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【短編】
誰も語らぬその人の名は
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“サキュバスの加護”を持つセーラ=メロウレスは、王太子エドワードの妃として正式に迎え入れられることになった。
伯爵家出身のこの非常に美しい娘は、エドワードの持つ“最強王の呪い”を鎮めるためにはうってつけの人物であり、また気品に溢れたこの娘を、王宮の侍従達はもちろんのこと、国民も熱烈に歓迎した。
金の髪に碧い瞳のハンサムな王太子の傍らに立つセーラの肖像画は、飛ぶように売れていた。
人々に歓迎されて迎え入れられたセーラ妃は、常に微笑みをたたえていたが、時に考え込む表情を見せていた。
彼女の侍女としてつけられたそばかす顔のかわいらしいラシェットは、セーラの髪を手際よくブラッシングしながら、彼女に声を潜めて話しかけた。
夜になり、殿下の寝室に向かう前の身支度をしている。その最中、ラシェットはセーラから頼まれていた件について報告したのだった。
「……やはり、彼についてはわかりません。誰も彼も口を固く噤んでしまっています。一部の者達には“魔法契約”まで締結させられているようです」
「……そう」
セーラが王宮へやってくる前に、王太子エドワードの“最強王の呪い”を慰めるために、彼のもとには一人の少年が遣わされていたようなのだ。だが、その少年の身元については、誰もが口を噤み、その存在を無かったことにしている。ましてや後からやってきたセーラがそのことを知って不快な思いをしないように、一層隠される事態にまでなっていた。
セーラは、王太子エドワードの心の中に、ひっそりと誰かが住みついていることを感じ取っていた。
どんなに抱き合い、互いが互いの欲望を鎮める存在になっていようとも、心は別だった。
彼の心を占める人物とはいったい誰なのだろうと、セーラはずっと考えていた。
セーラにはその人物に対する嫉妬心はない。ただ、王太子エドワードが愛したという人に会ってみたかっただけだ。
妃となった身ではあったけれど、もしエドワードが望むのならば、彼の愛した人も王宮に迎え入れてあげたかった。
自分もエドワードと同じく、心の中に、密かに愛する人が存在していたからだ。
そうして、王太子の想い人の正体を掴めぬ日々が続いていた。
セーラは、心の中では少し諦め始めていた。
このまま時は流れ、王太子も彼のことを忘れていくのではないかと思っていた時、あの男に出会ったのだった。
魔獣討伐の任務を終えて王都へと帰還した、王立騎士団騎士団長バーナード。黒髪に茶色の瞳をした精悍な面差しの若き騎士であった。長身の逞しいこの武人に憧れる王宮の女官、侍従達も多い。
予定よりも早くに討伐を終え、国王陛下にその旨を報告している様子を眺めている時、傍らのエドワード王太子が彼の姿をどこか昏い眼差しでじっと凝視していることに気が付いた。
バーナード騎士団長は、陛下にその働きを褒め称えられ、その後、慰労の会を設けるという言葉を固辞し、席を立った。
そのまま大広間を離れていく団長の後を、エドワードが追いかける。
馬車に乗る前の廊下で追いつき、二、三話しかけている様子があった。
団長はそのまま馬車に乗り、エドワードはそれを見送っていた。
そのことが気になって、セーラは侍従の一人に尋ねた。
「殿下はバーナード騎士団長と仲がよろしいのかしら。それとも、あまりよろしくないのかしら」
見つめていた昏い眼差し。一方でその姿を追いかけていくまでの様子。不可解だった。
侍従は「……私ごときが、殿下のお気持ちを推し量ることなどできかねます。申し訳ございません」と答え、ますます不可解な思いを覚えたのだった。
近衛騎士団と違って、王立騎士団は王都に拠点を設けており、王宮に足を運ぶのは月に数回という頻度だった。
その都度、王立騎士団長バーナードは、美貌で知られる副騎士団長を連れて現れる。二人が婚姻しているという話を耳にして、セーラはまた驚いていた。
二人とも非常にいい男であったから、彼ら二人が結婚した時には、多くの娘達が涙で枕を濡らしたことだと思う。
「あのお二人がご結婚した時には、さぞや悲しんだ方が多かったでしょうね」
そう呟くと、なぜか、侍従長が転びそうになってつんのめっていた。珍しくも慌てている様子が見える。
そして足早に部屋を去っていった。
セーラは顎に手を当て、考え込んだ。
「もしかして……」
もしかして、あの凛々しい騎士団長バーナードは、殿下の恋のライバルだったのかしら。
考えられるわ。
殿下があんなに昏い目で、恨みがあるかのようにじっとりと彼を睨みつけているのだもの。
慰めにやってきていた少年と、騎士団長バーナードは何らかの関係があって、それで殿下は騎士団長を恨んでいるのだ。結婚前の火遊びで、騎士団長は少年に手を出したとか。少年は騎士団長を失って涙に暮れ……殿下の怒りはますます募り……。
斜め向こうの想像をしているセーラを止める者は誰もいなかった。
伯爵家出身のこの非常に美しい娘は、エドワードの持つ“最強王の呪い”を鎮めるためにはうってつけの人物であり、また気品に溢れたこの娘を、王宮の侍従達はもちろんのこと、国民も熱烈に歓迎した。
金の髪に碧い瞳のハンサムな王太子の傍らに立つセーラの肖像画は、飛ぶように売れていた。
人々に歓迎されて迎え入れられたセーラ妃は、常に微笑みをたたえていたが、時に考え込む表情を見せていた。
彼女の侍女としてつけられたそばかす顔のかわいらしいラシェットは、セーラの髪を手際よくブラッシングしながら、彼女に声を潜めて話しかけた。
夜になり、殿下の寝室に向かう前の身支度をしている。その最中、ラシェットはセーラから頼まれていた件について報告したのだった。
「……やはり、彼についてはわかりません。誰も彼も口を固く噤んでしまっています。一部の者達には“魔法契約”まで締結させられているようです」
「……そう」
セーラが王宮へやってくる前に、王太子エドワードの“最強王の呪い”を慰めるために、彼のもとには一人の少年が遣わされていたようなのだ。だが、その少年の身元については、誰もが口を噤み、その存在を無かったことにしている。ましてや後からやってきたセーラがそのことを知って不快な思いをしないように、一層隠される事態にまでなっていた。
セーラは、王太子エドワードの心の中に、ひっそりと誰かが住みついていることを感じ取っていた。
どんなに抱き合い、互いが互いの欲望を鎮める存在になっていようとも、心は別だった。
彼の心を占める人物とはいったい誰なのだろうと、セーラはずっと考えていた。
セーラにはその人物に対する嫉妬心はない。ただ、王太子エドワードが愛したという人に会ってみたかっただけだ。
妃となった身ではあったけれど、もしエドワードが望むのならば、彼の愛した人も王宮に迎え入れてあげたかった。
自分もエドワードと同じく、心の中に、密かに愛する人が存在していたからだ。
そうして、王太子の想い人の正体を掴めぬ日々が続いていた。
セーラは、心の中では少し諦め始めていた。
このまま時は流れ、王太子も彼のことを忘れていくのではないかと思っていた時、あの男に出会ったのだった。
魔獣討伐の任務を終えて王都へと帰還した、王立騎士団騎士団長バーナード。黒髪に茶色の瞳をした精悍な面差しの若き騎士であった。長身の逞しいこの武人に憧れる王宮の女官、侍従達も多い。
予定よりも早くに討伐を終え、国王陛下にその旨を報告している様子を眺めている時、傍らのエドワード王太子が彼の姿をどこか昏い眼差しでじっと凝視していることに気が付いた。
バーナード騎士団長は、陛下にその働きを褒め称えられ、その後、慰労の会を設けるという言葉を固辞し、席を立った。
そのまま大広間を離れていく団長の後を、エドワードが追いかける。
馬車に乗る前の廊下で追いつき、二、三話しかけている様子があった。
団長はそのまま馬車に乗り、エドワードはそれを見送っていた。
そのことが気になって、セーラは侍従の一人に尋ねた。
「殿下はバーナード騎士団長と仲がよろしいのかしら。それとも、あまりよろしくないのかしら」
見つめていた昏い眼差し。一方でその姿を追いかけていくまでの様子。不可解だった。
侍従は「……私ごときが、殿下のお気持ちを推し量ることなどできかねます。申し訳ございません」と答え、ますます不可解な思いを覚えたのだった。
近衛騎士団と違って、王立騎士団は王都に拠点を設けており、王宮に足を運ぶのは月に数回という頻度だった。
その都度、王立騎士団長バーナードは、美貌で知られる副騎士団長を連れて現れる。二人が婚姻しているという話を耳にして、セーラはまた驚いていた。
二人とも非常にいい男であったから、彼ら二人が結婚した時には、多くの娘達が涙で枕を濡らしたことだと思う。
「あのお二人がご結婚した時には、さぞや悲しんだ方が多かったでしょうね」
そう呟くと、なぜか、侍従長が転びそうになってつんのめっていた。珍しくも慌てている様子が見える。
そして足早に部屋を去っていった。
セーラは顎に手を当て、考え込んだ。
「もしかして……」
もしかして、あの凛々しい騎士団長バーナードは、殿下の恋のライバルだったのかしら。
考えられるわ。
殿下があんなに昏い目で、恨みがあるかのようにじっとりと彼を睨みつけているのだもの。
慰めにやってきていた少年と、騎士団長バーナードは何らかの関係があって、それで殿下は騎士団長を恨んでいるのだ。結婚前の火遊びで、騎士団長は少年に手を出したとか。少年は騎士団長を失って涙に暮れ……殿下の怒りはますます募り……。
斜め向こうの想像をしているセーラを止める者は誰もいなかった。
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