1 / 560
第一章 騎士団長が大変です
第一話 取り憑かれた騎士団長
しおりを挟む
「大変です!!」
神殿の扉をバーンと大きく開け放って入ってきたのは、王立騎士団のミカエルだった。
見習い騎士で、十八歳の彼は、まだあどけない顔立ちをしている。
だが今、彼はよほど走ってきたのだろう。頬を紅潮させ、息も荒く室内に駆け込んできた。
「神官長様、すぐに魔除けをください。いや、封印紙だったかな? そうだ!! もう取り憑かれたから封印紙をもらってこいと言われたんだ。魔除けをもらってきたら怒られるところだった」
ミカエルはドジっ子で、騎士団ではかわいがられる一方で、いつも叱られていた。
今までのところ致命的なドジはしていないが、いつか、しでかしそうな予感がする。
「どの程度のモノに取り憑かれてしまったんですか」
ミカエルは大きな声で叫んだ。
「“淫魔の王女”だそうです。めちゃかわいくて色っぽいサキュバスでした。いやー、目の保養でしたよ!!」
“淫魔の王女”というと、そこいらに転がっているただのサキュバスではない。
一時的に抑え込むための封印紙も、作るには時間が必要だ。
「して、誰がその“淫魔の王女”に取り憑かれたのだ?」
問いかけに、見習い騎士のミカエルはあっけらかんと答えた。
「騎士団長のバーナード様です!!」
その言葉に、神殿内は静寂に包まれた。
「……“淫魔の王子”の間違いではないか? インキュバスだろう?」
別の神官が尋ねる。
だが、ミカエルは首を振った。
「サキュバスですって。もうボインボインの超絶かわいくて綺麗な黒い巻き毛のお姫様淫魔でした。インキュバスじゃなく、サキュバスですって!!」
インキュバスは男の淫魔で、女性を襲い、精を注ぎ込む魔物である。対してサキュバスは女の淫魔で、男の精を吸う魔物だ。その違いは大きい。
「どうして、男のバーナード騎士団長に、女のサキュバスが取り憑くんだ。普通逆だろう」
そう、男のバーナード騎士団長に男のインキュバスが取り憑くのが筋というか、あり得る流れだった。
「これは……ご内密に願いたいのですが」
そう言って話し出した見習い騎士のミカエルの話に、その部屋にいた神官長とお付きの神官は耳を傾けた。
某侯爵家令嬢が、婚前でありながら婚約者の貴族の若者の枕許に立ち、夜な夜な身体を重ねているという話が出た。父侯爵が、魔術師に視てもらったところ、その令嬢には女淫魔が取り憑いているという話だった。
その淫魔を退治しようという話になったが、令嬢の身分が高いこともあり、外聞をはばかり、父公爵の知り合いたる王立騎士団長バーナード、副騎士団長フィリップ、侯爵家お抱えの魔術師マイカ、そして侯爵家の護衛騎士達が呼ばれた。見習い騎士ミカエルがその場にいたのは、魔術師マイカが従兄弟だったからだ(ドジっ子の彼は本来呼ばれるような立場でない)。
魔術師マイカは、できれば“淫魔の王女”を捕えたいと言っていた。マイカは、捕らえた淫魔の王女”とどうやら、アレコレしたかったらしい。
他の者はそれには渋い顔をしていた。祓うのは簡単だが、捕えるとなると手間がかかる。その説得に魔術師マイカは最初は納得した様子を見せていたが、実際に侯爵家令嬢と対峙し、その“淫魔の王女”を祓おうとしたその時、彼は女淫魔を捕えようとした。それに逆上した女淫魔は、最初、副騎士団長フィリップに取り憑こうとした。
「取り憑かれていたご令嬢には、すでに魔除けの札が貼られて再び取り憑けない状態でした。だから、あの場で淫魔の王女が取り憑いてもいいと望んだのは、フィリップ副騎士団長一択でした」
神官長、神官達はため息のような声を漏らして納得した。
副騎士団長フィリップは、王都一と噂される美形だった。切れ長の目に、薄い唇、そして女のように整った顔立ちをしていたが、鍛え上げた身体がそれを裏切っている。金の髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。どこぞの舞台に立つ俳優と言っても皆、納得するだろう。どうして王立騎士団に所属しているのか、わからないが、フィリップはバーナード騎士団長に恩を受けており、それに報いるためにも騎士団に在籍しているとの話だった。
「ところが、取り憑こうとした瞬間、運動神経の良いバーナード騎士団長が、フィリップ副騎士団長を庇ったのです」
それにも「あああ」と皆が納得してしまう。
バーナード騎士団長は、剣豪と称されるほどの剣の腕前を持ち、運動神経が獣だった。
「それで、バーナード騎士団長に女淫魔が取り憑いてしまったのです」
バーナード騎士団長は、たたき上げの騎士であった。
筋肉に覆われた逞しい身体、短く切った黒髪に茶色の瞳の彼もなかなかハンサムで、女性にも一部の男性にも人気が高い。男性たちは彼を「兄貴!!」と言って慕っていた。性格はまっすぐで、寡黙。騎士の中の騎士と呼ばれ、王の信頼も篤い。
「……それで、バーナード騎士団長は今、どうされているのです」
恐々と部屋の神官が尋ねる。
思わずミカエルも小さな声で答えてしまった。
「大変な事態だということで、フィリップ副騎士団長が連れて帰ったようです」
「その……女淫魔というのは、男の精を求めて男に襲いかかるものだが、騎士団長は大丈夫なのか」
怖いもの見たさというか、知りたさで神官が尋ねると、見習い騎士ミカエルは力強くうなずいた。
「もちろんです。バーナード騎士団長は鋼の精神を持っています。僕が彼の元を離れた時も、普通に耐えていました」
普通に耐えていました……
その言葉に、部屋にいた神官長、神官達は沈痛な面持ちになった。
こうしてはいられない。早急に、彼のために封印紙を作らねばならない。
神官長達は慌ただしく動き出した。
神殿の扉をバーンと大きく開け放って入ってきたのは、王立騎士団のミカエルだった。
見習い騎士で、十八歳の彼は、まだあどけない顔立ちをしている。
だが今、彼はよほど走ってきたのだろう。頬を紅潮させ、息も荒く室内に駆け込んできた。
「神官長様、すぐに魔除けをください。いや、封印紙だったかな? そうだ!! もう取り憑かれたから封印紙をもらってこいと言われたんだ。魔除けをもらってきたら怒られるところだった」
ミカエルはドジっ子で、騎士団ではかわいがられる一方で、いつも叱られていた。
今までのところ致命的なドジはしていないが、いつか、しでかしそうな予感がする。
「どの程度のモノに取り憑かれてしまったんですか」
ミカエルは大きな声で叫んだ。
「“淫魔の王女”だそうです。めちゃかわいくて色っぽいサキュバスでした。いやー、目の保養でしたよ!!」
“淫魔の王女”というと、そこいらに転がっているただのサキュバスではない。
一時的に抑え込むための封印紙も、作るには時間が必要だ。
「して、誰がその“淫魔の王女”に取り憑かれたのだ?」
問いかけに、見習い騎士のミカエルはあっけらかんと答えた。
「騎士団長のバーナード様です!!」
その言葉に、神殿内は静寂に包まれた。
「……“淫魔の王子”の間違いではないか? インキュバスだろう?」
別の神官が尋ねる。
だが、ミカエルは首を振った。
「サキュバスですって。もうボインボインの超絶かわいくて綺麗な黒い巻き毛のお姫様淫魔でした。インキュバスじゃなく、サキュバスですって!!」
インキュバスは男の淫魔で、女性を襲い、精を注ぎ込む魔物である。対してサキュバスは女の淫魔で、男の精を吸う魔物だ。その違いは大きい。
「どうして、男のバーナード騎士団長に、女のサキュバスが取り憑くんだ。普通逆だろう」
そう、男のバーナード騎士団長に男のインキュバスが取り憑くのが筋というか、あり得る流れだった。
「これは……ご内密に願いたいのですが」
そう言って話し出した見習い騎士のミカエルの話に、その部屋にいた神官長とお付きの神官は耳を傾けた。
某侯爵家令嬢が、婚前でありながら婚約者の貴族の若者の枕許に立ち、夜な夜な身体を重ねているという話が出た。父侯爵が、魔術師に視てもらったところ、その令嬢には女淫魔が取り憑いているという話だった。
その淫魔を退治しようという話になったが、令嬢の身分が高いこともあり、外聞をはばかり、父公爵の知り合いたる王立騎士団長バーナード、副騎士団長フィリップ、侯爵家お抱えの魔術師マイカ、そして侯爵家の護衛騎士達が呼ばれた。見習い騎士ミカエルがその場にいたのは、魔術師マイカが従兄弟だったからだ(ドジっ子の彼は本来呼ばれるような立場でない)。
魔術師マイカは、できれば“淫魔の王女”を捕えたいと言っていた。マイカは、捕らえた淫魔の王女”とどうやら、アレコレしたかったらしい。
他の者はそれには渋い顔をしていた。祓うのは簡単だが、捕えるとなると手間がかかる。その説得に魔術師マイカは最初は納得した様子を見せていたが、実際に侯爵家令嬢と対峙し、その“淫魔の王女”を祓おうとしたその時、彼は女淫魔を捕えようとした。それに逆上した女淫魔は、最初、副騎士団長フィリップに取り憑こうとした。
「取り憑かれていたご令嬢には、すでに魔除けの札が貼られて再び取り憑けない状態でした。だから、あの場で淫魔の王女が取り憑いてもいいと望んだのは、フィリップ副騎士団長一択でした」
神官長、神官達はため息のような声を漏らして納得した。
副騎士団長フィリップは、王都一と噂される美形だった。切れ長の目に、薄い唇、そして女のように整った顔立ちをしていたが、鍛え上げた身体がそれを裏切っている。金の髪を伸ばし、後ろで一つにまとめている。どこぞの舞台に立つ俳優と言っても皆、納得するだろう。どうして王立騎士団に所属しているのか、わからないが、フィリップはバーナード騎士団長に恩を受けており、それに報いるためにも騎士団に在籍しているとの話だった。
「ところが、取り憑こうとした瞬間、運動神経の良いバーナード騎士団長が、フィリップ副騎士団長を庇ったのです」
それにも「あああ」と皆が納得してしまう。
バーナード騎士団長は、剣豪と称されるほどの剣の腕前を持ち、運動神経が獣だった。
「それで、バーナード騎士団長に女淫魔が取り憑いてしまったのです」
バーナード騎士団長は、たたき上げの騎士であった。
筋肉に覆われた逞しい身体、短く切った黒髪に茶色の瞳の彼もなかなかハンサムで、女性にも一部の男性にも人気が高い。男性たちは彼を「兄貴!!」と言って慕っていた。性格はまっすぐで、寡黙。騎士の中の騎士と呼ばれ、王の信頼も篤い。
「……それで、バーナード騎士団長は今、どうされているのです」
恐々と部屋の神官が尋ねる。
思わずミカエルも小さな声で答えてしまった。
「大変な事態だということで、フィリップ副騎士団長が連れて帰ったようです」
「その……女淫魔というのは、男の精を求めて男に襲いかかるものだが、騎士団長は大丈夫なのか」
怖いもの見たさというか、知りたさで神官が尋ねると、見習い騎士ミカエルは力強くうなずいた。
「もちろんです。バーナード騎士団長は鋼の精神を持っています。僕が彼の元を離れた時も、普通に耐えていました」
普通に耐えていました……
その言葉に、部屋にいた神官長、神官達は沈痛な面持ちになった。
こうしてはいられない。早急に、彼のために封印紙を作らねばならない。
神官長達は慌ただしく動き出した。
35
お気に入りに追加
1,131
あなたにおすすめの小説
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
天涯孤独な天才科学者、憧れの異世界ゲートを開発して騎士団長に溺愛される。
竜鳴躍
BL
年下イケメン騎士団長×自力で異世界に行く系天然不遇美人天才科学者のはわはわラブ。
天涯孤独な天才科学者・須藤嵐は子どもの頃から憧れた異世界に行くため、別次元を開くゲートを開発した。
チートなし、チート級の頭脳はあり!?実は美人らしい主人公は保護した騎士団長に溺愛される。
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
LV1魔王に転生したおっさん絵師の異世界スローライフ~世界征服は完了してたので二次嫁そっくりの女騎士さんと平和な世界を満喫します~
東雲飛鶴
ファンタジー
●実は「魔王のひ孫」だった初心者魔王が本物魔王を目指す、まったりストーリー●
►30才、フリーター兼同人作家の俺は、いきなり魔王に殺されて、異世界に魔王の身代わりとして転生。
俺の愛する二次嫁そっくりな女騎士さんを拉致って、魔王城で繰り広げられるラブコメ展開。
しかし、俺の嫁はそんな女じゃねえよ!!
理想と現実に揺れる俺と、軟禁生活でなげやりな女騎士さん、二人の気持ちはどこに向かうのか――。『一巻お茶の間編あらすじ』
►長い大戦のために枯渇した国庫を元に戻すため、金策をしにダンジョンに潜った魔王一行。
魔王は全ての魔法が使えるけど、全てLV1未満でPTのお荷物に。
下へ下へと進むPTだったが、ダンジョン最深部では未知の生物が大量発生していた。このままでは魔王国に危害が及ぶ。
魔王たちが原因を究明すべく更に進むと、そこは別の異世界に通じていた。
謎の生物、崩壊寸前な別の異世界、一巻から一転、アクションありドラマありの本格ファンタジー。『二巻ダンジョン編あらすじ』
(この世界の魔族はまるマ的なものです)
※ただいま第二巻、ダンジョン編連載中!※
※第一巻、お茶の間編完結しました!※
舞台……魔族の国。主に城内お茶の間。もしくはダンジョン。
登場人物……元同人作家の初心者魔王、あやうく悪役令嬢になるところだった女騎士、マッドな兎耳薬師、城に住み着いている古竜神、女賞金稼ぎと魔族の黒騎士カップル、アラサークールメイド&ティーン中二メイド、ガチムチ親衛隊長、ダンジョンに出会いを求める剣士、料理好きなドワーフ、からくり人形、エロエロ女吸血鬼、幽霊執事、親衛隊一行、宰相等々。
HJ大賞2020後期一次通過・カクヨム併載
【HOTランキング二位ありがとうございます!:11/21】
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
【完結】僕は、妹の身代わり
325号室の住人
BL
☆全3話
僕の双子の妹は、病弱な第3王子サーシュ殿下の婚約者。
でも、病でいつ儚くなってしまうかわからないサーシュ殿下よりも、未だ婚約者の居ない、健康体のサーシュ殿下の双子の兄である第2王子殿下の方が好きだと言って、今回もお見舞いに行かず、第2王子殿下のファンクラブに入っている。
妹の身代わりとして城内の殿下の部屋へ向かうのも、あと数ヶ月。
けれど、向かった先で殿下は言った。
「…………今日は、君の全てを暴きたい。
まずは…そうだな。君の本当の名前を教えて。
〜中略〜
ねぇ、君は誰?」
僕が本当は男の子だということを、殿下はとっくに気付いていたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる