27 / 568
第四章 “淫魔の王女”の加護を持つ騎士
第二話 “淫魔の王女”の加護を持つ騎士
しおりを挟む
その話をしたのは、王都の神殿の、年老いた神殿長だった。
「サキュバスの加護を持つ少年? はて、ワシは知らんのう。ワシが知っているのは、“淫魔の王女”の加護を持つ騎士だが……」
その言葉を聞いた、近衛騎士団の騎士達は興奮した。
近衛騎士達がそれは誰だと問い詰めたところ、自分が漏らしてはならない情報を話してしまったことに気が付いたのか、慌てて神殿長は口を噤んだ。
「……すまんすまん、内密にという話だったのじゃ」
「事は王家に関わることです」
脅すように、騎士達は老いた神殿長に詰め寄り、やがて神殿長は口を割った。
「王立騎士団の、バーナード騎士団長じゃ」
思わぬ大物の名が告げられ、近衛騎士達はざわめいた。
王立騎士団のバーナード騎士団長といえば、騎士団を統括する若き騎士であった。
精悍な顔立ちから女性や男性を含め、人気が高い。剣に優れ、剣豪の称号を持つ。そして、御前試合では一度として膝に土をつけたことがない人物であった。
その彼が、サキュバスの加護の、更に上級の“淫魔の王女”の加護を持つとはどういうことだ。
近衛騎士達は、彼を呼びだし、話を聞きたかったが、あまりにも相手が大物すぎた。
そのため、侍従長、王太子、近衛騎士団長、王宮魔術師長に、内密に報告が為された。
そして、報告を聞いた者達は唖然としたという。
だが、侍従長と王宮魔術師長は、重なる符号に、バーナード騎士団長があのバートと同じ人物だろうと推測した。魔法の力で、姿を変えたのではないかと思った。
少年を連れてきた王宮魔術師マグルは、バーナード騎士団長の長年の友であった。
捜索がかけられている少年の瞳や髪の色合いは、バーナード騎士団長と同じものだった。
逃亡の際の鮮やかな手口や、その剣の腕前が、騎士のものだといわれるとすんなり納得できた。
そして何よりも、バーナード騎士団長が、少年が滞在していた期間と重なる七日間の休暇を申請し、騎士団でそれを受理していたことだった。
(騎士団長の為、自分で申請して自分で受理手続きしていた)
これは間違いないのではないか。
そう、侍従長と王宮魔術師長は顔を見合わせて呟いたが、それでも「まさか」という思いがある。
バーナード騎士団長は、見た目は男らしく、逞しい武人であった。
とても男に対して進んで身体を拓くような人物には見えない。
だが、重なる符号が、彼がバートである確率の高さを示していた。
話し合うだけでは埒が明かず、一度、バーナード騎士団長を打ち合わせと称して王宮に呼び寄せることにした。
打ち合わせの議題は、年末の王都の警備である。時節柄、おかしいことはなかった。
会議室に入ってきたバーナード騎士団長と、フィリップ副騎士団長は、会議室内の物々しい雰囲気に気が付いた。
出入口は近衛騎士で固められ、出席者は侍従長、王太子、近衛騎士団長、近衛副騎士団長、王宮魔術師長だ。王宮魔術師長はいるのに、王宮副魔術師のマグルの姿が見えないことがおかしい。
部屋に入った途端、異変を感じたバーナードは眉を寄せ、不機嫌そうにため息をついた。
席に案内される。
すでにテーブルには皆が座っており、バーナードとフィリップの二人が最後であった。
「忙しい中、わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」
侍従長が頭を下げる。
年末の王都の警備の打ち合わせに、侍従長や王太子、王宮魔術師の出席は必要がない。
バーナードは答えた。
「ああ。会議に呼ばれたのでね。議題は年末の王都の警備だと聞いているが」
「急遽、議題が変更されました」
「ふむ、それは何かね」
足を組んで座っているバーナード騎士団長は、誰が見ても男らしかった。逞しい肢体を濃紺の隊服に包み、長いマントを羽織る彼の姿。
傍らのフィリップ騎士団長は王都一と噂される美貌の持ち主で、側に静かに控えている。二人が並んだ姿は一枚の絵のようだった。
今、フィリップの面は、緊張した様子であった。
二人の前で侍従長は静かにこう告げた。
「バーナード騎士団長が、“淫魔の王女”の加護を持つことについてです」
その言葉に、バーナードは、茶色の瞳を鋭くすがめた。
「他人の加護を詮索することは、タブーとされているが。なぜそれを議題とする」
「わかっております。ですが、これは重大な問題でして、是非お答え頂きたい」
そしてテーブルの上に、鑑定の水晶玉をコトリと置いた。
「こちらに手をかざして、確認をさせて頂きたい」
バーナードは鋭い眼差しで、侍従長を睨みつけた。
「応える義務はない。それが議題というのならば、退席させてもらう。帰るぞ、フィリップ」
副騎士団長の名を呼び立ち上がる。それに、近衛騎士団長が椅子を蹴って立ち上がった。
「バーナード騎士団長殿、待たれよ」
「……もし仮に、私がその加護持ちだとすると、貴殿らはどうするつもりだ」
どこか悠然と言う。
「…………」
「王立騎士団長たる私が、その加護を持っているのだ。よもや、私にその加護を使って仕えよと命じるつもりではあるまいな」
部屋の中は静まり返った。近衛騎士達も絶句している。
「使う予定のない加護を詮索しても仕様が無い。詮索は不要だ。やはり帰らせてもらおうか」
彼は止めようと詰め寄る近衛騎士達を一喝した。
「邪魔だ、どけ!!」
短くそう言うと、さっさと扉を開けて出ていったのだった。
「サキュバスの加護を持つ少年? はて、ワシは知らんのう。ワシが知っているのは、“淫魔の王女”の加護を持つ騎士だが……」
その言葉を聞いた、近衛騎士団の騎士達は興奮した。
近衛騎士達がそれは誰だと問い詰めたところ、自分が漏らしてはならない情報を話してしまったことに気が付いたのか、慌てて神殿長は口を噤んだ。
「……すまんすまん、内密にという話だったのじゃ」
「事は王家に関わることです」
脅すように、騎士達は老いた神殿長に詰め寄り、やがて神殿長は口を割った。
「王立騎士団の、バーナード騎士団長じゃ」
思わぬ大物の名が告げられ、近衛騎士達はざわめいた。
王立騎士団のバーナード騎士団長といえば、騎士団を統括する若き騎士であった。
精悍な顔立ちから女性や男性を含め、人気が高い。剣に優れ、剣豪の称号を持つ。そして、御前試合では一度として膝に土をつけたことがない人物であった。
その彼が、サキュバスの加護の、更に上級の“淫魔の王女”の加護を持つとはどういうことだ。
近衛騎士達は、彼を呼びだし、話を聞きたかったが、あまりにも相手が大物すぎた。
そのため、侍従長、王太子、近衛騎士団長、王宮魔術師長に、内密に報告が為された。
そして、報告を聞いた者達は唖然としたという。
だが、侍従長と王宮魔術師長は、重なる符号に、バーナード騎士団長があのバートと同じ人物だろうと推測した。魔法の力で、姿を変えたのではないかと思った。
少年を連れてきた王宮魔術師マグルは、バーナード騎士団長の長年の友であった。
捜索がかけられている少年の瞳や髪の色合いは、バーナード騎士団長と同じものだった。
逃亡の際の鮮やかな手口や、その剣の腕前が、騎士のものだといわれるとすんなり納得できた。
そして何よりも、バーナード騎士団長が、少年が滞在していた期間と重なる七日間の休暇を申請し、騎士団でそれを受理していたことだった。
(騎士団長の為、自分で申請して自分で受理手続きしていた)
これは間違いないのではないか。
そう、侍従長と王宮魔術師長は顔を見合わせて呟いたが、それでも「まさか」という思いがある。
バーナード騎士団長は、見た目は男らしく、逞しい武人であった。
とても男に対して進んで身体を拓くような人物には見えない。
だが、重なる符号が、彼がバートである確率の高さを示していた。
話し合うだけでは埒が明かず、一度、バーナード騎士団長を打ち合わせと称して王宮に呼び寄せることにした。
打ち合わせの議題は、年末の王都の警備である。時節柄、おかしいことはなかった。
会議室に入ってきたバーナード騎士団長と、フィリップ副騎士団長は、会議室内の物々しい雰囲気に気が付いた。
出入口は近衛騎士で固められ、出席者は侍従長、王太子、近衛騎士団長、近衛副騎士団長、王宮魔術師長だ。王宮魔術師長はいるのに、王宮副魔術師のマグルの姿が見えないことがおかしい。
部屋に入った途端、異変を感じたバーナードは眉を寄せ、不機嫌そうにため息をついた。
席に案内される。
すでにテーブルには皆が座っており、バーナードとフィリップの二人が最後であった。
「忙しい中、わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」
侍従長が頭を下げる。
年末の王都の警備の打ち合わせに、侍従長や王太子、王宮魔術師の出席は必要がない。
バーナードは答えた。
「ああ。会議に呼ばれたのでね。議題は年末の王都の警備だと聞いているが」
「急遽、議題が変更されました」
「ふむ、それは何かね」
足を組んで座っているバーナード騎士団長は、誰が見ても男らしかった。逞しい肢体を濃紺の隊服に包み、長いマントを羽織る彼の姿。
傍らのフィリップ騎士団長は王都一と噂される美貌の持ち主で、側に静かに控えている。二人が並んだ姿は一枚の絵のようだった。
今、フィリップの面は、緊張した様子であった。
二人の前で侍従長は静かにこう告げた。
「バーナード騎士団長が、“淫魔の王女”の加護を持つことについてです」
その言葉に、バーナードは、茶色の瞳を鋭くすがめた。
「他人の加護を詮索することは、タブーとされているが。なぜそれを議題とする」
「わかっております。ですが、これは重大な問題でして、是非お答え頂きたい」
そしてテーブルの上に、鑑定の水晶玉をコトリと置いた。
「こちらに手をかざして、確認をさせて頂きたい」
バーナードは鋭い眼差しで、侍従長を睨みつけた。
「応える義務はない。それが議題というのならば、退席させてもらう。帰るぞ、フィリップ」
副騎士団長の名を呼び立ち上がる。それに、近衛騎士団長が椅子を蹴って立ち上がった。
「バーナード騎士団長殿、待たれよ」
「……もし仮に、私がその加護持ちだとすると、貴殿らはどうするつもりだ」
どこか悠然と言う。
「…………」
「王立騎士団長たる私が、その加護を持っているのだ。よもや、私にその加護を使って仕えよと命じるつもりではあるまいな」
部屋の中は静まり返った。近衛騎士達も絶句している。
「使う予定のない加護を詮索しても仕様が無い。詮索は不要だ。やはり帰らせてもらおうか」
彼は止めようと詰め寄る近衛騎士達を一喝した。
「邪魔だ、どけ!!」
短くそう言うと、さっさと扉を開けて出ていったのだった。
43
お気に入りに追加
1,152
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる