愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【護り人形】

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 あるいは、夫の執着心を移す器としての役割も求めていたのかもしれないが、彼女の目的の本筋は、『自分の姿』を残すこと。
 遠からず幼い子供を残して逝くことになる己の姿を、人形として残したかったのだ。
 それは、母親を覚えていないであろう我が子が寂しい思いをしないようにという母心であった。己に執着する夫の慰めになればいいという思いもあった。

 だが、彼女の想いは、夫によって踏みにじられる。
 自分の分身としての人形を望んだ彼女が、艶やかなストロベリーブロンドの髪をばっさり切り落として、人形師に預けたせいだ。
 彼女は純粋に、己の髪を人形に使って欲しかっただけであった。
 だが、『女の髪を男に贈る』というその行為のみを問題視した夫は、彼女の死後届けられた人形を、人形師に叩き返した。
 注文した女はもうこの世にいない。だからもう必要ないのだと言って。


 彼女の想いを聞いていた人形師は、悔いた。もう少し。後数日早く完成させられていれば、受取人である彼女はまだ生きていたのに、と。
 人形師にとって、彼女は恩人であった。借金を抱えて苦労していた彼を救いあげ、仕事をくれ、資金援助までしてくれたのだ。
 例えそれが自分の子供の為の行為であったとしても、その事で彼が助けられたのもまた事実。
 悔いて悔いて、どうしようなく悔いて、それでも。人形師はなんとか彼女の恩に報いたかった。
 連日連夜、彼は彼女の夫の元へと足を運び、彼女そっくりの人形を受け取って欲しいと懇願した。
その姿が、傍目にはどう見えるかなど考えもせずに。

 彼女は、愛しい子供の為に髪を切った。己の髪を植えた人形なら、自分の分身となってくれるだろうとの願いを込めて。
 人形師は、生活苦から救いあげてくれた恩人の為に、彼女の遺髪を使った人形を、彼女の子供に届けたかった。
 ふたりの間にあったのはあくまで、仕事上のやり取りだけだ。

 けれど夫には、その人形が愛しい妻の不義の証にしか思えなかった。
 あるいは人形師があっさり引き下がっていれば、頭にのぼった血が下がった頃に、妻の面影を探して人形師の元へと人をやったかもしれない。
 だが、人形師の恩人に報いたいというひたむきな想いは、夫の猜疑心を膨らませただけだった。

 けんもほろろに追い払われた人形師は、恩人に報いることができなかった苦悩を抱えて人形を作ることを辞めた。そして、数ヶ月もしないうちに、不審死をとげている。

 そうして、製作者も受け取り手もいなくなった人形は人手に渡り、巡りめぐっていま、ここにある。
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