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第六章 王家の剣
第六話 半魔の少年(下)
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日中、リュンクスが、暇を持て余しているという話を聞いて、王太子エドワードは政務の合間を見て、リュンクスを気晴らしに王宮から連れ出してくれるようになった。
上質の服をまとったリュンクスは、一見すると美しい貴族の子弟のようにも見える。フードのついたマントを羽織れば、首元の隷属の首輪も外からは見えない。
リュンクスのことを考えて、そうしたものを用意してくれる王太子エドワードの優しさが嬉しかった。
「“白鳥の森”に行こう」
そう言って連れ出してくれた。
“白鳥の森”は王宮の近くにある王家所有の森であり、そこには毎年白鳥が飛来する美しい湖がある。湖では船を浮かべて遊ぶことができる。
周りを森林に囲まれ、王族以外の立ち入りを禁じられている場所だった。
馬車でその湖に着いた時、リュンクスは目を輝かせた。
そこは美しい場所だった。透明度の極めて高い湖面は、鏡のように背の高い木々の姿を映し出している。
水際に近づくと、湖面にまた自分の姿が映し出されるのを驚いたようにリュンクスは見ていた。
湖には船が用意されており、二人は侍従達と一緒にそれに乗った。
リュンクスは物珍しそうに船や、しんとした静かな湖を見つめていた。
ゆったりと湖の上を滑り出す船に、小さく歓声をあげる。
「すごいですね。浮かんでいますよ」
「船だからな」
その言葉に、リュンクスが船に乗ったことがないことがわかった。
王宮に来ることになり、テーブルマナーなどの礼儀作法は叩き込まれた様子はあったが、時に彼は驚くほどものを知らなかった。
エドワードは、リュンクスが誰から買われ、そしてどうやって王宮に来ることになったのか知らなかった。
けれど、王宮に来るまでの間、けっして恵まれた境遇にいたわけではないことは感じ取れた。
「この湖には魚がたくさんいるんだ。釣りができる。たくさん釣れるぞ」
エドワードは、かつてバーナード騎士団長と湖に来た記憶を思い出しながらそう言った。
彼は釣りをしたことのないエドワードに、優しくいろいろと釣りのことを教えてくれた。
そして、驚くほどたくさんの魚を釣り上げていた。
そのことを思い出して、エドワードが口元に笑みを浮かべると、リュンクスは言った。
「殿下、とても嬉しそうですね。楽しい記憶があるのですか?」
「……そうだな。楽しかった。お前は釣りはするのか?」
そうリュンクスに尋ねると、彼は首を振る。
「釣りはしたことありません」
「そうか。私もうまい方ではないが、今度、来るときには釣り竿を用意しよう。ここでは面白いように釣れるから、きっとお前も楽しいと思うぞ」
「ありがとうございます」
殿下は本当にいい人だ。
リュンクスは金髪碧眼の美貌の王子を見つめ、そう思った。
エドワードがリュンクスの頬に手をやり、そっと啄むように口づける。
リュンクスもその唇を開き、彼の舌を受け入れた。そして二人で貪るようにお互いを求めあう。
殿下が好きだった。
こんなに優しい人を、今まで知らなかった。
こんなに自分のことを大切にしてくれる人を知らなかった。
この生活がずっと、ずっと続けばいいのに。
だけど、幸福はいつまでも続くものではないことを、リュンクスは知っていた。
それはとても儚い、いつか散りゆく花のようなものだった。
上質の服をまとったリュンクスは、一見すると美しい貴族の子弟のようにも見える。フードのついたマントを羽織れば、首元の隷属の首輪も外からは見えない。
リュンクスのことを考えて、そうしたものを用意してくれる王太子エドワードの優しさが嬉しかった。
「“白鳥の森”に行こう」
そう言って連れ出してくれた。
“白鳥の森”は王宮の近くにある王家所有の森であり、そこには毎年白鳥が飛来する美しい湖がある。湖では船を浮かべて遊ぶことができる。
周りを森林に囲まれ、王族以外の立ち入りを禁じられている場所だった。
馬車でその湖に着いた時、リュンクスは目を輝かせた。
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水際に近づくと、湖面にまた自分の姿が映し出されるのを驚いたようにリュンクスは見ていた。
湖には船が用意されており、二人は侍従達と一緒にそれに乗った。
リュンクスは物珍しそうに船や、しんとした静かな湖を見つめていた。
ゆったりと湖の上を滑り出す船に、小さく歓声をあげる。
「すごいですね。浮かんでいますよ」
「船だからな」
その言葉に、リュンクスが船に乗ったことがないことがわかった。
王宮に来ることになり、テーブルマナーなどの礼儀作法は叩き込まれた様子はあったが、時に彼は驚くほどものを知らなかった。
エドワードは、リュンクスが誰から買われ、そしてどうやって王宮に来ることになったのか知らなかった。
けれど、王宮に来るまでの間、けっして恵まれた境遇にいたわけではないことは感じ取れた。
「この湖には魚がたくさんいるんだ。釣りができる。たくさん釣れるぞ」
エドワードは、かつてバーナード騎士団長と湖に来た記憶を思い出しながらそう言った。
彼は釣りをしたことのないエドワードに、優しくいろいろと釣りのことを教えてくれた。
そして、驚くほどたくさんの魚を釣り上げていた。
そのことを思い出して、エドワードが口元に笑みを浮かべると、リュンクスは言った。
「殿下、とても嬉しそうですね。楽しい記憶があるのですか?」
「……そうだな。楽しかった。お前は釣りはするのか?」
そうリュンクスに尋ねると、彼は首を振る。
「釣りはしたことありません」
「そうか。私もうまい方ではないが、今度、来るときには釣り竿を用意しよう。ここでは面白いように釣れるから、きっとお前も楽しいと思うぞ」
「ありがとうございます」
殿下は本当にいい人だ。
リュンクスは金髪碧眼の美貌の王子を見つめ、そう思った。
エドワードがリュンクスの頬に手をやり、そっと啄むように口づける。
リュンクスもその唇を開き、彼の舌を受け入れた。そして二人で貪るようにお互いを求めあう。
殿下が好きだった。
こんなに優しい人を、今まで知らなかった。
こんなに自分のことを大切にしてくれる人を知らなかった。
この生活がずっと、ずっと続けばいいのに。
だけど、幸福はいつまでも続くものではないことを、リュンクスは知っていた。
それはとても儚い、いつか散りゆく花のようなものだった。
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