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【短編】
傷病の騎士の、妻たるものの務め (七)
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第七話 呆れ果てられる
バーナードが帰宅したのは、深夜を回っていた。
彼が暗くなった部屋の中へと足音を忍ばせてそっと入ってきたことを察したフィリップは、パチリと目を開けた。
セバスとのやりとりでむしゃくしゃしていたフィリップは、まだ気持ちが収まらなかった。
(あのジジイ、絶対に分かっていてやっている。性格が悪すぎる)
フィリップが起きたことに気が付いたバーナードは、彼の額に軽く口づけして言った。
「……すまない。音で目を覚まさせてしまったか」
「いいえ。眠りが浅かったので、バーナードのせいじゃないです」
「具合はどうだ?」
「だいぶよくなりました」
その言葉に、バーナードはほっとした顔をしていた。
「良かった」
「今日は遅かったんですね」
「ああ、エドワード王太子に呼ばれてな」
「…………」
「お前のことを心配して、王家秘蔵の薬を下さると言うので、王宮に行ってきたんだ。それで引き留められて時間が経ってしまった」
(あああああああああああああああ、“王家秘蔵の薬”とか、それは餌ですよ、餌)
(団長を呼び寄せるための餌。あんの王太子。私がそばにいないともう手を出そうとするのか)
ムカついた。
そして、更にムカつくことに、団長はそれが自分に対する餌だと気が付いていないことだった。
(この人は、私がいないと、すぐに他の誰かに手を出されて、掻っ攫われるのじゃないか)
ふと、執事のセバスチャンの姿が脳裏に浮かんだ。
(ああ、私がいない時代は……あのジジイが団長に付く“悪い虫”を全部追い払っていたのか)
だから、団長は鈍感で無邪気で、誰の誘惑にも誘惑と気が付かないで育ってきたのかも知れない。
全部、あの執事や召使達が鉄壁のガードを張り巡らせていたからだ。
(でも)
(でも、もう団長は私のモノだ。彼らのモノじゃない)
フィリップはごくりと唾を飲み込み、バーナードへ言った。
「バーナード……あなたが欲しいです」
「…………」
「あなたとセックスしたい」
「ダメだ」
バーナードは頬を赤く染めつつも、即座に拒否した。
そのことにフィリップはショックを受けた。
弱々しい声で呟くように言う。
「……どうしてですか」
結婚して以来、バーナードはフィリップとの夜の生活を拒絶したことはなかった。
それなのに、初めて彼から拒絶された。
ショックを受けているフィリップを見て、慌ててバーナードはこう言った。
「お前の傷に触るだろう。ダメだ」
「…………」
すがるように見つめるフィリップの青い目から、バーナードは視線を逸らした。
その目に、バーナードは弱かった。
「それに、右足首捻挫だ。できないだろう」
「いいえ、できます」
フィリップは、にっこりと笑って言った。
「団長が、私の上に乗ればいいんです」
彼は(は?)というような顔をして、フィリップの顔を見つめていた。
そんな団長の呆れた顔を見たのは、初めてだった。
心底、彼は呆れ果てていた。
バーナードが帰宅したのは、深夜を回っていた。
彼が暗くなった部屋の中へと足音を忍ばせてそっと入ってきたことを察したフィリップは、パチリと目を開けた。
セバスとのやりとりでむしゃくしゃしていたフィリップは、まだ気持ちが収まらなかった。
(あのジジイ、絶対に分かっていてやっている。性格が悪すぎる)
フィリップが起きたことに気が付いたバーナードは、彼の額に軽く口づけして言った。
「……すまない。音で目を覚まさせてしまったか」
「いいえ。眠りが浅かったので、バーナードのせいじゃないです」
「具合はどうだ?」
「だいぶよくなりました」
その言葉に、バーナードはほっとした顔をしていた。
「良かった」
「今日は遅かったんですね」
「ああ、エドワード王太子に呼ばれてな」
「…………」
「お前のことを心配して、王家秘蔵の薬を下さると言うので、王宮に行ってきたんだ。それで引き留められて時間が経ってしまった」
(あああああああああああああああ、“王家秘蔵の薬”とか、それは餌ですよ、餌)
(団長を呼び寄せるための餌。あんの王太子。私がそばにいないともう手を出そうとするのか)
ムカついた。
そして、更にムカつくことに、団長はそれが自分に対する餌だと気が付いていないことだった。
(この人は、私がいないと、すぐに他の誰かに手を出されて、掻っ攫われるのじゃないか)
ふと、執事のセバスチャンの姿が脳裏に浮かんだ。
(ああ、私がいない時代は……あのジジイが団長に付く“悪い虫”を全部追い払っていたのか)
だから、団長は鈍感で無邪気で、誰の誘惑にも誘惑と気が付かないで育ってきたのかも知れない。
全部、あの執事や召使達が鉄壁のガードを張り巡らせていたからだ。
(でも)
(でも、もう団長は私のモノだ。彼らのモノじゃない)
フィリップはごくりと唾を飲み込み、バーナードへ言った。
「バーナード……あなたが欲しいです」
「…………」
「あなたとセックスしたい」
「ダメだ」
バーナードは頬を赤く染めつつも、即座に拒否した。
そのことにフィリップはショックを受けた。
弱々しい声で呟くように言う。
「……どうしてですか」
結婚して以来、バーナードはフィリップとの夜の生活を拒絶したことはなかった。
それなのに、初めて彼から拒絶された。
ショックを受けているフィリップを見て、慌ててバーナードはこう言った。
「お前の傷に触るだろう。ダメだ」
「…………」
すがるように見つめるフィリップの青い目から、バーナードは視線を逸らした。
その目に、バーナードは弱かった。
「それに、右足首捻挫だ。できないだろう」
「いいえ、できます」
フィリップは、にっこりと笑って言った。
「団長が、私の上に乗ればいいんです」
彼は(は?)というような顔をして、フィリップの顔を見つめていた。
そんな団長の呆れた顔を見たのは、初めてだった。
心底、彼は呆れ果てていた。
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