の中におけるその支配力は強いのである。
かつてエドワード王太子の夢の中に迷い込んだ時、エドワードの夢の中の全てのものが、バーナードに襲いかかり、ようやく逃げ切れたことがあった。もしあの時、エドワードに捕まっていたなら、自分はどうなっていたのだろう。その結果を考えたくなかった。
天を突くほどの白い尖塔が、何本も見える。
遠く鐘の音が聞こえる。
眼下にはびっしりと家々の屋根が、建物が広がり、街の中心に壮麗な白い建物があった。
城のような威容がある。
だが、王の住まう王宮ではないと感じたのは、中から多くの神官達が現れ、整然と整列する白銀の甲冑を身に付けた騎士達がいたからだ。
どこの国の都だろうと考えた時、至る所で翻る旗を見て、納得した。
聖王国
王国の遥か西にある、軍事力の非常に強い、神々の統べる国だ。
バーナードはその国には一度も足を踏み入れたことはない。
あの旗印からして、これはその聖王国に住む、誰かの夢の中ということだろう。
聖王国には、魔を滅する教えがある。
淫魔である自分が見つかれば、ただでは済まない。
バーナードはすぐにその姿を、青い小鳥に変えた。
そして聖王国の空を飛びながら、夢から醒めることを願った。
夢の中で捕らわれ、滅せられることなどあるのだろうか。
その不安にかられている時に、声がかかった。
尖塔の連なるその白い建物の見晴台に、一人の少年が立っている。
黒髪に青い瞳のその少年は、純白の裾の長い神官服をまとっている。襟元から胸にかけて銀糸の刺繍が見事な神官服だった。顔立ちも秀麗といえる。青い目は、小鳥のバーナードを射貫くように見つめていた。年若い、十代半ばくらいの少年であった。
その桜色の唇が開いて、問いかけた。
「貴方は誰? どうして僕の夢の中にいるの?」
夢は、この神官のような少年のものなのだろう。
問いかけにどう答えたものかと迷った。少年の敵対的ではない様子を見て、バーナードは彼から少し離れた木の枝に降り立った。
小鳥の口から、答えるのも奇妙だったが、夢というのは何でもありなのだろう。
こう答えていた。
「迷って来た。出口を探している」
実際、迷い込んで来たのだから間違いではない。そしてもう、さっさとこの夢の中から退散したかった。
少年は首を傾げていた。
「貴方、僕の夢を渡ってきたというのなら、夢魔なのでしょう」
それに、小鳥の身のバーナードは、ギクリと動きを止める。
その通りなので、否定できない。
「僕の精力を奪いに来たのではなくて?」
それに、小鳥のバーナードは首を振った。
「違う、迷いこんだのだ。精力は足りている。いらない」
慌てたように言うバーナードの小鳥を見て、少年はクスクスと笑い声を上げた。
「そうなんだ。夢魔は……淫魔という奴は、みんな僕の精力を奪いに来るのが常だから、貴方みたいなのは初めてだね。本当に僕の精力はいらないの?」
彼は、笑みを浮かべながらもどこか凄むようにバーナードを見つめて言った。
「僕の精力は、飛び抜けて美味しいから」
その言葉は、まるで彼の許へと招いているかのようであった。
拒絶しながらも、自身の精力を見せびらかすかのようなその言いに、バーナードは後ろを振り向くことなく空へと羽ばたいた。
尖塔の鐘が、ゴーンゴーンと音を立てる。
「いらぬと言っただろう」
小鳥がそれだけ告げると、少年は自分の口元に手をやり、笑みを浮かべた。
「変な淫魔……僕を喰らいに来たわけじゃないの?」
空のような真っ青な瞳を持つ少年は、飛び立っていく小鳥のバーナードの姿をじっと見つめてこう言った。
「バイバイ、淫魔さん。またね」
バーナードは、夢から醒めた後も、あの青い目にどこまでも追いかけられているような気がしてならなかった。
あの少年は、聖王国の神官だろうか。
わからない。
だが、たまたま少年の夢の中へ、迷い込んだだけのことだから、もう二度と会うことはないだろうと考えていた。
バーナードは、困ったものだとフィリップを眺めていた。
特に、今はその「赤ん坊が欲しい」という思いが強くて、会う度に切なげな眼でじっとりと見られるのである。どんなにダメだと言っても話を聞かない。
最近はフィリップの夢の中へ渡る気もなくなっていた。
渡る度に、子供をねだられるのである。
かといって、エドワード王太子の求めるまま彼の夢の中へ渡るのも、あまりいいこととは思えない。エドワードには、温厚な王太子の皮を被った狼然としたところがあった。すでに彼には、幾つもの借りがある。どこかでそれの清算を求められるだろう。
頭の痛いことばかりだった。
何も考えずにゆっくりとしたい。
そう、かつてのあの南の諸島で、フィリップと青い海原に浮かんで楽しんだ時のように。
綺麗な場所でゆっくりと過ごしたい。
そんなことをつらつらと考えていたせいか、いつの間にかバーナードは誰かの夢の中へと迷い込んでいた。
バーナードは、屋敷の自室の寝台の上で、ここ最近抱えた問題に少しうんざりとしていて、綺麗な場所へ行きたいと逃避的なことを考えながら眠りについた。
そのせいだろうか。
他人の夢の中へ渡る危険性を、バーナードも理解するようになっていた。
夢の主の、夢の中におけるその支配力は強いのである。
かつてエドワード王太子の夢の中に迷い込んだ時、エドワードの夢の中の全てのものが、バーナードに襲いかかり、ようやく逃げ切れたことがあった。もしあの時、エドワードに捕まっていたなら、自分はどうなっていたのだろう。その結果を考えたくなかった。
天を突くほどの白い尖塔が、何本も見える。
遠く鐘の音が聞こえる。
眼下にはびっしりと家々の屋根が、建物が広がり、街の中心に壮麗な白い建物があった。
城のような威容がある。
だが、王の住まう王宮ではないと感じたのは、中から多くの神官達が現れ、整然と整列する白銀の甲冑を身に付けた騎士達がいたからだ。
どこの国の都だろうと考えた時、至る所で翻る旗を見て、納得した。
聖王国
王国の遥か西にある、軍事力の非常に強い、神々の統べる国だ。
バーナードはその国には一度も足を踏み入れたことはない。
あの旗印からして、これはその聖王国に住む、誰かの夢の中ということだろう。
聖王国には、魔を滅する教えがある。
淫魔である自分が見つかれば、ただでは済まない。
バーナードはすぐにその姿を、青い小鳥に変えた。
そして聖王国の空を飛びながら、夢から醒めることを願った。
夢の中で捕らわれ、滅せられることなどあるのだろうか。
その不安にかられている時に、声がかかった。
尖塔の連なるその白い建物の見晴台に、一人の少年が立っている。
黒髪に青い瞳のその少年は、純白の裾の長い神官服をまとっている。襟元から胸にかけて銀糸の刺繍が見事な神官服だった。顔立ちも秀麗といえる。青い目は、小鳥のバーナードを射貫くように見つめていた。年若い、十代半ばくらいの少年であった。
その桜色の唇が開いて、問いかけた。
「貴方は誰? どうして僕の夢の中にいるの?」
夢は、この神官のような少年のものなのだろう。
問いかけにどう答えたものかと迷った。少年の敵対的ではない様子を見て、バーナードは彼から少し離れた木の枝に降り立った。
小鳥の口から、答えるのも奇妙だったが、夢というのは何でもありなのだろう。
こう答えていた。
「迷って来た。出口を探している」
実際、迷い込んで来たのだから間違いではない。そしてもう、さっさとこの夢の中から退散したかった。
少年は首を傾げていた。
「貴方、僕の夢を渡ってきたというのなら、夢魔なのでしょう」
それに、小鳥の身のバーナードは、ギクリと動きを止める。
その通りなので、否定できない。
「僕の精力を奪いに来たのではなくて?」
それに、小鳥のバーナードは首を振った。
「違う、迷いこんだのだ。精力は足りている。いらない」
慌てたように言うバーナードの小鳥を見て、少年はクスクスと笑い声を上げた。
「そうなんだ。夢魔は……淫魔という奴は、みんな僕の精力を奪いに来るのが常だから、貴方みたいなのは初めてだね。本当に僕の精力はいらないの?」
彼は、笑みを浮かべながらもどこか凄むようにバーナードを見つめて言った。
「僕の精力は、飛び抜けて美味しいから」
その言葉は、まるで彼の許へと招いているかのようであった。
拒絶しながらも、自身の精力を見せびらかすかのようなその言いに、バーナードは後ろを振り向くことなく空へと羽ばたいた。
尖塔の鐘が、ゴーンゴーンと音を立てる。
「いらぬと言っただろう」
小鳥がそれだけ告げると、少年は自分の口元に手をやり、笑みを浮かべた。
「変な淫魔……僕を喰らいに来たわけじゃないの?」
空のような真っ青な瞳を持つ少年は、飛び立っていく小鳥のバーナードの姿をじっと見つめてこう言った。
「バイバイ、淫魔さん。またね」
バーナードは、夢から醒めた後も、あの青い目にどこまでも追いかけられているような気がしてならなかった。
あの少年は、聖王国の神官だろうか。
わからない。
だが、たまたま少年の夢の中へ、迷い込んだだけのことだから、もう二度と会うことはないだろうと考えていた。
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