騎士団長が大変です

曙なつき

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第四章 “淫魔の王女”の加護を持つ騎士

第二話 “淫魔の王女”の加護を持つ騎士

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 その話をしたのは、王都の神殿の、年老いた神殿長だった。

「サキュバスの加護を持つ少年? はて、ワシは知らんのう。ワシが知っているのは、“淫魔の王女”の加護を持つ騎士だが……」

 その言葉を聞いた、近衛騎士団の騎士達は興奮した。
 近衛騎士達がそれは誰だと問い詰めたところ、自分が漏らしてはならない情報を話してしまったことに気が付いたのか、慌てて神殿長は口をつぐんだ。

「……すまんすまん、内密にという話だったのじゃ」

「事は王家に関わることです」
 
 脅すように、騎士達は老いた神殿長に詰め寄り、やがて神殿長は口を割った。

「王立騎士団の、バーナード騎士団長じゃ」

 思わぬ大物の名が告げられ、近衛騎士達はざわめいた。



 王立騎士団のバーナード騎士団長といえば、騎士団を統括する若き騎士であった。
 精悍な顔立ちから女性や男性を含め、人気が高い。剣に優れ、剣豪の称号を持つ。そして、御前試合では一度として膝に土をつけたことがない人物であった。
 その彼が、サキュバスの加護の、更に上級の“淫魔の王女”の加護を持つとはどういうことだ。

 近衛騎士達は、彼を呼びだし、話を聞きたかったが、あまりにも相手が大物すぎた。
 そのため、侍従長、王太子、近衛騎士団長、王宮魔術師長に、内密に報告が為された。
 そして、報告を聞いた者達は唖然としたという。
 
 だが、侍従長と王宮魔術師長は、重なる符号に、バーナード騎士団長があのバートと同じ人物だろうと推測した。魔法の力で、姿を変えたのではないかと思った。

 少年を連れてきた王宮魔術師マグルは、バーナード騎士団長の長年の友であった。
 捜索がかけられている少年の瞳や髪の色合いは、バーナード騎士団長と同じものだった。
 逃亡の際の鮮やかな手口や、その剣の腕前が、騎士のものだといわれるとすんなり納得できた。
 そして何よりも、バーナード騎士団長が、少年が滞在していた期間と重なる七日間の休暇を申請し、騎士団でそれを受理していたことだった。
(騎士団長の為、自分で申請して自分で受理手続きしていた)

 これは間違いないのではないか。
 そう、侍従長と王宮魔術師長は顔を見合わせて呟いたが、それでも「まさか」という思いがある。
 
 バーナード騎士団長は、見た目は男らしく、逞しい武人であった。
 とても男に対して進んで身体を拓くような人物には見えない。
 だが、重なる符号が、彼がバートである確率の高さを示していた。

 話し合うだけでは埒が明かず、一度、バーナード騎士団長を打ち合わせと称して王宮に呼び寄せることにした。
 打ち合わせの議題は、年末の王都の警備である。時節柄、おかしいことはなかった。




 会議室に入ってきたバーナード騎士団長と、フィリップ副騎士団長は、会議室内の物々しい雰囲気に気が付いた。
 出入口は近衛騎士で固められ、出席者は侍従長、王太子、近衛騎士団長、近衛副騎士団長、王宮魔術師長だ。王宮魔術師長はいるのに、王宮副魔術師のマグルの姿が見えないことがおかしい。

 部屋に入った途端、異変を感じたバーナードは眉を寄せ、不機嫌そうにため息をついた。
 席に案内される。
 すでにテーブルには皆が座っており、バーナードとフィリップの二人が最後であった。

「忙しい中、わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます」

 侍従長が頭を下げる。
 
 年末の王都の警備の打ち合わせに、侍従長や王太子、王宮魔術師の出席は必要がない。
 バーナードは答えた。

「ああ。会議に呼ばれたのでね。議題は年末の王都の警備だと聞いているが」

「急遽、議題が変更されました」

「ふむ、それは何かね」

 足を組んで座っているバーナード騎士団長は、誰が見ても男らしかった。逞しい肢体を濃紺の隊服に包み、長いマントを羽織る彼の姿。
 傍らのフィリップ騎士団長は王都一と噂される美貌の持ち主で、側に静かに控えている。二人が並んだ姿は一枚の絵のようだった。
 今、フィリップの面は、緊張した様子であった。
 二人の前で侍従長は静かにこう告げた。

「バーナード騎士団長が、“淫魔の王女”の加護を持つことについてです」






 その言葉に、バーナードは、茶色の瞳を鋭くすがめた。

「他人の加護を詮索することは、タブーとされているが。なぜそれを議題とする」

「わかっております。ですが、これは重大な問題でして、是非お答え頂きたい」

 そしてテーブルの上に、鑑定の水晶玉をコトリと置いた。

「こちらに手をかざして、確認をさせて頂きたい」

 バーナードは鋭い眼差しで、侍従長を睨みつけた。

「応える義務はない。それが議題というのならば、退席させてもらう。帰るぞ、フィリップ」

 副騎士団長の名を呼び立ち上がる。それに、近衛騎士団長が椅子を蹴って立ち上がった。

「バーナード騎士団長殿、待たれよ」

「……もし仮に、私がその加護持ちだとすると、貴殿らはどうするつもりだ」

 どこか悠然と言う。

「…………」

「王立騎士団長たる私が、その加護を持っているのだ。よもや、私にその加護を使って仕えよと命じるつもりではあるまいな」

 部屋の中は静まり返った。近衛騎士達も絶句している。

「使う予定のない加護を詮索しても仕様が無い。詮索は不要だ。やはり帰らせてもらおうか」

 彼は止めようと詰め寄る近衛騎士達を一喝した。

「邪魔だ、どけ!!」

 短くそう言うと、さっさと扉を開けて出ていったのだった。
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