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【1話目】
こないだ、ミサキちゃんちで飼ってるチワワが子供を産んでさ
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ダイフクの気の抜けた鳴き声を聞いて、廉太郎は言ってはいけない言葉を口にしようとしていた自分に気づいてハッとする。
藤堂は、廉太郎の親でも身内でもない。
けれど、同じ共同住宅で生活する仲間だ。
廉太郎が間違ったことをしていたら、同居人として注意する権利を持っている。
そして廉太郎も、共同住宅の誰かが間違ったことをしていたら注意する権利を持っている。
なぜならばそれが、この共同住宅の『お約束』だからだ。
そして、靴を脱いだら他の住人の邪魔にならないようクツ箱にしまうのも、ここで生活していく上での『お約束』のひとつだ。
『共同部分に関するルールはきちんと守ること』。
大事な大事な『お約束』を思い出した廉太郎は、モヤモヤした気持ちをのみ込んで、きちんと靴をそろえて並べる。
すぐに出かけたいからと、急ぐ気持ちのまま脱ぎ散らかした廉太郎が悪いのだ。
どれだけ急いでいようとも、『ルール』は『ルール』。
廉太郎はオジサンに、きちんとルールを守ると約束したのだ。
ルールをやぶれば、廉太郎だけでなくオジサンにも迷惑がかかる。
それをわかっていて、自分の都合でやぶろうとしたのだから、注意されて当たり前だ。
「ごめん、おっちゃん! オレ、『お約束』のこと忘れてた」
廉太郎はくるりと振り向き、藤堂に向かって勢いよく頭を下げる。
悪いのは廉太郎で、注意をしてくれた藤堂は悪くない。
もし、靴を脱ぎ散らかしたままにして誰かに見とがめられれば、責任を取らなければならないのは廉太郎ではなくオジサンだ。
苦情という形にするのではなく、廉太郎本人にやんわり注意してくれた藤堂はむしろ親切な方だろう。
廉太郎が文句を言ったり不満を感じたりするのはお門違いだ。
「こないだ、ミサキちゃんちで飼ってるチワワが子供を産んでさ。今日、クラスの子たちと一緒にその仔犬を見せてもらえることになったんだ! オレ、仔犬なんて近くで見たことなかったから楽しみでッ。待ち合わせ場所まではやく行かなきゃってそればっかりだった!」
それでも、そわそわした気持ちはおさえきれずに口からあふれてこぼれ出てしまう。
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