｜共同住宅《アパート》『フェアリーゴッドマザーハウス』の不可思議な日常茶飯事

【1話目】

だから人生は楽しいのだ

　廉太郎はこの共同住宅にやってくるまで、幽霊ゆうれいやお化けといった不思議ふしぎを、一度も見たことがなかった。
　その手のモノはマンガやアニメの中だけの、作り物だと思っていたのだ。
　けれど、オジサンに手を引かれてこの共同住宅にやってきて、廉太郎は生まれて初めて、不可思議ふかしぎな存在に触れた。
　それ以来、ふとした時に廉太郎の目は、普通の人には見えないはずのモノを映すようになった。

　道端みちばたの幽霊だとか。
　草むらを転がってゆく小さな怪異かいいだとか。
　イキモノにまとわりつく邪気だとか。
　他にもいろいろ。

　世界には廉太郎の知らないことがたくさんあって、目に見えているモノだけがすべてではない。
　知らないことの方がたくさんあるし、知らなくていいこともたくさんある。
　だから人生は楽しいのだ。
　学ぶよろこびを、廉太郎はこの共同住宅アパートへ来てはじめて知った。

　もし廉太郎がここへ来なければ、一生知らなかっただろうこともたくさんあって。
　ドキドキとワクワクが、いつの間にか廉太郎の中から、ジメジメした気持ちを全部追い出してしまっていた。

　両親に捨てられたのは、今でも悲しい。
　だけど、廉太郎は『人』に恵まれた。
　オジサンも、藤堂も、他の住人たちも。
　廉太郎を、『この家の子供』として育てようとしてくれている。
　さりげない優しさは、いつもじんわりと廉太郎の心を温めてくれる。
　だから、ジメジメした気持ちは廉太郎の中にいられなくなってしまったのだろう。
　そうして、廉太郎の中から追い出されたジメジメの成れの果てがこのモヤモヤの一部になったのなら、なるほど。
　隙あらば廉太郎にくっついてこようとするはずである。
　もともと廉太郎の中にあったモノなら、戻ろうとするのもうなづける。