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第六章 王家の剣
第九話 引きこもる
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「“二重隷紋”だと」
王宮副魔術師長マグルの説明を聞いた、侍従長は絶句していた。
マグルはうなずく。
「ええ。あのリュンクスという少年は、結果的に“二重隷紋”の状態になっていました。上顎部分ですね。口を大きく開けなければわからないですし、非常に小さいものでしたから、開けてもわからないかも知れません。死体を解剖してようやくわかったくらいですから。今後、僕が開発した“隷紋感知器三号君”を使って、王宮の者達はチェックした方がいいと思います」
リュンクスの口内に、彼を隷属させる隷紋が隠されるように刻まれていたのだ。
椅子に足を組んで座っていたバーナード騎士団長が口を開いた。
「“二重隷紋”状態の場合、最初に刻んだ隷紋が破棄されていないため、その主の命令が有効になっている。そのため、彼はセーラ妃の暗殺を命ぜられたままの状態だったろう。“隷紋の首輪”はエドワード殿下を主としていただろうが、殿下がわざわざセーラ妃を殺すなという命令をするわけではない。もしかしたら、あの針といった暗殺道具から見て、腹の御子の暗殺を命ぜられたのかも知れない。そうなると、ますますエドワード殿下はご命令がしづらかっただろう。殿下もまさか、リュンクスが暗殺者として送り込まれていたとは思っていなかったはずだ。背後関係については現在調査中だが、痕跡をだいぶ消されているため、暗殺を命じた者を捕らえるには証拠が足りないかも知れない」
バーナード騎士団長はため息をついた。
「…………私の責任です」
侍従長は、視線を下にさげ、弱々しい声で言った。
「私がもっと、気を付けてあの者を見ていれば。いや、そもそも王宮に迎え入れるべき者ではなかった」
「侍従長、あなたのお気持ちはわかる。殿下の欲の相手は誰でも良いという話ではない。そもそも受け入れられる者が非常に限られる状況だ。そしてあなたは、隷属の首輪までさせて彼を管理しようとしていた。そこまでやってもなお、相手は裏をかいてきたというのだから、誰があなたの立場でも厳しかったでしょう」
「……………それでも、私は……」
自分を責め続ける様子の侍従長。話を変えるように、バーナードは尋ねた。
「それよりも、殿下は?」
侍従長はうつむいていた。
「リュンクスが死んだことを聞いてから、ずっとお部屋に引きこもっております」
それにバーナードはまた、ため息をついていた。
「……殿下?」
扉をそっと開け、静かに入ってきた者の声を聞いた時、エドワードは叫んだ。
「出ていけ、バーナード」
「…………よくおわかりになりましたね」
少し面白がるような声で、彼は足を進めて行く。
出ていけと言ったのに、部屋の中に入ってくる。
頭にきて、エドワードはクッションを彼に向かって投げつけた。
それをひょいと避けたバーナードは、……いや、今は少年の姿をとっているバートは、寝台の上で膝を抱えて座り込んでいるエドワードのそばに近寄った。
「…………………リュンクスが死んだ」
「ええ。私もあの場にいました」
「……彼が暗殺者だったなんて知らなかった。セーラの……子供を殺そうとしていたなんて。あんな、あんな綺麗な子だったのに」
バートはその手を伸ばして、エドワードの頬に手をやった。泣いていたのだろう。その頬が濡れている。
「彼のことを愛していたのですか?」
「…………ああ、好きだった。かわいい子だった。何も知らない子で、船に乗せたら喜んで、また行こうと約束していたんだ」
バートは、エドワードの頬を流れ落ちた涙にそっと触れた。
「私を愛してくれた。……お前とは違って、バート。彼は私を愛してくれたんだ」
「…………殿下」
「だけど、彼は死んでしまった。いなくなってしまった」
「……私は殿下のおそばにいて、殿下に忠誠を誓います」
「ああ、お前は忠誠はくれるだろう。だけど、愛はくれない!!」
責めるような激しい口調のその言葉に、バートは眉を寄せた。
「忠誠では足りぬと申されるのですか?」
エドワードは苛立たし気に舌打ちし、バートの身体を寝台へ組み伏せた。その身を抱きしめながら言う。
「ならば、私が生きている限り、生涯の忠誠を誓え、バーナード。私に剣を捧げるんだ」
すでに王家に剣を捧げた身ではある。だが今、エドワードは個人としてバーナードの忠誠を欲しているのだろう。
「わかりました」
あっさりと受け入れるバーナード。その茶色の瞳を、エドワードは睨みつけるように見つめた。
「時々、お前が憎い……」
「……」
今、何を言っても自分の言葉はエドワードに変に解釈されてしまう気がしたバーナードは、黙り込んでいた。
王太子たる地位も優秀な能力も美貌も、美しい妻もそして今度はその子供まで得ようとしているエドワードは、全ての男が羨む存在であろう。何もかも兼ね備えているように見える。だが、その実、孤独のようだった。
バーナードは、彼に静かに抱きしめられるままになっていた。
王宮副魔術師長マグルの説明を聞いた、侍従長は絶句していた。
マグルはうなずく。
「ええ。あのリュンクスという少年は、結果的に“二重隷紋”の状態になっていました。上顎部分ですね。口を大きく開けなければわからないですし、非常に小さいものでしたから、開けてもわからないかも知れません。死体を解剖してようやくわかったくらいですから。今後、僕が開発した“隷紋感知器三号君”を使って、王宮の者達はチェックした方がいいと思います」
リュンクスの口内に、彼を隷属させる隷紋が隠されるように刻まれていたのだ。
椅子に足を組んで座っていたバーナード騎士団長が口を開いた。
「“二重隷紋”状態の場合、最初に刻んだ隷紋が破棄されていないため、その主の命令が有効になっている。そのため、彼はセーラ妃の暗殺を命ぜられたままの状態だったろう。“隷紋の首輪”はエドワード殿下を主としていただろうが、殿下がわざわざセーラ妃を殺すなという命令をするわけではない。もしかしたら、あの針といった暗殺道具から見て、腹の御子の暗殺を命ぜられたのかも知れない。そうなると、ますますエドワード殿下はご命令がしづらかっただろう。殿下もまさか、リュンクスが暗殺者として送り込まれていたとは思っていなかったはずだ。背後関係については現在調査中だが、痕跡をだいぶ消されているため、暗殺を命じた者を捕らえるには証拠が足りないかも知れない」
バーナード騎士団長はため息をついた。
「…………私の責任です」
侍従長は、視線を下にさげ、弱々しい声で言った。
「私がもっと、気を付けてあの者を見ていれば。いや、そもそも王宮に迎え入れるべき者ではなかった」
「侍従長、あなたのお気持ちはわかる。殿下の欲の相手は誰でも良いという話ではない。そもそも受け入れられる者が非常に限られる状況だ。そしてあなたは、隷属の首輪までさせて彼を管理しようとしていた。そこまでやってもなお、相手は裏をかいてきたというのだから、誰があなたの立場でも厳しかったでしょう」
「……………それでも、私は……」
自分を責め続ける様子の侍従長。話を変えるように、バーナードは尋ねた。
「それよりも、殿下は?」
侍従長はうつむいていた。
「リュンクスが死んだことを聞いてから、ずっとお部屋に引きこもっております」
それにバーナードはまた、ため息をついていた。
「……殿下?」
扉をそっと開け、静かに入ってきた者の声を聞いた時、エドワードは叫んだ。
「出ていけ、バーナード」
「…………よくおわかりになりましたね」
少し面白がるような声で、彼は足を進めて行く。
出ていけと言ったのに、部屋の中に入ってくる。
頭にきて、エドワードはクッションを彼に向かって投げつけた。
それをひょいと避けたバーナードは、……いや、今は少年の姿をとっているバートは、寝台の上で膝を抱えて座り込んでいるエドワードのそばに近寄った。
「…………………リュンクスが死んだ」
「ええ。私もあの場にいました」
「……彼が暗殺者だったなんて知らなかった。セーラの……子供を殺そうとしていたなんて。あんな、あんな綺麗な子だったのに」
バートはその手を伸ばして、エドワードの頬に手をやった。泣いていたのだろう。その頬が濡れている。
「彼のことを愛していたのですか?」
「…………ああ、好きだった。かわいい子だった。何も知らない子で、船に乗せたら喜んで、また行こうと約束していたんだ」
バートは、エドワードの頬を流れ落ちた涙にそっと触れた。
「私を愛してくれた。……お前とは違って、バート。彼は私を愛してくれたんだ」
「…………殿下」
「だけど、彼は死んでしまった。いなくなってしまった」
「……私は殿下のおそばにいて、殿下に忠誠を誓います」
「ああ、お前は忠誠はくれるだろう。だけど、愛はくれない!!」
責めるような激しい口調のその言葉に、バートは眉を寄せた。
「忠誠では足りぬと申されるのですか?」
エドワードは苛立たし気に舌打ちし、バートの身体を寝台へ組み伏せた。その身を抱きしめながら言う。
「ならば、私が生きている限り、生涯の忠誠を誓え、バーナード。私に剣を捧げるんだ」
すでに王家に剣を捧げた身ではある。だが今、エドワードは個人としてバーナードの忠誠を欲しているのだろう。
「わかりました」
あっさりと受け入れるバーナード。その茶色の瞳を、エドワードは睨みつけるように見つめた。
「時々、お前が憎い……」
「……」
今、何を言っても自分の言葉はエドワードに変に解釈されてしまう気がしたバーナードは、黙り込んでいた。
王太子たる地位も優秀な能力も美貌も、美しい妻もそして今度はその子供まで得ようとしているエドワードは、全ての男が羨む存在であろう。何もかも兼ね備えているように見える。だが、その実、孤独のようだった。
バーナードは、彼に静かに抱きしめられるままになっていた。
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